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Lifestyle|フィンランドのクリエーター図鑑 〈14.ヘイディ・ウュニッラ〉

デザインや自然、食べ物など、様々な切り口から語られるフィンランドの魅力。そんな中、フィンランドに何度も訪れている宇佐美さんが惹かれたのは、そこに暮らす「人」でした。このコラムでは、現地に暮らし、クリエイティブな活動を行う人々のライフスタイルやこれまでの歩みをご紹介。さて、今回はどんな出会いが待っているのでしょう。

首都ヘルシンキから西へ142km。トゥルク近郊のリエトはヘルシンキと同程度の面積ですが、人口密度は低く、手の届く範囲にスーパーや医療施設などの生活利便施設がある暮らしやすい町づくりがなされています。南北に長いフィンランドの南に位置するリエトでも、8月に入ると朝晩には秋の足音が聞こえます。この時期、町の小学校ではイルタトリ(夕方のマーケット)が開かれたり、地元のオーケストラによる野外コンサートが企画されたり。過ぎゆく夏に笑顔で手を振る人々の表情には、充実の色が浮かびます。

この町で生まれ育ち、花屋で働きながら、画家職人として活躍するのがヘイディ・ウュニッラさん。起業してわずか3年の間に500点を超える絵画を描き、それぞれフィンランドの各地に届けられました。

今回は、いくつかの画材を組み合わせて静かな光を描く、クリエーターの暮らしの根っこを紹介します。

Heidi Ynillä(ヘイディ・ウュニッラ)/ 起業家・画家職人

ヘイディさんは故郷のリエトで光に満ち溢れた子ども時代を過ごしました。自分の手で美しいものを創り出すのが大好きで、手工芸に親しみ、創造性はファッション、メークアップなどにも発揮されました。

基礎教育を終えると、ラヒホイタヤを目指して職業訓練校へ進学しました。ラヒホイタヤは、フィンランドで導入されている国家資格で、病院・保健センター・介護施設で利用者をケアする社会医療の専門家です。保育や看護、介護などの知識を横断的に所有し、子どもから高齢者、障がい者の日常をサポートします。ヘイディさんは幼稚園に就職し、やりがいと責任感をもちながら14年間、子どもたちの成長を支える仕事に邁進しました。

その場所を離れることを決意したのには、個人的な事情がありました。家族の日常に配慮するため、立ち止まる必要があったからです。自分の子どもたちと向き合う時間が必要だったからです。

「私は何事にも全力で取り組みます。社交的な性格ですが、感受性が強く、頑張りすぎてしまうところがあります。子どもを授かってからは、仕事と子育ての両立に悩みました。毎日仕事で疲れて帰宅し、この先もそんな日々を送っていては自分の家族にも迷惑をかけてしまう。そんな風に思っていた矢先、私たちの子どもが特別な支援を必要としているという診断を受けました。」

懸命に日々を生きていたらある日突然、光が届かない真っ暗闇に一人取り残されてしまったような出来事でした。私が私らしく生きるために。現実を見つめると不安で押し潰されそうな心をリラックスさせるために、ヘイディさんは筆をとりました。

「はじめて大きなキャンバスに絵を描き、指先だけでなく、身体全体を動かして創作する体験は、感情を解放する機会になりました。とても満ち足りた気持ちになり、これこそが私らしさだと感じました。全身が喜びで震え、それはまるで初恋のようでした。」

はじめは自分自身のために、次に大切な家族のために、そして最後は、困難な場面をそばで見守ってくれた親しい人たちに向けて、ヘイディさんはただひたすらに描き続けました。


そのうちにヘイディさんの創作は多くの人たちの目に留まるようになり、2020年秋、桜の開花を描いた3部作シリーズを思いきって販売してみたところ、ほどなく買い手がつきました。自分を取り戻すために描き始めた絵が誰かによって必要とされ、対価が支払われる。手探りで進みはじめた新たな道に、再び光がやわらかく差し込んだ瞬間でした。

ヘイディさんの作品は美しいグラデーションによる陰影が印象的です。創作には主にアクリル絵の具を用います。水彩絵の具と同様に水で溶いて使用することができ、ぼかしたり、グラデーションをつけたり、透明感を出すことができる一方、耐水性に優れているので、油絵のように何層にも色を重ねる厚塗りの技法でダイナミックな表現をも可能にします。

