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21歳、やらかす

酔って何かしらの失敗をする。
誰しも少しの失敗ならあるはずだ。僕はそう信じてこの文章を綴る。
これからを担う10代の尊厳のために。

21歳、僕は大学からすっかり足が遠のいていた。
それまでに起きた、自分ではどうしようもなかったことや、自分がどうにかできたこと、全てに疲れていた。息をするのも面倒と感じていた。
そんな僕を心配して、友人は幾度も僕を飲みに連れ出した。大学に行くよりは足取りは軽かった。18歳の頃の軽かった足取りと気分は、どこかに去ってしまっていた。
盛岡市内のアパートを出る。待ち合わせには遅刻したくない。時間よりも相当に早くアパートを出ると、少しだけ胸が締め付けられた。講義にも行かず何をしているんだろう。僕は、目指していた自分との差に、それと今の自分を比べることにうんざりしていた。
大学を見ないようにしながら、歩みを進める。僕らがいつも酒を飲む繁華街まではここからは遠い。エル・ドラドを見つけたあの道は、もう輝いてくれない。
結局、待ち合わせたいつものコンビニに、時間より30分以上早く着いてしまった。この時期の盛岡は、冬の空気が痛い。余談だが、岩手県民は冬でも盛岡冷麺を食べる人も多い。2月に食べている人をはじめて見たときはびっくりした。僕は長く暮らしたが、とうとう冬には冷麺を食べなかった。
待ち合わせの時間を10分ほど過ぎて、友人たちが到着した。盛岡で生きていて一番安心するのは、彼らの顔を見たときだろう。それは、盛岡を去った今も変わらない。身体や心には、そして能力には恵まれなかったが、人には恵まれた。
友人の一人が行きたいという店に向かって3人で歩き出す。先ほどまでより足取りと心は軽い。雪で滑って転んだって、皆で笑えるのだから。
店に到着した。焼き鳥が旨いと友人は言う。いつものように笑う彼らのおかげで、やっと自分も笑えるようになった。
わいわいがやがやとした店の雰囲気も、本来ならばあまり得意ではないが、この日は好きだった。
盛岡という場所は、三大麺がよくフォーカスされる。盛岡冷麺、じゃじゃ麺、わんこそばである。元市民としては、それらは勿論自慢であるが、居酒屋の料理やラーメン、焼肉といったものも、格別に旨いのが盛岡だ、と言いたい。なお、盛岡で暮らすと、一人焼肉は皆普通にするようになる。している人が多いので、さして抵抗がなくなるのだ。
18歳の頃は入れなかった飲食店も、今じゃ普通に入れる。なのに、あの頃出来ていた「頑張ること」が、今は出来ない。
表情に出ていたのだろう。友人たちが声をそろえて「今日は暗いのはナシ!」と笑った。ありがたい。言葉も勿論だが、いてくれることそのものが。
他愛もない話が続く。かわいい子を見つけた話、いわゆる「推し」の話、振られた話。居酒屋には高尚な話より、馬鹿話が似合う、と僕は思う。それとも、不安から目を背けたかっただけだろうか。
ふとしたきっかけで話が変わり、高校時代の話になる。僕がした手ひどい失恋の話も、彼らとなら話せる。中途半端に友人だったわけじゃない。振られたさまを一部始終彼らは知っている。生傷だって、笑い話になるのだ。
そういえば、と友人が切り出す。○○結婚したらしいよ。久しぶりに聞くその名前に、顔が思い浮かばない自分に驚いた。たかだか3,4年で忘れてしまうんだ、と。
この人たちだけは、忘れたくないな。そう思った。このまま自分がどうにもならなくなっても、この二人と友人でいたことだけは、覚えていたい。少しぬるくなったビールは、いつもより少しだけ、苦い。
居酒屋を出る。友人の一人はそのまま歩いて帰った。僕ともう一人はタクシーに乗車する。2月の深夜は、身体にこたえる。
タクシーに乗って少しして、友人が呟いた。
「いつかきっと、大丈夫になるよ。」
もう信号さえ点滅している盛岡の景色が、少しだけにじむ。
ありがとう、と呟いたけど、聞こえていたかはわからない。

彼が先に降りて、タクシーは僕をアパートの近くまで運ぶ。下車するとき、運転手の方が一言、「忘れ物はありませんか?」と言った。
大丈夫ですよ、と僕は笑い、タクシーは走り去る。
今日はありがとう、と伝えよう。携帯電話を探す。探した。探している。
ない。
タクシーか、居酒屋か?
血の気が引いていく。酔いなぞ一瞬で消えてなくなる。
当時アパートの近くにあったコンビニには、まだ公衆電話があった。10円も100円もある。自分の番号は、奇跡的に覚えていた。
コンビニに走る。電話をかける。つながらない。
電話をかけた。
電話をかけた。
だがもうだめだとわかっていた。
そうだ、タクシー会社に!と思ってから、どのタクシー会社か覚えていないことに気付く。
いよいよ終わった。
ここで、冒頭の文章に戻ろう。
「これからを担う10代の尊厳のため」になる話か?と皆さん思っていると思う。実を言うと、なる。
携帯電話というものは、個人情報の塊である。自分のものだけでなく、他人の連絡先や、彼らとのやりとり、さまざまなサイトのパスワードや、場合によってはちょっとスケベなデータさえ記録してある。
幸いなことに、このときの僕の携帯には、個人情報はともかく、スケベなデータはなかった。あったのは「創作物」である。要は、詩だ。メール作成画面に、今よりもはるかに稚拙な詩が、山ほど保存されていた。
僕の個人情報と、詩。これだけあれば僕は社会的に抹殺されることは確定的だった。
だから僕が言えることは、三つある。
「創作物のデータは紛失しそうなものに保存しない」
「携帯には常にロック」
「飲みすぎないこと」
である。10代の皆様、お酒には気をつけましょう。創作物を作る皆さん、紛失には注意しましょう。

なお、この話の余談として、朝になってから家族や友人に公衆電話で連絡しているところを、元カノに見られ、怪訝な顔をされた。というより、ゴキブリを見るときみたいな顔をされた。一言も声はかけてくれなかった。またひとつ、生傷が増えたのである。
その日の朝焼けと岩手山は、それはそれはきれいだった。未だに思い出して、消えてしまいたくなる、冬の日のことである。

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