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鎌倉マインドフル・リトリート レポート

溢れる情報と肥大する思考。現代において、人は考えること(脳の働き)に重きを置きすぎている。考えても考えてもイノベーションが起こらないのは、過去の経験をもとに出来上がってしまった思い、感情が邪魔をしているから。今私たちに必要なのは、これまでと違った「身体性」に重きを置くアプローチではないだろうか。ありのままの自分を知っていくことが、きっと変革・覚醒へとつながる。
LDCイノベーション講座Ⅱも、最終回を迎えた。10/3に開催された前編では、激変する時代に必要とされる「身体性」から"人間らしさ”とは何かについて知見を得た。後編は、実際に座禅・トレイルラン・対話を組み合わせたオリジナルプログラム「鎌倉マインドフル・リトリート」を行い、シンプルに、生き物としての直感を取り戻す試みを行なった。座禅は、由緒ある禅寺・浄智寺にて、住職である朝比奈恵温氏直々にご指導いただく貴重な機会を得、その後ワイルドな山道をトレイルランで駆け抜けた。最後はヒューマンポテンシャルラボ代表 山下悠一氏と、本プログラムのコーディネーター・宍戸氏とともに対話を行った。各々が自身と向き合う”深さ”と、対話を通じて他の世界と融合するような”広さ”を実際に感じられる、最終回にふさわしいプログラムとなった。

■日々の呼吸への心がけが修行となる

「これまでと同じオフィスで、イノベーションを起こそうとしても無理があるんですよ。」10/3の前編で山下氏が語っていたように、私たちは知らないうちに場の影響を受けている。鎌倉五山第四位とされている禅寺・浄智寺に訪れると、やはり場の力というものはあるのだと、感じさせられる。自然と心にすっと軸が通るような、自身の中を深めていけるような感覚になる。今回座禅をご指導いただいた住職、朝比奈恵温氏は、座禅の型にとらわれ過ぎず、より身体が落ち着く形を探して座るよう示唆してくださった。

朝比奈:「我々禅僧は、痛くて辛い苦行を修行としてやっているわけではありませんので、皆さんも楽に座れる姿勢で大丈夫です。結跏趺坐が難しければ、半跏趺坐やあぐら、正座でも構いません。座る姿勢が決まったら、次にしていただきたいのは呼吸です。座禅の呼吸法は、いわゆる丹田呼吸。声楽や吹奏楽とも、普段の呼吸とも違うようです。とにかく「吐いて、吸う」んです。吐くことが先です。しっかり吐き切っていただいたら、鼻から息をたっぷりとお腹に吸い込んでいきます。吸い込んだら、またゆっくりと吐いていきます。」

約20分の座禅を体験すること、3回。座禅中、励ましをいただきたければ、朝比奈氏に手を合わせ、警策で肩を打っていただく。その音や刺激で、身も心も空間も引き締まる。座禅を終えてみると、座る前と比べて、幾分か自身がクリアになったように感じる。朝比奈氏には、改めて呼吸の大切さを説いていただいた。

朝比奈:「僧が修行道場に入門してすることって何かなと思うと、基本日常生活なんですよね。朝起きて、洗面を速やかに済ませたら朝のお勤めとしてお経を1時間くらい読み、それからまた2時間くらい朝の座禅をする。終わったら朝ごはんを食べ、掃除をして、それから作務という労働をするか托鉢に行く。お昼に帰ってきたら、昼食をとり、また作務か托鉢。夕ご飯をいただいたら、座禅。たまに儀式が入ってくることもありますけれど、基本は1日1日の日常生活を送るだけのことで、特に特殊なことをしているわけではないんです。強いて言えば、修行が進んでくると、いわゆる「禅問答」というテーマを与えられて、それに対する答えを提示するようになるわけですけれども、それに関しても基本は座禅をして、自分の心を1つに収めていくことが大事なんですね。『無心になる』とか『無我の境地』ということばあるけれども、何も考えずにぼんやりするということではなくて、例えば呼吸をすること1つに集中する。とかですね、1つのことにぶれずに集中して行くということが無心になることにつながっていくわけです。

