見出し画像

白鳥座の神話詩「キュクノス讃歌」

表題のキュクノスとはギリシャ神話に登場する少年の名。墜落死した親友の帰りを老齢になるまで待ち続け、その想いに心打たれた神々によって白鳥座に変えられたと伝えられている。




「キュクノス讃歌」


 (竪琴の音)

 ここに
 広く知られた言い伝えがある
 ベガとアルタイルの逢瀬を賑やかにする
 任を預かった鳥の群れ そのなかで
 ひときわ大きな一羽の白鳥

 肌は夏の雪で埋めつくされ
 その背に並ぶ突起を
 上から数えた
 尾骨に宿るエロスほのかに
 此岸に立ち
 裸体の少年は
  彼の友を待つ

 奔流にさらわれた友は
 身を焼かれたと囁かれてきたが
 その内実は
 太陽に呑まれ性交に耽っていた
 周知の通り
 だれかの悲劇は
  だれかの喜劇

 少年よ
 夜の世界を選んだ君が
 待つ時間とは神々の時間
 桁の違うゆるやかさのなか
 人ならここでは
 葉のさざめきにすら焦燥し
 水が跳ねるたび消耗する

 なのに君
 凍った髪まで まばゆいことよ
 あご先の一点に宿る その信念は
 かるく伏せられし眼に 針糸を手渡し
 焦がれと惜しみの境界線を 固く縫わせる

 永劫を一瞬に受信するような目眩

 人は美しく在れないようだ
 表皮が朽ちはじめる前に
 心はもう剥げている
 その潰瘍の辺縁さえ
 人と同じように同じようにと
 みな太陽に烙印される道を選ぶ

 美しき少年よ もういい
 白鳥とかいう理想の骸に
 氷漬けにされた君の魂を想う
 もう神話など岸辺に捨て置き
 大河の怒濤に その身を
  なげうってしまえ


 (竪琴の音ふたたび)

 ここに
 広くは知られなかった神話が
 白鳥はとうの昔に
 夜空を発っていた と
 今宵の空には
 取り残された白骨の節々だけ
 君をすっかり忘れた彼の友を
 誘き出すように
 仄めいている と

 やわらかな躰を持つ方の少年は
 こっそり地上に降り立っていた
 不可視な無性生殖を繰り返し
 めいめい生の陰にひそんでは
 わけもなく友を愛するわたしの心を
 支える一枚の羽根を差し出している



#詩 #ポエム #神話 #ギリシャ神話 #note神話部 #My_Mythology #星にまつわる作品 #夏 #星座

ご支援頂いたお気持ちの分、作品に昇華したいと思います!