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殺人ロボット

俺は人を殺すために作られた殺人ロボットだ。


この世界で初めて目を開けると、そこには茶色いちぢれ毛が頭の上で渦を巻いていて、体は骨に皮が張り付いているみたいに細く病人みたいな見た目なのに、目だけがギラギラ光っている男が立っていた。
そいつはハットリと名乗った。
「おまえは人を殺すために俺が作った殺人ロボットだ。」
ハットリは俺にそういうと、人がどこを刺されれば致命傷を負うか、ナイフの扱い方を教えた。
それから、1ヶ月ほどが過ぎた。

ハットリから殺す相手の情報が書かれた紙を渡され、俺は書類上でしか出会ったことない奴を殺しにいく。
別にそいつに恨みはないが殺す。
それが、俺がこの世に生まれた意味であり、人間でいう俺の仕事だった。
俺が指定されたやつを殺すと誰かが得をするらしい。それでハットリがお礼に大金を受け取っているのを何回かみた。
人間が人間を殺すということは、普通は躊躇してしまうらしい。
動物は平気で殺すくせにおかしな話だ。
俺はロボットだから何も感じることはなく、人を殺しても、罪悪感とか恐怖は感じない。
人間が腕に止まった蚊を殺すのとおんなじ感じだ。
今日も一人の男を殺せと命令があった。
渡された資料には男の写真と住所、その他の個人情報が細々と記されている。
俺は愛用している黒の手袋をすると、今日も人を殺しに行く。


「くそっ」
しくじった。
任務は遂行できたのだが、殺されそうになった男は必死の抵抗で隠し持っていた銃で俺の足を撃ち抜いた。
俺は足を引きずるようにして、その男の家から出ると、少し離れた人気のない路地に入り、壁にもたれるように座り込んだ。
ロボットだから痛みは感じないが、力が入らない。
今も撃たれたところからは、血がどくどくと溢れている。
持っていたハンカチで止血するが、立てるようになるまでは時間がかかるかもしれない。


「あなた怪我しているの?」
顔を上げると、まだ子どもらしい顔立ちが抜けきってない、20代くらいの少女がそこには立っていた。
胸まである長い黒髪の中で、大きな瞳をクルクルさせながらこちらをみつめている。
「俺はロボットだから大丈夫だ。」
「ロボットからこんな赤い血が出るわけがないでしょ。私の家、ここからすぐ近くだから、来て。手当てしてあげるから」
「いや、俺は、」
少女は有無を言わさず、俺の手を引っ張り立ち上がらせると、肩を組むように少女につかまり、二人並んで少女の家に向かった。
歩くたびに少女の髪の毛が首筋に触れる。
家に着くと、俺は畳の匂いがする部屋にあげられ、横になっていてと言われた。
彼女は救急箱を持ってくると手際良く手当てをはじめた。
傷の手当てをだれかにしてもらうなんてはじめてだ、そんなことを考えていると、
「はい、終わったよ」
足を見ると、そこには真っ白な包帯が綺麗にまかれている。
「すまない。じゃあ、俺は」
「何やっているの。傷が治ったわけじゃないんだから、まだ安静にしとかなきゃダメでしょ。」
俺が立ち上がろうとすると、少女は慌てて引き止めた。
「しばらく、ここで休んだら?それともあなた帰る家があるの?」
「いや、別にないが、」
ハットリは俺が家にいようが、いまいが気にしない。ただ人を殺していればいいからだ。
「そう、じゃあしばらくうちに止まっていく?」
「迷惑じゃないのか?」
「全然、わたし一人暮らしだし、ちょうど話し相手がいなくて退屈していて。だからわたしの話し相手になってよ」
「それはかまわないが、」
「じゃあ、決まりね、私は咲。あなたの名前は何ていうの?」
「俺はロボットだから名前はない。」
「うーん、じゃあ、あなたの名前はクロ。今日からあなたはクロよ」
咲と名乗る少女は、俺がはめていた黒の手袋を見てそう言った。
クロか
なんだか猫みたいだな
まあ、いいか

