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【ショートストーリー】忘却隊

「それ」が遥か遠くの宇宙からやって来たのは、2024年の暮れのことであった。
「アフリカ大陸南西部に宇宙船が飛来した」というニュースに誰もが驚きを隠せなかった。各国宇宙機関の「監視」をかいくぐって突如として現れたからだ。
アフリカ各国、米国、中国、ロシア、そして日本。ほぼ全ての国から代表団が派遣され、宇宙船の乗組員との対話が計画された。
会議が始まったことがニュースで伝えられた頃には、代表団は全滅していた。

たった一体の宇宙人であった。
30本近い触手を持った、人型の宇宙人。頭はなく、言葉を話すこともない。そして、人類の持つあらゆる兵器は「それ」に通用しなかった。
「それ」は、いつしか「ジ・エンド」と呼ばれた。

2027年、のちに「忘却の将」と呼ばれる、日本の片桐博士が「ジ・エンド」に有効な攻撃手段を見つけた。
人間の脳から「大切な記憶」を抽出し、弾丸とすること。
それだけがジ・エンドを倒す兵器となり得た。
すぐさま、各国の軍人、警察関係者などから有望な人間が集められた。彼らは「忘却隊」と呼ばれた。
それでもジ・エンドに致命傷を与えることはできず、世界は滅亡の危機に瀕していた。


「小村、小村はいるか?」
小村道久こむらみちひさは隠し持っていた写真を慌てて隠した。
「…はいっ、ここです。」
にこやかに応じる。上官とはいえ、ここにいるものはもう皆同志であった。
「…また写真を見ていたのか。」
小村の身体が跳ねる。上官―河口勇将かわぐちゆうしょうは苦笑いをしながら、小村の肩を叩いた。
「気にするな。もう、俺たちを縛る規律すらないのだから。」
忘却隊は、小村と河口を含め、6人しか残っていなかった。片桐博士をはじめとした設立当初のメンバーは、皆ジ・エンドの餌食となった。
忘却隊が使用する特殊な銃と弾丸は、片桐博士の手でなければ作ることは不可能であった。残っている弾丸はあとわずか。人類は、逆転の手段すら失いつつあった。
「小村、お前は志願兵だ。今からでもいい。どこか遠くに…。」
言いかけた河口を制して、小村は言う。
「今更、今更みんなを見捨てられませんよ。」
腰につけた弾丸を撫でる。二級弾丸が8発と、一級弾丸が1発。ジ・エンドに撃ち込んだ瞬間、記憶は脳から完全に消去される。
胃の辺りがぎゅっとする。その痛みを、小村は飲み込んだ。
「…そうか。なら、もう言わないよ。」
河口はため息をつく。
「出撃だ。おそらく、最後になる。」

河口、小村、そして宮田、大山、佐々、坂東。
皆、静かに支度を整えた。写真、手紙、動画。思い思いに、弾丸に込めた思い出を、振り返る。
二級弾丸よりも、一級弾丸に込められた思い出は、本人にとって大切なものである。その分、一級弾丸は威力が高く、ジ・エンドを倒しうるものだった。
「行くぞ。」
河口が言う。皆、覚悟を決めていた。

軍用車で向かった先に、ジ・エンドはいた。
かつて仙台と呼ばれた街。今は生存者さえわずかしかいない。
「…仙台。」
小村の呟きを、皆が聞いていた。それでも、もう引き返せない。
「総員、戦闘態勢!」
ジ・エンドの触手は伸縮自在・修復可能である。それを撃ち落としながら弱点とされる首の中央を撃ち抜く。それだけのことができないほどジ・エンドの強さは圧倒的であった。
小村は二級弾丸で触手の根元を撃った。頭の中が一瞬熱くなり「何か」を忘れていく。何の記憶だったのか、それさえももうどうでもいい。
「一級を使わずに、奴を倒さなきゃ。」
小村は、写真の「彼女」を思い出していた。

