アジアのイノベーションハブを目指すシンガポールに欧米・中国のテック大手が次々と開発拠点を開設
Reutersで米中のテック大手がシンガポールに開発拠点を開設、またローカルのテック大手が技術系職種の採用を拡大しているというニュースがありましたので、概要を紹介します。
シンガポールで、ソフトウェアエンジニアやデータサイエンティストなど技術系の職種で働きたい人には、仕事が見つけやすくなるチャンス到来です。後半に現実的に仕事を見つける方法を紹介します。
Singapore faces talent crunch as tech giants scale up (シンガポールはテック大手が規模拡大のため人材不足に直面)
https://www.reuters.com/article/us-singapore-technology-hiring-idUSKBN29W0GR
記事の概要
・シンガポール政府は、アジアのイノベーションハブを目指している。
・中国のByteDance(TikTokの運営会社)、Tencent(WeChatやゲームの運営会社)、アメリカのZoom Communicationsがシンガポールに地域拠点を開設した。積極的に人材を獲得している。
・(補足)ByteDance は以前グローバルで3000人、シンガポールでは約150人エンジニアを採用すると発表していた(2020年10月)。ByteDanceは以下の組織図の通り、よく知られたTikTokの他にLarkと呼ばれるオフィススイート(Google WorkspaceやOffice 360に近いアプリ群)を開発・提供している。筆者が面接で聞いたところ、シンガポールオフィスは中国国外向けのプロダクトマネジメントを牽引する役割とのこと。また、全プロダクトに対応した大規模なデータ分析プラットフォームをHadoop系のオープンソース製品を中心に構築し、かつ、オープンソースコミュニティに修正パッチを提供するなど大規模に貢献している。
・(補足)ByteDance運営のTikTok、Tencent運営のWeChatはアメリカやインドで禁止されており、ByteDanceはインドのスタッフを減らす旨を発表していた。
・(補足)Tencentはシンガポールに地域拠点を発表している(2020年9月)。Tencentはシンガポールのゲーム・EC大手のSEA他、様々な企業に出資を行なっている。 また、パブリッククラウドサービスのTencent Cloudを欧米・アジア全域に展開している。
・(補足)Zoom Video Communications Incはシンガポールに研究開発拠点を解説。数百人のエンジニアを採用する。
・ローカル企業ではGrab(東南アジア最大のSuper app)、Sea(ゲーム大手のGarena、EC大手のShopeeの親会社)がDigital Bankのライセンスが承認され、金融分野に進出。こちらも積極的に資金調達および採用を活発化している。
・(補足)デジタルバンクのライセンス取得についてはこちらの記事を参照。Grabは通信大手のSingTelと共同で、Seaは単独でDigital Full Bankのライセンスを取得。Ant GroupとGreenland Group(中国の不動産大手)はDigital Wholesale Bank。Digital Bankは店舗やATMといった物理的な設備を持たず、オンライン(Webやモバイルアプリ)によってのみサービスを提供する。Full Bankは個人と大手企業両方に対して金融サービスを提供できる。 Wholesale(卸売り)Bankは中小企業向けのサービスを提供できる。
・ByteDanceやShopee(SeaのEC小会社)の採用を支援するNodeFlairによると、毎週500件のポジションを採用サイトに新規掲載している。
・The Ministry of Communications and Information(情報通信省)によると、2020年9月中旬には政府運営の採用サイトに1万件ほどの技術系の募集が投稿されていた。
・転職の際に30%給料が上がるケースもある(私は昨年6月に転職して年収が15%上がりました)。
・コロナ禍で海外からの入国が困難な状況にあるため、シンガポール政府は国内での人材供給を強化している。具体的には市民やPRの技術習得の支援に予算をつけている。また、ITのコースを修了する学生が昨年より17%増加した。
・Economic Development Board (EDB; 経済開発局) は人材不足を解消するため、テック企業が海外からトップ層の人材を呼び込むためのビザを新設した。
・(補足)新設した就労ビザについては以下の記事を参照。過去1年の月給が2万ドル(約160万円)以上など要件が厳しい。最大500件発行する予定。
