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鴨長明、書き出しめっちゃバズってるけどさ。

コインランドリーに来ている。今日はねこが悪さをしたわけではないのだが、何日か前、そんな話は聞いてないというのに夜半すぎに雨が降り出し取り込み忘れた洗濯物が重量3倍になるまで水を含み、雨はさらに1日降り続いていやんなるほど洗濯物がたまってしまったためである。ハイパワーの乾燥機で一気にかたをつける。洗濯物たたみが大嫌いなのだが、コインランドリーでぬくぬくと仕上がった衣類をたたんではランドリーバッグに入れていく、その作業は心地よい。

日曜日、試みのオンライン読書会に参加し、課題本の『方丈記』について5人で話をした。鴨長明著、日本三大随筆である。受験勉強で時代と作者とタイトルと書き出しくらいは結びつけられるよう憶えたけれど、中身はとんと知らぬ。今回は光文社文庫の現代語訳を読めばよいということなので気が楽だ。訳もすらすらと読みやすい。

読んでみると、ちょっと思ってたのと違っていた。なんかわかんないけど教養のあるおっさんがなんか小難しく世相を語ってるんだろうと思い込んでいたものが、まあそれはそうなんだけど語り口がちょっと違う。

朝廷とか貴族とかいってみんなかっこつけて権勢を誇示しあってるけどさ、都、すぐ火事とか竜巻とかでこてんぱんにやられちゃって、そのあとは街に死体は山積みだし、すんごい豪邸も燃えたら終わりだしね。なんか虚しいよね。そんで挙げ句のはてに、遷都だよ、いきなり。遷都。勝手だよね、朝廷。朝廷の勤め人はさ、置いてかれたら仕事なくなっちゃうから必死に遷都、ついてくんだよ。引越しするお金なくてついてけなかったひとは、それでおわりですよ。そんでおれはというとさ、和歌とかちょっとできるからさ、後鳥羽院とかもかわいがってくれてたんだけどね。いちおう。おれなりに30年がんばってきたつもりだったんだけど、なんだろね、梯子はずされるし、いちいちうまくいかなくてね…つくづく運、ねえなって。だからもういいやって、柱をね、4本立てて、周り囲って、そこで暮らせればいいやって。方丈庵、いいっすよ。ミニマムで。寂しくなったら琵琶ひけばいいしね。まあ、たまに都に出かける用事あって、みんなキラキラしてんの見るとね、おれ落ちぶれてんなって情けなくなるんだけど。でも帰ってくればね、ほっとして、都の奴ら、俗塵にまみれてあくせくしてんなーって、気の毒になるよね。

みたいな話が、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」というあまりに有名な美しい書き出しの後に綿々と続いていくのである。

我々は口々に語った。ちょっと、あまりにも共感できちゃってびっくりですよね。800年経っても、人間って考えること、いっしょなんですね。こんなにテクノロジーが発達してもなお。長明、なんかTwitterにいそうですよね。書き出しめっちゃバズってるけどさ、生きづらさ全開でずーっとつぶやいてる感じ。Facebookもインスタもキラキラしすぎててイヤなんだけど、たまにいいねもしないで眺めては歪んだ感情抱いてそう。

鴨長明も、まさか800年後の世界で自分の文章が読まれて「いるいる!こういう奴、いますよね!」とかいって爆笑されているとは想像もできなかっただろう。しかし仏法説話に見られる宗教的なコーティングもなく、政治的な修正をかけられることもなく、このような一個人の等身大のつぶやきが800年ものあいだ運ばれ続けてきたことにわたしは感謝する。こういう個人の感情にこそ心は揺さぶられるのであって、長い歴史の中でこれが随筆トップ3にランクインしていることを日本人は誇りに思っていい。

そんなわけで、どこに行くのか宛てのない言葉たちであったとしても、記していくのは悪いことではないんじゃないかと思うようになった。800年、残っても残らなくても。コインランドリーにいないときでも何か書くことを増やしていこうと思う。

記事ヘッダは明治時代に描かれたという鴨長明。空を仰いじゃって、なんとも鼻持ちならない風情である。


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