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Lifestyle|フィンランドのクリエーター図鑑 〈12.ミア・ニュベルグ〉

デザインや自然、食べ物など、様々な切り口から語られるフィンランドの魅力。そんな中、フィンランドに何度も訪れている宇佐美さんが惹かれたのは、そこに暮らす「人」でした。このコラムでは、現地に暮らし、クリエイティブな活動を行う人々のライフスタイルやこれまでの歩みをご紹介。さて、今回はどんな出会いが待っているのでしょう。

首都ヘルシンキから西へ約130km。フィンランドの最南端に位置するハンコは三方を海に囲まれ、約30kmに渡る砂浜が続きます。夏の避暑地としても人気で、太陽の日差しが照りつけるビーチでは、多くの人々が刹那の夏を肌に焼きつけています。

この町で生まれ育ち、ファブリック専門店で働きながら、サワードゥブレッド職人として注目を集めるのがミア・ニュベルグさん。天然酵母を使って焼き上げたパンに見事な手技でカッティングを施し、その出来栄えに世界中のベーキングファンが熱い視線をおくっています。

今回は、挑戦の中に見出した喜びの中で学びを熟成させる、クリエーターの暮らしの根っこを紹介します。

Mia Nyberg(ミア・ニュベルグ)/ 裁縫師、サワードゥブレッド職人

ハンコの手工芸一家に生まれたミアさんは、両親や祖父母がそうであったように、編み物やパッチワーク、図画など幼少期からあらゆる種類の手工芸に触れて育ちました。中でも特に夢中になったのが裁縫です。地元の高校を卒業した後は手工芸の職業訓練校へと進み、裁縫職人の資格を習得しました。

裁縫職人は、さまざまな素材で衣料品やその他の繊維製品を設計・製造します。衣服の裁ち縫いや縫い直し、継ぎはぎなどの修理をする仕立屋やアトリエだけでなく、その知識とスキルを生かし、衣料品や布地店でも必要とされる存在です。

ミアさんは地元のファブリック専門店に就職し、20年以上、町の人々の暮らしを彩るサポートを生業にしています。

「 私が勤めるVonnes Interiorでは、ピローカバーやブランケット、タオル類など、幅広い素材のインテリアファブリックを販売しています。私たちは主に生地の販売とカーテンの縫製を担当していますが、リクエストがあれば、デザインから取り付けまでをお任せいただくこともあります。」


こんがりと焼き上がった生地に麦の穂が描かれたサワードゥブレッド。今から5年ほど前、友人がフェイスブックに投稿した写真が、ミアさんの人生に大きな転機をもたらしました。お互いを際立たせ合うような静かな美しさにすっかり心を奪われると同時に、幼い頃から手仕事に励んできたミアさんの創作意欲が刺激されました。サワードゥブレッド職人としての旅が幕を開けます。

「まず、フィンランドでサワードゥブレッドを趣味にする人たちが集うフェイスブックのグループに参加しました。それから、このグループの創設者で、サワードゥブレッド職人のエリーサ・クーセラさんの本『Leipävallankumous』を熟読し、知識を深めていきました。」

一般的にサワードゥブレッドは、粉と水を混ぜ合わせ、常温で寝かせることで酵素アミラーゼが働き、生成されるパン種=サワードゥを使って作られます。早くからカッティングを練習したかったミアさんは、最初のうちは自分でパン種をつくってパンを焼いていましたが、のちに参加したワークショップで新たなパン種を購入し、試してみたところ、その出来栄えに深く心を動かされました。母語のスウェーデン語で野生を意味する〈ヴィルダ〉と名付けられたパン種は、ミアさんの頼もしい相棒です。

「制御不能なほどに泡立ち、力強く、生き生きとしたパン種から、天国のように美味しいパンが焼き上がったんです。野生と呼ぶにふさわしいと思いました。」

サワードゥブレッドは発酵が要。小麦粉に水と塩、パン種を混ぜ合わせ、よく捏ね、しばらくねかせることで独特の酸味と風味が生まれます。少ない材料でつくることができますが、完成までには時間がかかります。時間が経ってみないとわからないことが多いのです。

生地を成形して冷やした後、クープと呼ばれる切れ込みを入れてから焼くことで、パン生地がオーブンの中で膨らみやすくなります。この際にカミソリなどで生地の表面に浅い切れ込みを入れて施された装飾をクープアートと呼びます。