https://www.straitstimes.com/singapore/new-work-pass-in-singapore-for-top-tier-foreign-tech-professionals-to-launch-in-january
・企業はシンガポールの人材不足に対処するため、海外でもエンジニアの採用を拡大している。FinTech企業のNiumはインドで250名のエンジニアを採用する。https://www.techinasia.com/singaporean-fintech-firm-nium-book-6b-transactions-q4-2021-founder
・Singapore Airlineの元社員がコースを受講して、Data Analystに職種転換を図っている。
シンガポールがテックハブ化する背景
東南アジアの成長が著しい
・シンガポール自体は面積が東京23区程度、人口約570万人(東京都民の約40%)、名目GDPで約3721億ドル(東京都の約37%)と比較的小さい都市国家のため、シンガポール自体と言うより、東南アジアに投資・ビジネスを展開するための入り口としての役割が大きい。
・日本の名目GDPは1995年の5.5兆ドルがピークで、それ以降、全く成長していない。一方で、ASEAN Economic Progress(ASEAN 50周年記念レポート)によると、ASEANの名目GDPは1995年の6500億ドル(日本の12%)から2016年の約2.55兆ドル(日本の約52%)に達し、人口は6億6000万人と日本の5倍の規模まで成長。コロナ前は毎年約5%程度の成長していた。2030年にはインドネシア単独で日本のGDPを超える規模に達する予想あり。
・インドネシアの人口の60%(約2億6千万人)が銀行口座を持っておらず、社会インフラが未整備な状況の国が多い。一方でインドネシアの人口の66%がインターネットにアクセスできる状況にあり、40%が金融サービスのモバイルアプリを利用したことがある。先進国の日本からは想像できないデジタル化を遂げている。
歴史的にもアジアのビジネスハブとしてのシンガポールが定着していた
・シンガポールは元々はムスリム国家であるマレー半島の先にある小さな漁村だった。1819年に東インド会社から派遣されたイギリス人ラッフルズがイギリス・インド・中国の三角貿易の拠点として発展させたのが近代都市としてのシンガポールの起源である。これはシンガポールが地理的にインド洋・南シナ海をつなぐマラッカ海峡の先に位置し、地理的にアジア貿易に好都合な立地にあったため。この時、東インド会社のイギリス人がシンガポールの都市運営のため、中世から東南アジア全域で貿易を担っていた華僑(福建人・潮州人・客家人など中国南方地域)のシンジケート(一種の組合)にアヘンの加工・販売の権益を与え、治安維持にもあたらせた。この時に、現代のシンガポールに通じる構造が出来上がったように思える。それは、出資者としてのイギリス人、ビジネスのオペレーションを担う華僑、肉体労働にあたるインド移民や先住民のマレー人という関係性、支配階級としてのイギリス人や資本家になった華僑、支配階級の言語としての英語、ビジネスのハブとなる港。
・60〜80年代にかけて資源の豊富な東南アジア諸国からの石油と一次産品の輸出に伴う米ドルの供給や、日米による直接投資に伴う工業化により、米ドル円取引の需要が発展し、東南アジアの貿易拠点であるシンガポールにアジアダラー市場・金融先物取引所・証券取引所などが設立された。これが現代の国際金融ハブとしてのシンガポールの原点となった。
(中国企業)東南アジア投資の隠れ蓑としてシンガポールが便利
・中国とアメリカやインドとの政治的な対立により、中国企業の一部は北米およびインド市場からビジネスや投資を撤退させる動きがある。一方で、東南アジア諸国とはそこまでの緊迫した状況には至っておらず。成長市場であり、歴史的にも中国の裏庭である東南アジアへの投資が、以前にも増してより魅力的な状況になっている。
また、以下のBBCの記事では、中国企業は中国からの投資を隠すため、シンガポール企業を経由して東南アジアに投資していると語るコンサルタントの意見を紹介している。https://www.bbc.com/news/business-54172703
この記事からも、中国と経済的に密接な関係にある東南アジアであるが、中国に対しては反感を持つ国が多いことがうかがえる。
アジアでキャリアを積みたい人はシンガポールがおすすめ
この記事にもあるとおり、シンガポールは欧米や中国企業の大手テック企業が投資し、人材を活発に採用しており、非常にチャンスに満ちていた国だと言えます。シンガポール拠点はあくまでアジアのビジネス統括の役割が多いと思いますので、欧米はカバーしないケースが多いと思いますが、成長著しいアジアでキャリアを積みたいと考える場合は、シンガポールはおすすめです。
