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18 乱痴気の火付け役 (R18,BL) 【葬舞師と星の声を聴く楽師/連載小説】

連載小説『葬舞師そうまいしと星の声を聴く楽師がくし』です。
前話の振り返り、あらすじ、登場人物紹介、用語解説、などは 【読書ガイド】でご覧ください↓

前話

【ご注意】ネット小説レーティング同盟の定義に賛同しており、本話はR18(性描写そのものに重きを置き、具体的に描写しているもの)に該当します。また加虐・被虐趣味や薬物使用を想起させる描写もあるため、苦手な方は速やかにご退出ください。


18 乱痴気の火付け役


 ステージでは既にひとりの踊り娘がショーを披露していたが、女性に扮したアシュディンが登場するとまた新たな歓声が湧いた。
「おお、こりゃあ美人が来たな!」「新入りか〜?」「踊れ踊れ〜」
 マスターは見知らぬダンサーの登場に「あいつ、やったな」と片手で顔を覆って、見て見ぬフリをした。踊り娘は面を食らいながらも、これを好機と思い、馴染みの客の席について勝手に休憩を始めた。
 アシュディンは舞台中央まで来たものの、何を舞ったらいいか分からなかった。得意の、伝家の宝刀たる伝統舞踊ダアルでも打ち負かされてしまった。剣舞や民族舞踊を披露したところで、ここの男衆が盛り上がるとは思えない。女装したとはいえ、きっと女みたいには男の官能を刺激できない。ダルワナールみたいには……
〈客の激しい情欲を煽ってこそ舞踊〉
 挑戦的な声が脳にリフレインした。憎たらしい顔も浮かんできて思わず歯軋りをする。ダルワナールだったらこのステージをどうする。あいつがもし俺だったら……

 アシュディンは考え至るより先に、ステージの床を足で踏み鳴らし始めていた。ダアルのような洗練された鳴らし方ではなく、ずっと粗野で野蛮な音で。
 律動リズム律動リズム律動リズムだ。秩序や規則に支配されない、本能を刺激する攻撃的な律動リズムだ。ダルワナールがタップで舞台をリードしたように、俺もこのステージを律動リズムで支配するんだ。アシュディンは頭と腕とを激しく振り回しながら、激しいストンプを展開した!
 裸足の美形が繰り広げる野性的なダンスを、皆ぽかんと口を開けて眺めた。求めていたエロティックな踊りとはまったく違う、ふざけているのか気が狂っているのか。しかしその痛快なリズムとエナジェティックな動きに、客たちは次第に血を滾らせ、自ずと手を叩いていった。
「いいぞ、変てこ〜」「ははっ、あの女、狂ってやがる!」「ねぇ、おパンティー見せて〜」
 段々と沸き上がっていく客のボルテージに合わせて、アシュディンはますますダンスを激しくした。美しくない姿態で、髪も衣裳も振り乱しながら、自らも手を叩き、跳び上がって、着地の際には〈がに股〉になって地響きを起こす。
「やれ! やれ!」「もっと! もっと!」
 攻撃的に囃し立てる観衆。
 アシュディンはついには舞台上にひっくり返って、のたうち回った。踊りかどうかも分からない奇妙な動きだ。悪魔に憑依されたかのような痙攣、おぞましくも官能的な刹那の連続。
 一度火のついた観客たちはその異常なダンスにすら興奮し、あちこちで〈乾杯!〉が起こって乱痴気騒ぎに至った。休憩していた踊り娘が吸い寄せられるように舞台に上がり、アシュディンと交叉しながら勝手気ままに踊った。それで会場はますます熱狂に包まれた。立ち上がる者、ステージに乱入する者、みな手を叩き、足を鳴らし、酒を呷って、律動リズム律動リズムだ!
《ああ、気持ちいい! 血が騒いで勝手に踊っている! 体を制御しないでいいだなんて!》
 アシュディンは自らの肉体活動にすっかり陶酔していた。
《この〈くびき〉から解放されている感覚がたまらない!! 技術なんて! 格式なんて! 伝統なんて!!》
 そのうちに体が自分のものではない感覚に陥った。筋肉にも関節にも、自ら命令を下すことができない。俺を動かせるのは〈気持ちよさ〉だけだ。快楽主義者の言っていることが正しかった。気持ちいいから踊ってるんだ。それ以外に意味なんてなかったんだ……
《じゃあ、俺のやってきたことって一体?》
 床も天井もフロアもぐるぐると回り始めた。視界のあらゆる場所に勝手に色が付いては消えた。廻る世界、原色の世界、地鳴り、拍手、歓声、鳴りを潜めていく自分の声、快楽と、肉体。
 アシュディンはふらふらして舞台の端に倒れ込むと、大の字になって天を仰いだ。しかし酩酊した客たちが彼の異変に気付くことはなかった。

「はぁ……はぁ……」這いつくばって控え室に戻ったアシュディンは異様に呼吸を荒くしていた。汗が全身から滝のように流れ出てくる。何とか立ち上がったものの、ひどい目眩と明滅とがわりばんこに襲ってくる。こめかみがドクドクと脈打って、頭が割れるように痛い。
 つと快楽主義者が現れて「君、只者じゃないね〜、こんなに盛り上げるとは思わなかったよ」と拍手を送った。そして顔を覗き込みながら「気持ちよかった?」と問いかけてきた。アシュディンは息を堪えながら、顎を震わせるように頷いた。
「それなら良かった」男はアシュディンの後ろに立ってドレスを脱がせてやった。腰布一枚の姿。闇に白い肌が浮かび、荒い息遣いとともに上下した。
「じゃあ次は……」青年の肩から腕へ手を滑らせていく快楽主義者。手首まで至ったところでぐっと力をこめた。
「僕が気持ちよくなる番だよね?」
「──!?」
 突如、アシュディンは手首に帯を巻きつけられた。男は天幕を支えるフックを利用しながら、まずは右腕を吊り上げた。
「はい、こっちもね」
 左腕も同様に吊り上げられ、アシュディンは壁にはりつけとなった。意識が朦朧とする中、抵抗することも声を上げることもかなわない。

