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彼との日々に微睡んで


愛おしい

そう思えるようになった。


約一ヶ月半前のわたしは、苦悶していた。「好きだ」と言い、大切に想ってくれる人に対して、同じ気持ちを抱けない、そんな気がしていた。自分の不誠実さや曖昧さに、困惑していた。

それでも毎週一、二度、一人暮らしの彼の家に泊まりに行った。仕事終わりに行って、朝起きて仕事へ行く。休日の合わない私たちが、ゆっくり向き合える僅かな時間。少しずつ、彼の性格や癖、思考など、内面的な部分が露わになっていった。


いつからか、夜一緒にドラマやバラエティー番組を見るのが日課になった。二人並んでソファーに座り、彼は晩酌をしながらひと時の団欒を楽しむ。穏やかでまどろむような時の流れ。ドラマはこれまで「とんび」と「白夜行」を観た。どちらも彼のお気に入りの作品だそうだ。とんびを観て、彼は涙を流した。その姿と、彼の生い立ちを思い返して、守りたいと思った。少しでも多くの時間、笑っていてほしいと思ったし、辛いときはそばにいたいと思った。何があっても、わたしだけは彼の味方でいたいと思った。


一ヶ月半前のあの時はきっと、彼のことを知らなさ過ぎた。性格も苦手なものも、なにもかも知らなかった。外面の部分だけしか見えていない段階でお付き合いを始めたものだから、価値観だとか生活感だとか、自分と違う部分がどんどん見えてくることに、心が追い付かなかったのだろう。

そして、あの時わたしにはもうひとつ、懸念点があった。本当に好きでいてくれているのか、ということだ。

マッチングアプリで出逢ったわたしたち。それまで2、3週間連絡を取り続け、何度か電話をしたことがあったというものの、初めて会った日に告白される、という急展開だった。それから、お互いに時間が合わないせいで付き合って間もない頃から、日中にデートをすることはなく、毎回会うのは夜、仕事終わりに彼の家で。要は、都合よく扱われているのではないかと疑念を抱いていた。ましてや、コロナの後遺症で髪は抜け、太ってしまった自分への嫌悪感が酷く、自己肯定感も下がっていた頃だ。だから、どうしてこんなわたしなんか…と不安が募っていた。
一ヶ月前、女の子の日で情緒が乱れていたことも相まって、その思いを抑えられなくなった。ある日の寝る前、いつものように求めてきた彼に対して無意識に拒んでしまった。同時に涙が溢れてきた。彼は穏やかに話を聞いてくれた。素直に訳を話したから、彼を傷つけてしまった。それでも、そんなことはない、と否定してくれ、普段あまり好きなどと言葉にしないことや、ラインが淡泊なのは、それらが苦手なのだと、訳を話してくれた。誠実に向き合ってくれて、わたしが大丈夫になるまで、寄り添ってくれた。


お付き合いを始めてまだ二ヶ月半だけれど、それでもあの頃と比較すれば、少しずつ内面が見えてきて、かっこいい部分も、不器用な部分も知った。そして、疑念が解消されたあの日以来、好きだと言葉にしてくれることが増えた気がするし、こころなしか、スキンシップが増えた気がする。


そして、彼が弱音を吐露してくれるようになったことも大きな変化だった。

一昨日の夜、着信履歴があった。掛けなおすと、これまでに聞いたことのないような、か細い声で応答があった。その日の朝まで一緒にいたから、その異変に何事かと思った。実は今日、彼にとって大きな試験の合格発表があった。その結果が不安で堪らない、自信がない、と、そう言った。昨日の夜、仕事終わりに彼の家に行き、なるべく大丈夫でいられるようにそばにいた。ただただ、そばにいて、抱きしめることしかできなかったことに、不甲斐なさを感じている自分もいた。今朝も胃が痛いと真っ青な顔をしていた彼から、先ほど「やったよ」と吉報を受けて、笑顔がほころんだ。その結果が嬉しかったのはもちろん、結果を見てすぐに連絡をしてきてくれたことや、しんどいときに頼ってくれたことがとても嬉しかった。


一緒にテレビを観て、お話をして、お風呂に入って、寄り添って寝る。どこへデートに行くわけでもないし、丸一日一緒にいられるわけでもない。一緒に食卓を囲んだのだって、片手で収まる程度。だけど、どの時間も愛おしいと、今では思う。この先も、お互いにいろんなことが待ち受けているだろう。泣きたい夜だって、逃げ出したい現実だって、待ち受けているかもしれない。それでもわたしは、一緒に美しいものを見たいし、美味しいものを食べたい。たくさんの情景や感情や思考を共有したい。彼が幸せだと、心から笑える日々が続いてほしいと思うし、なるべく、悲しんだり、辛いと思うことが起きないでほしいと願う。彼の穏やかで優しい日々を守りたいと思うし、もしものときの大丈夫でありたい。その役割を果たせるのが、この先もわたしでいられたらな、と思う。


とりあえず、合格のお祝いを考えたいと思います。
本当に、おめでとう。





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