見出し画像

ゆかりは、祐輔が起きる1時間前に起きる。
そしてお気に入りのコーヒー豆を挽いて、窓から外を眺めながらコーヒーを飲む。
朝の静かな時間にコーヒーを飲むのが、ゆかりは大好きだった。
祐輔と同棲して半年程たつが、前は一緒に起き、朝ごはんを食べながら一緒にコーヒーを飲んでいたが、ある日早く目が覚めてコーヒーを飲んだら、
とても気分がよかったので、今は毎朝の習慣となっている。

祐輔とは以前、一緒の会社で働いていた。
ゆかりは仕事が出来るほうで、ワーカホリック気味ではあった。
仕事は好きだったが、人間関係の妬みにウンザリしていたころ、
付き合っていた祐輔からプロポーズされ、結婚することを決め、仕事を辞めた。
祐輔も仕事ができ、先輩社員でも自分の言いたいことはいい、会社の古い体質を改善し、会社の業績に貢献していて、皆から一目置かれていた。
新たな仕事でもすぐ覚えて、リーダーシップをとっていた。
そんな祐輔が頼もしく好きだったが、一緒に仕事をしている時も時折感じる事はあったが、人に対して冷たい事があり、同棲を始めたらより感じるようになったが、結婚する気持ちは変わらなかった。
完璧な人間なんていないし、結婚なんてある程度我慢が必要なんだと思っていた。
それにゆかりの両親も喜んでいるし、祐輔の両親もいい人達で、今更、結婚を解消するなんて考えられなかった。
祐輔は3か月後に海外に転勤する事になっていて、ゆかりも一緒に行くつもりでいて、その前に結婚式を挙げることになっていた。


仕事を辞め、同棲し始めてから、時間もあったので、家の近くの喫茶店でアルバイトをしていた。その喫茶店はコーヒー好きには有名なお店で、遠くから来る人も多かった。だいたい常連客が多かったが、1週間程前から、髪を無造作にのばして、スエット姿でサンダルを履いて自転車に乗ってくるお客さんがいた。いつも窓際の席にすわり、アイスコーヒーを頼み、鞄から小さいスケッチブックを出して何かを描いていた。店主が「ホットの方が美味いんだけどなぁ~」とよくぼやいていた。そのお客さんは、一枚絵を描き終わると、一気にアイスコーヒーを飲み、お金を払うときに、「今日も美味しかったです。」と毎回ひとこと言って、帰っていった。

ある日、喫茶店に行くと、一枚の絵が飾ってあった。
店主に聞くと「あの髪の長いお客さんいるじゃない。画家さんみたいだけど、あの人が描いてくれたんだけどさぁ~、俺は嫌なんだけどカミさんが気に入って飾れって言うからさ~」と言っていたが満更でもない顔をしていた。
その絵はよく特徴をとらえていて、何か優しい感じのする絵だった。


喫茶店にはどんどん絵が増えていった。
花の絵や夕暮れの絵、誰かの顔、何かわからない模様、どれを見ても素敵な、見ていて何か癒される絵だった。

祐輔との生活は続いていたが、いつからか、2人でテレビを見ているだけでも、落ち着かず何かと祐輔のご機嫌をとるようになっていた。
それは祐輔の何か人間味のない態度がそうさせると思っていた。
ゆかりは結婚する事に不安がでてきたが、祐輔は気にするふうもなく、淡々としているように見えた。


結婚式も間近かになり、喫茶店で送別会を開いてくれることになった。
店主に「旦那さんも呼びなよ。」と言われたが、祐輔には言わなかった。

送別会にはアルバイトの人達と常連客の人達も来てくれた。
あの画家さんは来ていなかった。
みんな祝ってくれて、
「いいな~新婚は~今、楽しくてしょうがないでしょ!」
「子供は早く作っちゃったほうがいいわよ!」等々言われたが、
まだまだ、結婚せずに、アルバイトを続けていたい気分だった。
食べ物も残り少なくなり、そろそろ終わりかなという雰囲気になったところで喫茶店の扉が開いた。
画家さんがいつもの恰好で入ってきた。
店主が「遅いな~もう終わっちうよ~」と言って笑った。
画家さんは「間に合って良かった。」とボソッと言った。
画家さんは「これ~」と言ってゆかりに一枚の絵を渡してくれた。
その絵は私の顔だった。
他の絵と同じように優しい顔をしていた。
画家さんが「これも」と言って絵を出した。
その絵は祐輔の顔だった。
「え!どうして?」と言うと
店主が「旦那さん、ゆかりちゃんがいない時よく来てたんだよ。」と言った。
その絵はとても優しい顔をしていた。


家に帰ると、祐輔が帰っていた。
「今日、喫茶店で送別会を開いてくれたんだ。」と言うと
「へぇ~そうなんだ。」と興味なさそうな返事が返ってきた。
「祐輔、喫茶店に行ってたんだね。」
「まぁ、たまにね。」と言って、恥ずかしそうな顔をした。
画家さんから貰った、私の絵を見せると、
「あ~あの人か。へぇ~、やっぱ上手いもんだな。」と言い、絵とゆかりの顔を見比べていた。
「これも貰ったんだ。」
祐輔の絵を見せると、祐輔は何も言わずに絵を眺めていたが、微かに目に涙が溜まっているのが見えた。

ゆかりは結婚式の前日に、買い物がてらに喫茶店の前を通ると、窓際のいつもの席に画家さんが座って、絵を描いていた。
画家さんはゆかりに気づき、立ち上がり両手で大きく手を振ってくれた。
ゆかりもそれに応じて大きく手を振った。
画家さんに貰った絵は、リビングに飾ってある。
絵を飾って以来、祐輔の表情が変わったように感じ、ゆかりも家でもリラックスできるようになった。
結婚に対して不安はあったが、駄目だったらまたここに戻ってきて、
あの喫茶店でアルバイトすればいいやと、思った。

いいなと思ったら応援しよう!