 男の情欲が焔のように揺らめきながら迫ってくる。不健康そうな容姿も相まってまるで亡霊のように感じられた。
「そんな怯えないでよ、大丈夫だから」
 いちど舌なめずりをした男は、アシュディンの耳元に顔を近づけてふっと息を吹きかけた。くすぐったい不快感に「んんっ」と身をのけぞらせて逃げる青年。「ふふ、敏感になってるね」男の顔が追いかけてきて、次は耳たぶをそっと噛んだ。「ん……あ、や……やめろっ」
 何とか声を絞り出したアシュディン。しかしその反応が逆に男を煽ってしまった。男は美しい女装男子の惨めな姿と情けない声に打ち震え、さらに法悦をみなぎらせた。
「あ〜、ごめんね〜。優しくしてあげたかったけど、ぜんっぜん無理だ」
 男は黒く細長い棒をアシュディンの面前に差し出してきた。先端に指をあてがい棒のしなりを確認すると、ビィンと弾いて全体を震わせた。それは牧畜用の鞭だ。
「〈鞭打ち苦行者〉って知ってる? 踊りたい衝動を抑圧された民衆が、自分の体に鞭を打って踊ったんだって、疫病にかこつけて。どんな踊りだったんだろうね。見てみたいな〜」
 男はアシュディンの横顔をペシペシと叩いて、鞭の先端を喉元から胸へと撫で下ろしていった。
「声、聞かせてよね。大丈夫、さっき君のダンスのおかげで店内は大盛り上がりだ。僕にしか聞こえないからさ……」〈だぁいじょうぶ〉といったおぞましい抑揚と、狂気に満ちた目がアシュディンを釘付けにした。
「い……いや……だ」その場で慄くしかできない柔肌を標的ターゲットにして、男は鞭を手にした左手を勢いよく振り上げた!

 ──その瞬間「アシュディン!!」怒声と共に控え室に雪崩なだれ込んできたのは、ハーヴィドだった。彼の目に飛び込んできたのははりつけにされた舞師と、鞭を振り下ろそうとしている男の姿。二人が正気でないことは火を見るより明らかだった。
 ハーヴィドは荒々しく駆け寄ると、男の後ろ襟を掴んで「どけっ」と壁に投げつけた。鈍い音がして男は壁伝いにずり落ちる。ハーヴィドは即座にアシュディンの目の焦点が合っていないことに気付いた。しこたま酒を飲んでも平気で踊れる男のはずだ。
「お前! こいつに何を盛った!?」
 脚をだらしなく伸ばして座り込む男。その顔は暴行を受けたというのに不自然な笑みを浮かべたままでいる。男はポケットから口紅の小瓶を取り出して、自身の目の前で揺らした。
「ふふ、昂奮剤とか媚薬とか色々適当に混ざってるやつ。ダンスには欠かせないでしょ〜?」
「貴様っ!」ハーヴィドは義憤に我を忘れて、男に掴みかかった。キツく握った拳をその下卑た顔目掛けて振り下ろそうした、その時──
「かえ…り……たい」
 アシュディンの絞り出す声に、ハーヴィドはっと我に返った。「帰り……た…い……」二度目の声で完全に冷静さを取り戻した。
 男に背を向け、アシュディンの体を支えながら拘束を解く。脚に力が入らないのか、解放された舞師はハーヴィドの胸にだらりともたれ掛かった。
 ハーヴィドは仕切り用に垂れ下がったカーテンを引っ張り落とすと、青年の裸体を包んで隠してやった。そう小さくもない体を軽々と抱き上げ、出口へ向かう。その途中で思い出したように振り返って「二度とこいつに触れるな」と快楽主義者の男に向けて凄んだ。去りゆくふたりの後ろで「はーい」と気の抜けた声がした。

 騒めき立つ〈葡萄の冠グレイプ・クラウン〉の店内、好奇の目を向けてくる西の歓楽街。宿への帰路の途中でも、アシュディンはまた「帰りたい」とうなされた。
《どこにだ? 宿か、祖国くにか、帝国伝統舞踏団ダアル・ファーマールか、それとも、恋人の元にか?》
 ハーヴィドは、アシュディンを慈しむ思いを散々巡らせた。その一部が、自身の心を密かに切りつけていることには気付かずに。
 宿が見えてきた頃、アシュディンはようやっとハーヴィドの顔を認識した。腕の中で揺られながら「お前……どうして……?」と問うと、楽師は抱き締める力を強くして答えた。
「お前を探していたら声が聞こえた。苦しそうな声が」
《……そうじゃなくて、ダルワナールあのおんなと一緒じゃなかったのかよ》
 しかしその問いは声にならなかった。ハーヴィドもまた、西の酒場で何があったのか訊かなかった。
 部屋に辿り着くと、ハーヴィドはアシュディンを布団の上に座らせ、ただちに濡れ布巾を用意した。まだ正気に戻りきっていないのか、呆然と床の一点を見つめている青年。その化粧で汚れた顔をハーヴィドはいちど雑にぬぐった。アイシャドウの黒と媚薬を混ぜた口紅の赤が、わずかに布側に乗り移っただけだった。まるでふたりを嘲笑うかのように。


17話,18話の解題を明日コラムとして出します。
そちらも併せてお楽しみください!

── to be continued──

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