「アクリル絵の具を好んで使うのは、乾きが早く、匂いがなく、多目的に使うことができるからです。色を組み合わせた後で、しっくりしないと感じる場合でも、簡単に上から塗り直すことができます。思い切った色の組み合わせを気軽に試して、どのように調和し、階調が変化するかを確認しています。」

抽象的に表現することで、鑑賞者それぞれの心に解釈を委ねる。生き物や植物など具体的な対象を描く場合もありますが、ユニークな構図のなかに静かな光沢を放つ作風には、どこか幻想的な雰囲気が漂います。光を描くことに興味があるのだといいます。

「光の反射を表現するために、どれだけの光点を描き、それらが作品の中でどのように光り輝くのかを考えながら創作しています。異なる素材を組み合わせてアートを表現する、ミクストメディアの技法を取り入れることで、より自由に自分自身を表現し、常に新しいものを生み出すことができます。」

2021年の秋に発表した 〈 Lennetään vapauteen 〉 は、ピンクがかった空に2羽の鳥が寄り添いあうように羽ばたく幻想的な印象です。配色には、悲観的になりすぎず、新しい目で世界を見られるように、という願いが込められています。

「痛みから離れる、古いものから新しいものへ向かうというアイデアで制作しました。この作品は、セラピーの応接室にぴったりの居場所を見つけました。」


画家職人として起業して1年。昨年の秋から、フラワーアレンジメントの勉強も始めました。フリーランスとして地元の花屋さんで週に数日、お花の世話をしたり、シーンに添った花束やフラワーアレンジを制作したり、創造性を活かしながらスキルを磨いています。花に触れ、お客さんとコミュニケーションをとることが、絵を描くことからの息抜きになっていると話します。

「どの作品も気持ちを込めて、その思いが伝わるように、と心に留めて創作しています。美しさや表現力を細部まで追求するあまり、時間が過ぎるのも忘れてペイントに没頭することもあります。どんな場面にも、希望と光は必ずあると信じています。そのことを作品の中に表現したいと思っています。」

あと一歩、もう一歩と声をかけ合い、励まし合って進んだ先で見通しが悪くなってきた時。自分一人ならこのまま突き進むこともできるけれど、この先どんどん道が細くなれば、誰かの手を引いて目的地まで辿り着くことは難しい。ため息をつきながら今来た道を引き返す場面が心もとなく思えたなら、それはきっとはじまりの合図。ぼんやりと薄暗い夜明けの景色に、朝日はゆっくりと差し込みます。その光の中で、私たちは誰かと共に進む道を見つけることができるかもしれません。

\ ヘイディさんにもっと聞きたい!/

Q. どのようにして描きますか?
構図を決めてからペイントします。光と影のコントラストを表現したいので、キャンバスの下部や端から上部や黄金比に向かって明度を上げるように構成を組みます。

お気に入りのカラーパレットは、ブラウン・グリーン・ゴールドです。全体の基調となる色にメタリックカラーを組み合わせることで、その輝きが作品に生命力と躍動感を吹き込んでくれます。

テクニックとしては、画材をキャンバスに垂らし、傾けることで模様を描く「流し込み」が好きです。その際に用いる画材は鉱物を原料とするマイカパウダーや金粉、最近はスプレーペイントやアルコールインクも使用します。植物の根やフォークを絵筆の代わりにするなど、自由な発想で創作を楽しんでいます。

Q. この季節、フィンランドではどんな花が旬ですか?
フレッシュな生花のブーケを作るなら、紫色のヘザー、ビルベリーの枝をラズベリーや様々な干し草と組み合わせるのが気に入っています。

8月のフィンランドは、様々な野の花が咲き誇っています。水分量が少なく乾燥に向いているものはドライフラワーにして、冬にはドライフラワーアレンジメントとして使います。私が今一番好きな花は芍薬ですが、季節によって常に変わります。

Q. 幸せについてどのようにお考えですか?
幸せは、手の届くところにあると思っています。願いを叶えたり、素晴らしいことを成し遂げたり、小さな幸せの瞬間を楽しんだり。何かがうまくいかない場合は今の生活を見直すことで、誰もが幸せに向かって進むことができると考えます。物事を正しい名前で呼び、洞察力をもって話すことも幸せへの鍵となります。

フィンランドには良い面もありますが、メンタルヘルスの問題がたくさんあると思います。子どもや若者の福祉、その他の治療サービスのためには多くのリソースが必要です。

自分の人生を理解し、ささいなことを楽しむ方法を知る。人生は素晴らしいです。

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