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フラメンコの背景を追ってしまう理由

他のジャンル同様、フラメンコにも現在に至るまでに著名なアーティストが沢山存在し、曲種も分かれる。
それら一人一人について、一つ一つについて詳しく追っていくには時間も労力も追いつかない!
それでも私が追う理由。
シンプルに言って仕舞えば 『知りたいから』。
けれども、それは対象が誰になるのかどの曲種や演目になるのかは自分でもわからない。
その時アンテナに引っかかってしまったものに素直に従うというところ。

もともと振り付けを作るときにその曲について色々探る。
クラスでは資料と音源を作って皆にも知ってもらうことをずっと以前からしており、それはまずは自分がもっと知りたいからでもあるけれど、誰かに伝える責任を感じるからでもある。

ただ、私の場合義務とかではなくコンパス、音階、歌詞、演者についてはもちろんのこと、その曲の生まれた場所、通り、人の生活や景色、背景が知りたい。

それらを知ったからと言ってギターが上手くなる訳でも、踊りが上手くなる訳でも、歌が上手くなるわけでもないかもしれない。
けれど一人の人が生きてきた間に重ねてきた思いや出会いや学びなどの出来事や経験が自ずと全て血肉になっているように、欲し求め得た事の全ても、例えば歌うときに、弾くときに、踊るときに同じ様にきちんとその人の中にしっかりと宿っているのでは無いかと思っている。

フラメンコに限らず、どんなことであれ何か一つのことを知ることは確実に分かりきることなど簡単でない。特にフラメンコは不鮮明なことがとても多く、もしかしたら永遠にわからないままのこともきっとあるのではと想像する。スペイン人アーティストでさえ知らない事も数知れずあると言ったことから更に困難な道のりとなる。

今私たちが知ることができるフラメンコの古い記述書でも遡っても1840年頃に出版されたもののようだし、私自身が持っている書籍も先輩方が深い愛と探求のもとに世に送りだして下さったものではあるのだけれど、初出版より何十年という月日が経過している。その間に刷新された事柄もあるだろうが探す手立てがなかなか見つからなかった。

ただ、幸いなことに現在はインターネットが普及したことによって、ネット上で様々な資料を発見することができるようになり、更にその後に追随する愛好家や研究家による探求の途上で小さくとも新たな発見が続々とブログなどで掲載されてきているという嬉しい進捗もある♬

そうすることで更に探求すべき資料や事柄は増え続ける訳で、余計に時間はかかる上に「こんな誰の役に立つかもわからない探求」に燃えてしまう自分を第三者的な目でみても呆れるばかりだけれど、止められ無い。
でもきっと誰かに届く。届いたら嬉しい。

 最後までお読みくださりありがとうございます!


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