太腿に振動を感じ、スマホを取り出してみると、ハットリから電話だった。
「任務は終わったのか?」
電話の向こうからは、ボソボソと話すハットリの声がする。
「ああ」
怪我をしたことはわざわざ報告をすることではないと思い、何も言わなかった。
「ならいい」
そう聞こえると電話はブツっと切れた。
「誰?」
咲がきょとんとした顔で尋ねた。
「ただの知り合いだ。」
「ふうん、あっそういえばお腹空かない?なんか作るよ」
「ああ、ありがとう」
しばらく待っていると、咲がスプーンと一緒にカレーを持ってきてくれた。
二人で「いただきます」と手を合わせて、食べ始めた。
誰かと一緒にご飯を食べるのは初めてかもしれない。
ハットリのところにいた時は、ご飯は勝手に各自で食べていた。
その日、食べたカレーは今までで一番美味しかったかもしれない。


次の日になると、足の怪我も少し良くなり歩けるようになったので、咲の部屋の掃除を手伝った。咲は大学に通っていて、先生になるための勉強をしているらしい。あの教授がうざいなどの愚痴を延々に聞かされた。
お昼には、咲がおにぎりを作ってくれて、塩味が効いていてなかなかいけた。

次の日には咲が買い物に行きたいというので、ついて行った。休日のショッピングモールは家族連れやカップルで賑わっていた。俺と咲は外から見たらどういう関係に見えるのだろう?俺の見た目は確か、20代前半の男性として作られているから、友達に見えるのだろうか。
「ねえ、ずっとその黒の手袋はめているけど暑くないの?」
咲は眉を潜めて怪訝そうに聞いた。
「まあ、慣れだな。これをしてないと落ち着かない」
「ああ、でもなんかこれがないと落ち着かないって言うものあるよね。私も寝る時は小さい頃に買ってもらったくまさんを抱きしめて寝ないと落ち着かないんだ。」
咲は少し恥ずかしそうに言った。
「ライナスの毛布だな。」
「ライナスの毛布?」
「スヌービーで有名な”ピーナッツ“という漫画で出てくる主人公の男の子の名前がライナス。そのライナスがいつも小さい頃お母さんに買ってもらった毛布を大事に肌身離さず持っているから、そういうそばに置いていないと落ち着かないものをライナスの毛布っていうんだ。」
「へーよく知ってるね!初めて知ったよ」
「スヌーピー全巻読んだからな」
「そのしかめっ面で読んでるの想像したら面白すぎる」
咲は体をくの字に曲げながら可笑しそうに笑っている。
「こういう顔に作られたんだから仕方ないだろ」
俺は殺人のために作られたロボットなので、多分ハットリがなめられないよう怖く作ったのだろう。
まだ、20代前半なのに、眉間にシワが寄っている。

「あっここかわいい、ここ入ろう!」
咲が指さした先にはいかにも男だけでは入りにくそうな、女性専用のキラキラした洋服売り場だった。
上を見るとおしゃれなアルファベットで店名が書かれている。
中には大学生ぐらいの女の子2人が、「これかわいいー」といいながら騒いでいた。
咲はもう中に入っていて嬉しそうな顔で、服を見ている。
仕方なく俺も入ると、
「ねえ、この服可愛くない」
咲がキラキラした目で、白いワンピースを目の前に掲げる。
「ああ」
正直、人間がなぜ服のデザインにこだわるのかわからない。
服なんて、暑さや寒さをしのげればそれでいい気がするのだが。
「ちょっと、試着室で着てくる!」
咲がタッタとスカートをひらひらさせながら小走りでかけていった。
「あの、彼氏さんですか?」
いきなり声をかけられ、ぎょっとして横を向くと、茶色く髪を染めた、ショートカットの若い女性が立っていた。胸には名前が入ったバッジをつけている。
「いや、彼氏じゃ、」
「そうなんですか」
女性はニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべると、
「試着し終わったら、ちゃんと似合ってるって褒めてあげてくださいね。女性はそれだけですごく嬉しいんですから」
女性はそういうとコツコツと去っていた。