修行僧は、座禅の時の呼吸について最初から細かく明確には教えてもらわないんですよ。大雑把に説明されただけで、あとは自分たちでちゃんとできるように、日夜呼吸を意識するんです。ですので、外の掃き掃除をしているときにしても、ご飯を食べる時も、お手洗いのときも、1つの1つのことをおろそかにしないで大切に時間を過ごす。そのときに呼吸が乱れないように、呼吸を忘れないように意識するというのが修行の一番大事なところだといえます。座禅の呼吸が気にしなくてもいつのまにか自然にできるようになると、修行を次の段階に進められます。自然にできるようになっただなんて、なんでわかるんだ、と思われるでしょうが、禅問答をしに密室などへ行くと、上のものにはわかってしまうんですね。そんなふうにして我々の修行生活はあるわけで、座禅だけが禅の修行ではないということであります。この後、走ったりされるのだと思いますが、呼吸を意識してみると、もしかしたら何か違うことがあるかもしれません。そんなことも考えながらやってみてください。」

■一歩一歩の”今、ここ”が自分をクリアにしていく

呼吸の大事さを噛み締めながら、次は鎌倉の自然の中へ。今回走ったのは、浄智寺から山々を尾根伝いに南西へ、稲村ヶ崎温泉まで抜ける5kmほどの道のりだ。ただし、平坦なコンクリートの道を、淡々としたペースで走るのとは全く違う。予測できないアップダウン、木の根や枯葉を踏みしめ、頭上に茂る葉や蔦をくぐりぬけながら進む道。人間ではなく、山の生き物になったような感覚で進むことになる。ただし、これはトレーニングではなく、あくまで”今、ここ”に気づくための入り口。参加者は各々のペースで、時折休みながら、1歩1歩進んでいく。

山下:「10/3のプレゼンでお話もしましたが、僕たちが思考をするときは、基本過去の情報、データベースから未来を考えます。でも、こうした道を走る時って”今"しかないんですよね。これは座禅の時と一緒だと思います。一歩一歩にある”今、この瞬間”に気付き続けるというのを意識していただきたいと思います。そこから自分の新たな想像が生まれるかもしれません。

よく僕が言うのは、横軸に"リラックスしているか、緊張しているか”をとるだけでなくて、縦軸に"覚醒しているか、していないか”もとってほしい、ということ。基本リラックスしているときが瞑想状態になるんですけど、ただリラックするというのではだめで、意識が覚醒しているのがいいんです。この時が人間は最も生産性が上がるとも言われているんですよ。なので、一歩一歩に集中、覚醒しながらもすごくリラックスしている状態が理想ですね。」

実際山道に突入してみると、本当に一歩一歩の感触が違う。普段デスクの前で同じ姿勢ばかり取り続けている身体にとって、1歩1歩が驚きに感じられる。しなやかな身体は、こういう時に求められるのかと思う。最初は、日頃とはまったく違う環境に身体もたじたじ、といった感覚だったが、続けていくうちに、徐々に自然に対応できていく感覚が得られた。5kmという距離も、トレイルを走っていると実際よりは短く感じる。おそらく、走っている最中はその場に集中し、ゴール地点を意識することがないからだろう。参加者は、ペースは様々だが、老若男女問わず山道のコースを走りきる。終わった後は、汗や呼吸で余分なものが抜けたような、爽快感があった。

稲村ヶ崎温泉で身体を癒した後、再び集った参加者からはこんな感想が生まれた。「座禅をやって、警策で何度も叩いていただいたんですけど、すごく気持ちよかったです。走るのは久々だったので必死でした。丹田呼吸は途中からすっかり忘れてしまいましたが、楽しかったです。」「吸ってから吐くのと、吐いてから吸うのは同じでは?と思っていましたけど、全部出し切るからこそ、新しいものが入ってくるんだということが体感できました。」「座禅をやって走って、今家のお風呂に入ってきたんですけど、こんなに気持ちいいことはないな、と思いましたね。最近、奥さんとちょっと険悪だったんですけど、走って帰ったらスッキリして、なんだかお互いわだかまりがなくなってましたね(笑)」