一方で、その昔、多くの地域ではパンは村々にある大きなオーブンでまとめて焼かれ、生地の表面に刻まれた模様が、その作り手をあらわす署名のような役割を果たしていました。ふっくらと美味しいパンを焼き上げ、作品に責任を残す。ミアさんも様々なクープアートにチャレンジしています。

「一筋縄ではいきませんが、だからこそやりがいがあります。オーブンからパンを取り出したら、焼き上がりを観察して、発酵のタイミングや温度、必要な材料の分量などを見極めます。とはいえ、すぐに新しいパターンを試したり、クープを練習したくなり、あっという間に食べ終えて、新しい生地の準備に取りかかることになります。トライ&エラーを重ねながら、クープアートが仕上がりにどのような影響を与えるかを時間をかけて学んでいます。」


フィジカル・ディスタンスが必要な事態に戸惑いながらも、社会的なつながりを保つことに心を砕いた近年。自宅にある材料で気軽に作れるサワードゥブレッドは、時間をかけて集中できる趣味として国内外で静かなムーブメントを起こし、かねてからの奮闘の日々を記録し続けているミアさんのインスタグラム(@vilda_surdegen)にも注目が集まるようになりました。

工夫や挑戦をいとわない職人魂に薫陶を受け、繊細な手技から生み出される美しくユニークなクープアートが多くの人々を魅了したのです。

ミアさん自身もサワードゥブレッドに関するインスタグラムのコミュニティに参加し、仲間たちの作品に胸を高鳴らせています。お互いの作品について意見を交わし合いながら、アイディアの種が育つのだと話します。

「何かに強い関心がある時は様々な場面にアンテナが反応するので、インスピレーションの源がどこにあるかを説明するのはとても難しいです。自然や写真、人々との対話から多くのアイディアや着想を得ます。私自身も、自分の経験を共有することで、誰かにひらめきを与える存在になれたらと思っています。」

単調な毎日に刺激を求める時。手や身体を動かしながら、作業を反復する時間で熟成させる知識と経験が、暮らしのなかできらりと光る瞬間を見逃さない。千里の道も一歩から。好奇心を膨らませ、きょうを明日に、明日を未来につなげる日々のなかで、自分だけの種が育っていくのかもしれません。


\ ミアさんにもっと聞きたい!/

Q. おいしくて美しいサワードゥブレッドに欠かせないものは?
ふっくらとおいしいサワードゥブレッドを焼き上げるには、逞しいパン種と良質な小麦粉が欠かせません。そして、発酵後の生地にクープを入れることで、生地はオーブンの中で適切に膨らみ、きれいなかたちに焼き上がります。クープアートを施すことでさらに美しい仕上がりになりますが、そのときには刃先が鋭く、よく切れるカミソリの刃を使うことが大切です。私は小麦の穂のパターンが今も昔も大好きですが、この頃はシンプルなデザインを好んでクープを飾ることが多いです。 

また、これまでは小麦粉を使ったサワードゥブレッドを焼いていましたが、ライ麦からサワードゥをつくることにも目下挑戦中です。ライ麦パンはフィンランドの国民食に選ばれるほど、ライ麦は私たちにとって身近な存在です。ライ麦粉を使ったパン作りは小麦粉を使ったものとはまた違った味わいで、きっと面白い旅になるでしょう。ライ麦粉からつくったパン種にはどんな名前がつけられるでしょうか?楽しみにお待ちください。

Q.どんな手工芸に興味がありますか?
複雑で、難しいものほどやりがいがあり、より良い作品を生むと思っています。これまで挑戦したことがあるのは、裁縫、パッチワーク、編み物(棒針編み、かぎ針編み)、フェルティング、製本、絵画などです。パンアートの他に、手工芸をまとめたインスタグラムのアカウント(@ingeborgslotta)をもっています。

Q. 夏休みのご予定は?
毎年夏には大勢の観光客がハンコを訪れるので、私たちのお店も繁忙期となります。それでも、忙しい仕事の合間に、家族と一緒にどこかへ出かけたり、孫たちとビーチへ行ったりするつもりです。それから、私たちの大切な家族、ジャックラッセル犬のリリヤが6月で15歳になります。お誕生日をお祝いしなくちゃ!サワードゥブレッドを焼くのも楽しみです。

Instagram:@usami_suomi