【短編】彼は、やってきた。
瑶季はそれを見て、とっさに身を隠した。
ここ数日雨も降っていないのにあった、大きな水たまり。そこから、人が出てきたのだ。
宇宙人、幽霊、それとも、地底人?
瑶季の奥歯は、カチカチと音を立てている。
水たまりから出てきたのは大柄な男だった。辺りを見回している。
何かを探しているのかな、それとも、見られたくなくて警戒しているのかな。
見つからないうちに、ここから逃げよう。そう思い、後ずさりした。
そのとき、足元のガラス片を踏んだ。ぺきっと音がした。
男は、こちらを振り返った。
顔は、普通の人間だった。いわゆる『宇宙人』という顔ではない。
男は何も言わず、まっすぐこちらに向かってくる。
やばい、殺されるかもしれない。瑶季が走り出そうとしたとき、男が瑶季の肩を掴んだ。それと同時に、尋ねる。
「学生さん、地球人ですよね?」
もうだめだ、誘拐されるんだ。訊き方からして宇宙人だ。そうじゃなきゃ変質者だ。誰か、誰か助けて!
「ここいらに若林さんってお宅あるの、知りませんか?」
……え?
瑶季の表情から、だいたいのことを悟ったのだろう。男は続ける。
「いやあ、怖がらせてしまってごめんなさい。私、今日から地球に長期滞在するんですけど、若林さんのところで手続きをしなきゃいけなくてね…。え、ああ、そう、宇宙人です」
「…証拠、ありますか?」
この期に及んで、なぜ強気に証拠を見せるように言ったのか。瑶季は自分でも理解できなかった。言ってから、しまったと思った。
宇宙人(自称)は、気さくに応じてくれた。
「いいですよ~、それっ!」
男が顔に触れると、一瞬で『宇宙人』の顔になった。グレイ型、というんだっけ。
「信じてくれますか?」
そう言って再び顔に触れると、先ほどまでの顔に戻った。よく見ると、なかなかのイケメン。
「…信じます」
「それはよかった!では、若林さんのお宅、知りませんか?」
「こっちです」
知っているも何も若林家は、瑶季の『お隣さん』だ。
二人で歩いていく。その道中、宇宙人は色々なことを教えてくれた。
彼はこれから『岸』と名乗って、地球で働くらしい。いわゆる『就労ビザ』を若林のおじさんが手配していて、その手続きのため来たらしい。
「水たまりから出てきたのは…」
「地球ではポピュラーだと、友人が言っていました」
「……その人に怒った方がいいですよ」
そうこうしている間に、若林家に着いた。本当は他にも国家機密に触れるような話も教えてもらったが、他言無用らしいので書かない。色んなところに追われる身にはなりたくない。
「おや、隣なんですか」
表札を見て、『岸』は微笑む。
「そのうち、また会うでしょう。それでは」
そう言って、宇宙人は若林家に入っていった。
次の日、学校に新しい先生が来た。
ご想像の通り、だ。大柄な身体をまっすぐに伸ばして、彼は挨拶をする。
「今日からお世話になります、岸です。皆さんよろしく」
頭を下げた彼を、瑶季は呆然と見ていた。彼は頭を上げると同時に、瑶季に微笑んだ。
ああ、さようなら。私の平和な高校生活。
瑶季は窓の外を見た。青い空、何かが変則的な軌道で飛んでいるのが見えた。
了
あとがき
『瑶季』と『岸』はそれぞれ、日向坂46の石塚瑶季さん、元日向坂46の岸帆夏さんからお借りしました。
たまきちゃんの元気さに救われることがある。僕自身テンションの低い人間なので、あの元気さは素晴らしいと思う。更なる活躍を期待してます。というか、絶対活躍すると思う。
きしほ。活動辞退はとても悲しかったけど、それまでの期間も、たくさんの活躍をしてくれた。きしほが放つ空気感も綺麗な歌声も、ずっと覚えている。これから先も、どうか幸せでいますように。
なお、『若林』は日向坂46ファンは皆愛しているオードリーの若林さんからお借りした。若林さんのエッセイが好き。『ナナメの夕暮れ』読んで、なぜだか号泣した。病院だったので職員さんに心配された。
この間まで三大問題作(『翼竜』『天ぷら』『キョンシー』)だったけど、これ入れて四大問題作になりそう。気に入ってるからいいんだけどさ。
宇宙人、皆さんは信じるだろうか。僕は信じている。
『宇宙戦争』みたいなのは嫌だが、今作品のようにポップに同居してくれるなら大歓迎だ。異文化交流は楽しい。
頭がよければ宇宙関係の仕事に就きたかった。今はじめて書いた、懐かしい夢である。
この作品を気に入っていただけたら、宇宙を目指したナル少年も喜ぶだろう。楽しく読んでいただけたなら幸いである。
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