見出し画像

なぜ最近のヒット映画は上映時間が長いのか?

先日、『トップガン マーヴェリック』(2022年)を映画館に観に行った。

歳を重ねても変わらぬカッコよさのトム・クルーズに、『紅の豚』風にいえば「カッコいいとは、こういうことさ」な感想を抱きつつ、この作品も上映時間は2時間超えなのだなと思った。

長尺映画のヒットが目立つ

2021年の北米映画興行ランキングTOP10のうち、7本は2時間超えになっている。

2022年になってからも、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は約2時間半、『THE BATMAN-ザ・バットマン-』は3時間近い。ハリウッド作品に限らず、2021年の日本国内興行1位だった『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は2時間半を超え、米アカデミー賞にノミネートされて話題となった『ドライブ・マイ・カー』は3時間である。

このように近年のヒット作は、2時間を超える上映時間の作品が目立つ。それは、ここ数年で特に顕著な印象を受けるけれども、しかし、ここ数年だけの特徴ということでもない。

80年代~2010年代までの北米映画興行ランキングTOP10作品(映画の興行成績を集積しているAmazon傘下のウェブサイト「Box Office Mojo」のデータを参考)の上映時間(平均)をグラフにすると以下のようになり、これを見ると、ヒット作の長尺化は90年代から続く傾向ということがわかる。

年代毎の年間興行収入TOP10上映時間(平均)

80年代には2時間超えの作品は2割程度に過ぎなかったのが、90年代は5割になり、10年代には6割を超えている。

80年代はレンタルビデオが普及しており、そのためVHSにおさまる時間ということも意識されただろうから、特に映画の上映時間が短い期間と推測することもできるが、徐々に長くなる傾向にあることは見て取れる。

現在、若者を中心とした映画の倍速視聴について言及されたり、YouTubeの動画は数分の短尺動画が中心であり、それらのニーズを考えると、映画は短尺化していくようにも考えらえる。

しかし、それとは逆行するように、映画のヒット作は長尺作品が増えている。

それは、なぜなのか。

「ヒット作の上映時間が長い」の背景と理由

背景. シネコンの普及と競合の増加

「ヒット作は上映時間が長い」という関係が成り立つ背景には、映画館での二本立て上映をほとんど見なくなった一つの要因、アメリカであれば70年代から増えていき、日本では90年代から急増したシネコンの普及がまず挙げられる。

また、80年代以前より以後の方が、映画の競合相手が多い状況となっているのは大きな環境変化といえる。映画の敵と呼べる存在がテレビだけでなく、レンタルビデオ、インターネットでの動画視聴となっていき、さらに余暇時間の過ごし方という意味では、ゲームやSNSなど多岐にわたる。

シネコンは一作品毎の完全入れ替え制であり「複数の作品が見られる」ことが魅力の一つでもあった二本立てのような売出し方はできない。そして、ただ映画を上映していれば客は来るということでもなく、競合相手は非常に多い。

つまり、”一本の作品だけ”で、多様になった”余暇時間を過ごす方法との差別化”を行う必要がある。

それが、”大作”ということだったと考えられる。

理由. 大作という差別化

大作というのは、「この映画は映画館で見なくちゃね」となりそうな要素、例えば大迫力であるとか凄い映像、凄いCG、または有名監督、有名キャストなどの要素を備える、ということになる。

その要素の一つが、お金をかけた大作だから故の長い上映時間ということになると考えられる。

上映時間が長い方が大作感がある。それにわざわざ映画館に行ってお金を支払っているのだから、(面白いとか良かったとは別に)上映時間が長い方が、支払ったお金に対するサービスとして十分な気にはさせてくれる。

このように、映画館でのヒット作というのは、大作という要素を備えた作品であり、だから、上述したようにヒット作を並べると、上映時間が長い映画が増えたように見えることになる。

しかし、映画全体でみたときに、ヒット作はごく一握りで、すなわち、全ての映画の上映時間が長くなっているわけではない

例えば、映画館ではなく、ストリーミング配信専用の映画も作られるようになってきた中、Netflixの配信専用オリジナル映画は、2021年の作品だと、約70作品中2割程度に過ぎない。2時間半を超える作品だと1本しかない

非日常の長尺映画と日常の短尺映画

映画館に行くというのは、それ自体が非日常のイベントであって、日本的な「ハレとケ」の言い回しでいえば「ハレ」の日に当たるといえる。家でダラダラ、場合によっては倍速視聴で映画を観るというのは「ケ」に当たる。

映画館に行くのは、ディズニーランドや遊園地にいくようなもので、気合いを入れて「映画を観るぞ!」という日であり、家で倍速視聴するのは、近所の公園でブラブラ散歩することといえる。

このように現在は、わざわざ映画館に足を運ぶ大作中心の作品と、家で見る短尺映画の二極化になっているともいえる。この傾向は今後も続くであろうし、そして、その二極化はもっと広がるのではないかと思える。

倍速視聴やインターネットでの短尺動画の普及というニーズに対して、映画会社側は、そういうニーズを意識しないわけにはいかなくなると考えられるためである。

5大メジャーとフルライン戦略

そういうニーズを意識しないわけにいかなくなるのは、ハリウッドの5大メジャー(ユニバーサル、パラマウント、ワーナー・ブラザーズ、ディズニー、ソニー・ピクチャーズ)は、フルライン戦略の企業ということができるから、ということになる。

フルライン戦略というのは、あらゆるターゲット層のニーズに応える商品を製造、販売する戦略のことで、有名なのは、高級車から軽自動車まで網羅するトヨタがある。

フルライン戦略は、対象の産業規模にもよるが、体力のある企業にしか出来ない芸当で、あらゆるターゲットを網羅して市場占有率を高めようとする。そのため、フルライン戦略を行う5大メジャーは、映画の倍速視聴やインターネットの短尺動画という新たなニーズに対して、それの良し悪しの意見はあったとしても、無視はできなくなるだろうと思われる。

そのため、長尺の大作映画がある反面、今以上に短尺の、例えば1時間程度とか30分程度の映画なども作られていくのではないかと感じる。

それは、5大メジャーのような巨大企業に限らず、フルライン戦略とは反対に、特定のターゲットのみに絞った集中戦略を行う、B級サメ映画で知られる映画会社アサイラムや、『悪魔の毒々モンスター』シリーズで有名なB級映画を専門に作るトロマ・エンターテインメントといった会社が、30分や1時間といった短尺映画に絞って作品を製作することになるかもしれない。

いずれにしても、誰が担うかは別として、長尺の大作映画と、今以上に短尺の映画製作という二極化は今後より広がっていくのではないか。そのようなことを思った。

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?