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韓国映画『甘い人生』の後味

韓国映画といえば、日本ではバイオレンス・ノワールものが長らく人気。私もけっこう観た口だが、どれか一つ挙げろと言われれば悩む。でもあえて印象に残った作品といえば、イ・ビョンホン主演の『甘い人生』かな。

完成度とかではなく、なんか後々残るという点で。バイオレンスだけど、韓国ヤクザ映画特有の体育会系というよりは、なんとなく文学テイストなノワール、。銃ドンパチ、ナイフ滅多刺し、集団リンチ、生き埋めと、まさに「肉食」オンパレードだが、全体を「肉」ではない、違う何かが覆っている。

儚くて、刹那的で、非合理的。何かを勝ち取るために戦うというよりは、何かを知るために抗うみたいな。その辺がノワール映画なのかもしれないけど、他のノワール作品と一味違う。肉料理のようで肉料理ではない後味が残るみたいな。でもそれが何の味かよく分からず、ずっと残るみたいな。

この一種ハイコンテキストな世界観を支えているのがイ・ビョンホンの抑制されたトーン。ヤクザにしてはカッコよ過ぎだが、これで正解だったと思う。もしあれが、ヤクザヤクザなリアリティを追求していたら凡百の作品になっていただろう。大袈裟かもしれないが、イ・ビョンホンの作品読解力がこの映画を際立たせたともいえる。演技というよりはシルエット。服装や髪形、佇まい、動作なども含めたそれ。

とはいえ、本人は制作過程でかなり身体を酷使したらしく、寒い中、ずぶ濡れのまま何時間もボコボコにされるシーンを撮ったとか。本編ではカットされたが、ドラム缶か何かの中で虫を大量に入れられるという実写シーンがあったという。ガチですね。

あと映像が秀逸。血と暴力のオンパレードも、特に前半の映像は高級スイーツのような質感。寡黙な主人公の微妙な心の変化も、きめ細かい鮮やかな映像によってふんわりと伝えてくる。

組長の理不尽さがこれまた良い。『オールドボーイ』同様、その理由はただただ理不尽なんだけど、眉一つ動かさず、確信をもっての理不尽。嫉妬なのか老醜なのか、はっきりとした理由は最後まで謎だが、理由がどうあれ半端ない。

ファン・ジョンミンのヤクザヤクザ感もたまらなく良い。愛嬌さえ漂う。人の刺し方もセンスがある。卑怯だけど無駄がなくピンポイント。暴力の才能に恵まれたヤクザがナイフで人を殺すときってこうなんだろうなという説得力がある。

本作は韓国で非常に人気が高く、ネット検索したら真面目な批評がたくさん出てくるが、ストーリー上の突っ込みどころが多いようだ。たしかに曖昧模糊としたところが少なくない本作。でも掴みどころのなさというのは欠点でもあり魅力にもなるなと。映画とは何かについても考えさせられる。

追記:韓国のある映像学の研究者が書いた論文が中々面白い。「ノワール映画の色彩に関する研究」(2012)という題。『甘い人生』は韓国のノワール映画の中でも最も正統派であるとの評。色彩の用い方においても、他の作品と異なりしっかり意図して使用されているとのこと。韓国映画の場合、美術監督がカラーマネジメントを直接的に統括する例がないが(当時)、この辺をもっと改善する必要があると結んでいる。


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