かつて、仙台に小さな部屋を借りていた。
一緒に暮らす「彼女」とは学生時代に付き合い始めた。僕がWebライターとして働き、彼女は喫茶店でアルバイトをしていた。
いつか自分の店を持ちたい。そう言っていた。
「彼女」はいたずらが好きだった。人の物真似をすることも得意だった。子供みたいな人だった。いとおしくて、いとおしくてたまらなかった。
幸せになるおまじないだと言って、玄関を出るときには、右足の爪先をとんとん、と鳴らしていた。そういうジンクスを信じる人だった。
「彼女」がジ・エンドに殺されたのは、2026年の暮れだった。
僕の誕生日にサプライズをするつもりだったらしい。遺品からは指輪が見つかった。その指輪を受け取るために盛岡に向かい、仙台に戻る途中だった。

「小村!しっかりしろ!」
宮田の声で、意識が戻ってくる。ジ・エンドの触手が、目の前にあった。
ごん、と鈍い音がして、小村の体が吹き飛んだ。
地面に落ちたときには、意識は遠のきつつあった。
「小村!」
河口の声がする。
ああ、ごめんなさい。俺、役に立てなかった。
ごめん、ごめん。
ジ・エンドが近づいてくるのがわかった。
ごめん、仇、とれなかった―。
触手が迫る。

発砲音がして、触手が吹き飛んだ。
坂東が一級弾丸を使ったのだった。
彼が一級弾丸に込めたのは「母親との思い出」。彼が幼いときに病死した、母との思い出であった。
「…なんで、なんで!」
小村は叫んだ。口から血があふれているのがわかった。
「…いいよ。もう、忘れちまった。」
坂東は、寂しそうに笑う。
ジ・エンドはなおも迫ってくる。
ばん、ばん、と二発の発砲音。
佐々と大山だった。二人とも、一級弾丸を使って、ジ・エンドの触手を吹き飛ばした。
佐々は、愛犬との思い出を弾丸に込めていた。幼い頃、つらいときも楽しいときもそばにいた愛犬の記憶。
大山は、祖父との思い出であった。父親代わりにずっとそばにいた、たった一人の家族。
その記憶は、もう彼らには、ない。

河口と宮田も駆けつける。河口は、宮田に指示する。
「小村を連れて、逃げろ。」
宮田はすぐに小村を抱え上げる。
「待って、待ってくれ…」
小村は抵抗し、声を振り絞る。
「小村。」
河口は小村に目線を合わせる。
「お前は、志願してここに来てくれた。彼女の仇を討つためだったな。その記憶まで、失わなくていいんだ。」
「そうだよ。俺たち軍人と違う。お前は、生き残るべきだ。」
宮田はかかか、と笑う。
あとはどうにかするさ。そう笑う彼らには、もう一級弾丸はない。
「…違う、勝てるんです。」
小村が言う。
ジ・エンドの触手は、修復していなかった。

「…俺が、一級弾丸を撃ち込みます。」
小村、皆が名前を呼ぶ。
だが、決意は固まっていた。
「もう、終わりにしましょう。」
河口と坂東が、小村の体を支える。宮田が二級弾丸で、ジ・エンドの足を撃ち動きを止める。
しっかり狙え、落ち着けよ。佐々と大山が言う。

ごめん。
俺、忘れたくなかったよ。
だけど、今ここにいる人たちまで、失いたくないんだ。
ごめん、本当にごめんな。
ゆうちゃん…」
最後に、名前を呼んだ。
ジ・エンドは弾丸を受けて、霧のように消えた。

ジ・エンドが消滅したというニュースは、時間をかけて世界中に広がった。
インフラ、インターネット。そういったものはそこから徐々に復興していった。街も、活気を取り戻しつつあった。

1年後、小村は仙台にいた。
「誰か」と二人で暮らしていたのだと、佐々が教えてくれた。
ライターとしての活動も再開した。
心には、ぽっかり穴が開いていた。窓を開ける。仙台の町並みは、徐々に戻ってきた。だが、足りない。そんな気になる。
ふいに風が吹いて、テーブルの書類が落ちた。その中に、一通の手紙があった。
「道久へ」
その字に見覚えがある、気がした。読み進める。もう記憶に残っていないはずの思い出。知らない人の記憶。なのに、涙があふれてくる。
芹沢優せりざわゆう。その名前になぜだか、心があたたかくなる。
アラームが鳴る。河口との約束の時間だった。支度はもう完璧だった。
玄関を出る。
とんとん、と二回爪先を鳴らす。
普段はしない仕草に、自分で驚く。
「道久!」
誰かに呼ばれた気がして、部屋の中を覗き込む。
棚の上の指輪が、輝いていた。

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