このトレイルランの企画は、昨年に続き2回目。中には、初回との違いを語ってくれる参加者もいた。「去年大きな筋肉を使うと疲れるから、細かく筋肉を使うといいよ、と言われたことを思い出して、今回も意識しました。日々思うように動かなくなる身体を、年齢のせいにしていたようなところがあったんですが、まだまだ身体と対話して自分の力を信じていこうと思いました。」「去年参加するまでは、わざわざマラソンをする人の気持ちが全然わからなかった。でもトレランに出会ってから、翌週には走るようになったんです。当時仕事がうまく言っていなかったときなので、走るというリセット方法に出会えたのはよかったですね。」

本講座を主宰する、(株)ラーニングデザインセンター代表の清宮氏は、こんな表現で語った。「身体や呼吸が大事だということは頭には入ってきていながらも、それが身体につながっているかというと、私自身は正直まだわからない部分も多いです。でも、この講座は自分自身の勉強、そして参加者の方の勉強につながるという思いで昨年から続けてきましたが、去年と比べると、わかることも増えてきているし、つながってきてもいると思います。ビジネスの世界とはまた少し違うところで、こうした世界がその大事さとともに、どんどんリアリティを持って出てきている感じがします。」

今回行なった座禅や、トレイルランといったものだけでなく、今マインドフルネスといった己を見つめなおす機会を求める人は多い。それは単にイノベーションを起こすためのノウハウという以上に、生き物としての感覚を取り戻したいという、本能的欲求からくるものなのかもしれない。思考が肥大化し続ける今、生きていることを忘れたくないという思いが、私たちをこうした場所に向かわせるのだろう。今後、ますます世の中のスピードは上がり、ある種の思考力が求められる可能性は高いが、そうした方向に向かえば向かうほど、「呼吸」「今、ここ」といったことへの気付きを求める気持ちは増していくのかもしれない。

■朝比奈恵温さんに、日頃の疑問をぶつけてみた

今回、座禅の後、住職である朝比奈恵温氏へ直々にご質問する機会をいただいた。もともと禅寺の外でも様々な人との交流を大事にされている朝比奈氏。座禅後のクリアな心には、各々素朴な疑問が浮かび上がった。朝比奈氏には、次々と飛び交う質問にも、気さくに丁寧に答えていただいた。ここにそのやりとりの一部を掲載させていただく。

- 今、瞑想やマインドフルネスが流行っていると思いますが、こうしたものと禅は、違うのでしょうか。

朝比奈:瞑想などのことを私はよく分かっていないので、確実に言えるわけではないですけど、禅というのは先ほども言った通り、座禅だけのことを指すわけではないんですよね。なので、あえて比べるなら、座禅と瞑想ということになるんでしょうけれど、違うみたいね。でも、禅はインドから中国に渡って、そして日本で体系化したものなので、原点は同じなんじゃないかと思いますよ。

- 仏教において、優先順位というのはどう考えられているんですか。仕事をする上でよく優先順位と言われるので、気になります。

朝比奈:禅宗で「即今只今」という言葉がありますけど、たとえ話で、雨漏りがしているときに師匠が「何とかしろ」といったら、1人がざるをぱっとだした。一方、あちこち探し回ってたらいをもってきたやつもいた。どっちが褒められたかと言ったら、すぐにざるを出した方なんですね。役に立たないんだけど、言われたことに対してすぐ対応した。だから内容じゃなくて、行動ということですよね。今でいう「今でしょ?」というやつですね(笑)何が優先かなんてごちゃごちゃ考えていないですぐやる、ということかもしれませんよね。

- 嫉妬という感情って、どうやって説明されるんでしょうか。

朝比奈:良くない感情だけど、生きているとどうしてもついて回りますよね。それを何とか遠ざけるといったらいいのか、それが修行の1つの大事なところですよね。要は「満たされてない」ということでしょう。だから"足るを知る"ということに気がつけるかだと思うんですよね。そして相手の立場にも立ってみた上で、心の置きどころをどこにするか。満たされていない、嫉妬心が生まれる時って、自分も精神的に疲れていたり、健康も害していたりすることもある気がします。人に優しくできるというのは自分が万全じゃないと。だから、すごくつらい境遇であっても優しいことができる方々というのは、素晴らしいと思いますね。