試着室を出てきた咲は綺麗な白色のワンピースを着ていた。
「どう、似合う?」
「ああ、似合ってる」
と言うと、えへへと嬉しそうに笑った。
咲と話しているとたまに不思議な感じがする。
なんか体がポカポカするような感じだ。
ハットリと話していても、こんな感じにはならなかった。一体何が違うのだろう。

咲の家に来てから一週間が経った。
初めて咲に仕事現場を見られた。
「クロ?」
買い物帰りなのか、ビニール袋を両手に下げた咲がたっていた。
「クロがやったの?」
人目につかないよう、裏路地で仕事をしていたのだが、まさか、咲にみられるとは。
俺の目の前には、胸にナイフが刺さっている男が倒れている。
「ああ」
「この人死んでいるの?」
「そうだ、俺が今殺した」
「何で?」
「それは俺が人を殺すためにこの世に生み出されたロボットだからだ。」

それを聞くと咲はポロポロと涙を流し始め
「お願いだから人殺しはやめて、あなたは優しい心をもっているはずよ」
と泣きじゃくりながら言った。
人を殺しちゃダメな理由はよくわからなかったが、この子の泣いている顔は見たくないと思った。

俺はその日から人を殺すのをやめた。ハットリとも連絡を断ち、咲の家に住むようになってから一ヶ月が経とうとしていた。
「明日でクロが来てから一ヶ月経つね。」
「もう、そんなに経つのだな。」
怪我はもうとっくに治っているのだが、なんとなくここを離れる気がしない。
「明日、何食べたい?」
「カレーかな」
「クロ、ほんとカレー好きだよね。」
「咲のカレーはうまいからな」
「ほんと?嬉しい、じゃあ、これからもたくさん作るよ」
「ああ」


ズボンのポケットでスマホが震えた。
「おい、なぜ連絡をよこさない?お前の仕事は溜まってるんだぞ」
ハットリの声が電話から聞こえた。
「俺はもう人を殺すことはやめた。だからもう俺に関わらないでくれ」
「お前は俺が作ったロボットなんだぞ!ロボットは命令を聞くものだろ。」
「ロボットだって意志を持つことはある」
「後で俺を裏切ったことを後悔しても知らないぞ」
俺はハットリの言葉を無視して、そのまま電話を切った。

次の日、家に帰ると、何かいつもと違うような気がした。
玄関で靴を脱ぎ居間に入ると
咲は机に寄りかかるようにして倒れていた。
胸のあたりは血で真っ赤に染まっていて、見ただけでもう死んでいると理解できるほどだった。
キッチンにはカレーが入っている鍋が置いてある。
床には茶色いちぢれ毛が一本落ちていた。
こういう時、人間だったら悲しいなどの感情が湧いてくるのかもしれないが、俺はロボットだからそんな感情は湧かない。
ただ、俺はその時、初めて自分の意思で人を殺したいと思ったのだ。


ハットリの家を訪れると、そこにはコーヒーを優雅に飲んでいるハットリが座っていた。
「おっ、戻ったか。お前をたぶらかしていた女殺しておいたよ。女と一緒だったから人殺しはやめていたんだな。お前は人だけ殺してりゃいいんだよ。」

俺は、懐からナイフを取り出すと、ハットリの首を横にスパッと切った。
ハットリはぐえっと鶏が首を絞められたような声を出すと同時に、首から血が噴水みたいに吹き出し、そのまましばらくすると、椅子にぐったり倒れかかるように死んだ。
咲がいなくなり、胸にポッカリと穴があいた気がする。
これは人間で言うとなんていう感情なのだろう。

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