シンガポールでの仕事の見つけ方
では、現実的にどうシンガポールで仕事を見つけるかですが、以下のパスが現実的だと思います。
日系で駐在もしくは現地子会社へ転籍
シンガポールで知り合う日本人の方は、このケースが多いと思います。
日系の場合、技術職ではプロジェクトマネジャーなどの管理系の仕事、ビジネス寄りだとマーケティング、物流、EC運営など現地のオペレーションを管理する仕事が比較的多いと思います。私は日系小売企業で現地小会社に転籍させていただいたので、このケースに当てはまります。
なお、駐在での異動は会社の方針と自身のキャリアを一致させることができている幸せなケースだと思いますし、住居費など一部生活費が会社負担になるなど財政的なメリットもあります。一方で、滞在期間などは会社の命令で決まってしまいますし、個人の裁量の幅は小さいと思います。
転籍の場合は、日本の本社・支社を退職し、完全に現地の社員として再雇用するケースです。片道切符であり、多くはローカルの人と結婚したなど日本に戻る予定のない人が現地採用に切り替わる場合に行われる。現地採用の場合、シンガポール支社所属になりますので、就労ビザが有効な限りはシンガポールに滞在可能です。
外資系でグループ内転籍
外資系の場合、シンガポールの方がリージョナルHQになっているケースが多く、日本支社よりシンガポール支社の方が格上の場合があります。シンガポール支社に転籍することで、より広い範囲のビジネスに携わることができます。マーケティングなどビジネス寄りの仕事の場合は、社内転職・転籍でシンガポールで働ける機会は多いかと思います。
シンガポールの大学院に進学し、そのまま現地就職
これも確度が高い方法だと思います。ソフトウェアエンジニアの方が、30歳前後で一度、日本の会社を退職し、シンガポールの大学院へ進学してデータサイエンスを学び、現地企業でデータサイエンティストとして就職した方を2人ほど知っています。在学中にインターンで実務経験を身につけられる点も良いと思います。
ただし、アメリカでは大学院を卒業すると1年間働ける就労ビザ(OPT)が発行されますが、シンガポールはこの類のビザがありません。中途採用に応募してオファーをもらい、就労ビザを許可される必要があります。
中途採用は職歴があることが前提ですので、日本にいた時の職歴とシンガポールでの勉強内容が中途採用で評価されるものである必要があります。もし職種を変えるために大学で学ぶ場合、卒業時点では該当分野では職歴がないため、オファーをもらうのがかなり難しくなる可能性があります。進学を考える場合は、卒業後の進路もしっかり考えてから決めると良いでしょう。
日本からオープンポジションに応募
社内や企業グループ内で異動するパスがなかったり、何らかの理由で現在の仕事を辞めて留学することが現実的ではない場合、LinkedInなど採用サイトを通じて公開求人に応募することは可能です。また、LinkedInに英語の経歴を書いておくことで、リクルータから転職のお誘いが来る場合があります。
シンガポールをはじめ海外の企業は、コロナ禍以前からリモートで採用を受けることは頻繁に行われていたので、応募から内定まで一貫してリモートで採用プロセスを受けることができます。
ただし、社内・企業グループ内転職と比べると、社内・グループ内での内部推薦を得られないため、純粋に書類ベースで書類審査を突破する必要があるため、内部異動より困難です。また、シンガポールは欧米と同じで、日本より学歴社会のため、職歴だけでなく職種に合った学位を持っているかも厳しく見られます。例えば、ソフトウェアエンジニアのポジションに応募する場合、大学でコンピュータサイエンスの学位がない人は、特異な経歴がない場合は、書類審査を突破できません。
また、応募に当たっては有名企業だけではなく、リクルータを通じて多数のポジション(100以上とか)に応募して、まずはシンガポールに移住する最初の1歩を見つけることが大事です。最初から理想的なポジションが見つかり、オファーをもらえるとは限りません。多くの人が転職を繰り返しながら、徐々に満足のいくポジションにつけるよう努力しています。
最後に
シンガポールのテックハブ化を紹介するロイターの記事をネタに、テック企業の動向やその背景や、シンガポールで仕事を見つける方法などを紹介しました。シンガポールでもワクチン摂取が始まり、コロナ後の経済に向けて、採用を活発化する企業が増えてきました。発展するアジアでキャリアを磨くチャンスですので、興味ある方はぜひ挑戦してください。
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