- 生きるとはなんでしょう。

朝比奈:そもそも仏教というのは、お釈迦様がまだ王子様だった時に、生老病死というものに出会い、なぜ人間はこうなってしまったのか、生きるって何だろう、と悩むところから始まっているんですよ。だから、私たち仏教徒は、生死とかいて「しょうじ」と言いますが、生死の問題を明らかにすることが第一関門です。今生きている自分、呼吸をしている自分は何であるかということを自己究明していくんですよね。そこでそれぞれの答えが見つかるんだと思いますけれども。修行生活が団体生活であることの意味というのは、一人で悩んでいてもなかなか分からないんだけど、いろんな人と切磋琢磨して行くことによって、自分一人で生きているわけではなくて、いろんな人のお陰さまを持って、生かされているということに気がつけることにあると思います。なので、自分だけで生きてるって思うかもしれないけれども、そうではなくて生かされているんだということに気がつくことが大事なんじゃないでしょうか。


<ゲストプロフィール>

朝比奈 恵温
臨済宗円覚寺派浄智寺住職
鎌倉市教育委員会教育委員
鎌倉ペンクラブ会員
鎌倉宗教者会議事務総長 鎌倉エフエム取締役

臨済宗浄智寺住職、円覚寺派教育部長という要職にありながら、親しみやすい
人柄で、仏教界のみならず鎌倉の各方面から慕われている宗教者。
神道・仏教・キリスト教が合同で祈りを捧げる「東日本大震災 追悼・復興祈願祭」の
実現に向けて動いた中心人物でもある。
https://www.facebook.com/eon.asahina?fref=mentions

<ファシリテータープロフィール>
宍戸 幹央
Zen2.0 Co-ファウンダー
組織開発・人材育成コンサルタント、株式会社イノセンティブ 取締役

東京大学工学部応用物理物理工学科卒業、同大学大学院新領域創成科学研究科 修了。
日本IBM株式会社を経て、企業の人材育成を手がけるアルー株式会社の創業期に参画。
大手企業のグローバル人材育成から管理職研修、若手層の研修など
幅広い分野の企業の人材育成に講師部門の立ち上げ責任者として関わる。
独立後、株式会社イノセンティブ取締役を経て、鎌倉マインドフルネス・ラボ株式会社を立ち上げ
代表取締役に就任。
現在は、「企業向けの組織開発および人材育成」の活動と、鎌倉を拠点にした
「個人の可能性開発としての学びの企画プロデュース」の活動を展開。
https://zen20.jp/about-us/

山下 悠一(やました ゆういち)
Human potential labo
Cultivator / 代表取締役 山下 悠 一

早稲田大学理工学部建築学科出身。外資系コンサルティングファームアクセンチュアに12年勤務し、
自動車、化粧品、人材、食品、小売など、主に製造流通業の企業戦略立案から大規模システムの導入
人材戦略・研修の企画実践、チェンジマネジメントなど幅広く手がける。
特に企業の戦略レイヤーから人の意識を変え、業績までコミットする手法を確立し、
大企業のトップマネジメントから高い評価と信頼を得る。

資本主義システムの極地を見出す中で、
その限界と次なる社会システム構築の必要性にに気づき、2015年に積極的ドロップアウトし、
そのことを記したブログ「僕がアクセンチュアを辞めた理由」が
大きな反響を呼び話題となる。
その後、農業やパーマカルチャーを学び、
カウンターカルチャーとして知られる”ヒッピー”と共に国内外をキャラバンし、
僧侶やネイティブアメリカン等、
オルタナティブな叡智やネットワークを構築しながら、
これまでの”イノベーション”の限界を突破して異次元に移行するためのオルタナティブを提唱、
ポスト資本主義時代における生き方、働き方、企業のあり方、
社会のあり方を抜本的に変革するHolistic Transfomation Methodologyを開発。
中小から大企業まで幅広いコンサルティング活動と、
根本的な意識変革とHuman Potentialを引き出す”Transformation”をテーマにしたリトリート・研修を提供している。
また、企業からのアプローチだけでなく、生活者主導のレボリューションを牽引するコミュニティプラットフォーム
Numundoの運営を手がける株式会社 REVorgの共同創業者、
拡張家族をコンセプトとした次世代コミュニティCiftメンバーでもある。
http://h-potential.org/
Human Potential Lab 代表取締役 Cultivator/ REVorg Co-Founder/ Ciftメンバー / 鎌倉在住 /ヨガサロン青空空間代表


文:武藤あずさ 撮影:梅田眞司
    

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