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Culture|星さんに聞く、フィンランドと食 〈01.世界一幸福度の高い国の世界一の食事〉

ラプアン カンクリ 表参道では今、「HerkulLinen / 食とリネン」を開催中。そこで今回は、フィンランドの数々のレストランで調理を経験し、その後に自身の料理店を開業、現在はヘルシンキからオンライン料理教室を行うなど、多方面で活躍する料理家・陶芸家の星 利昌さんに、フィンランドと食にまつわる様々なお話を伺います。

みなさま、初めまして。ラプラン カンクリ 表参道のコラムを4回に渡り、書かせて頂くことになりました。星です。お声を掛けていただき、ありがとうございます。

第1回目は、世界一幸福度が高いと言われるフィンランドに14年住んでいて、これ以上はないな、これは最高だったな、という食事に出会えたので、その時の食事がどのようなものだったのか、書かせてもらおうと思います。

誰もが認める世界一の料理、まずそんなものはないように思います。人は住む場所も、もともと持っている食文化も、嗜好もそれぞれ違うからです。アレルギーや宗教で食べられないものなども、人それぞれ違っています。世界一とかいう概念すらなくて良いし、自分の中で一番良かった、素晴らしかった、そういう個人的な感想で良いはずです。

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ただ、ここでご紹介する食事は本当に素晴らしかったです。

季節は2021年の夏。場所は東フィンランドにあるサイマー湖の畔。そこに友人のアレクシとユーリのご家族が持つモッキ(コテージ)があります。サイマー湖はフィンランド最大の湖で、天然記念物のサイマーンノルッパ(サイマーワモンアザラシ)が生息しています。湖なのにアザラシが生息しています。どこから来たのでしょうか。

水質も含め、水の色がとてもきれいで、夜になると独特で幻想的なきれいな紺色になり、それは一度見たら忘れられません。サウナの後にこの水に浸かると、身体は急激に心地良くなり、冷やされ、疲れがすーっと抜けていきます。水質が違うとこんなにも違うのかと驚きました。

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僕自身では世界で一番好きな湖であり、またここで捕れる魚が美味です。この湖のように透き通った味を感じます。この日はフィンランド人の無口なおじさん2人が、この湖でアハヴェンと言う魚を4時間くらいかけて釣ってきていました。釣ってきた魚はすぐに丁寧にエラや内蔵を取り除き、写真のように並べられていました。

このモッキには必要最低限の電源しかなく、冷蔵庫はありません。昔は当たり前だったことが現代では非日常です。ここには土を掘って半地下みたいにして作った倉庫があり、そこに食料をしまっておきます。これは冷蔵庫がない時代からの知恵です。

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釣った生魚は何日も保存できないので、出来るだけ長く保存できるようにと薫製にしていました。写真の右側の鉄製の箱に魚を並べて、下に木のチップをひき、石の重しを置き、この箱に外側から薪で熱をあたえ、燻していきます。これも伝統的な知恵です。左側は食器を洗う時に、熱湯消毒するために沸かしています。

そろそろ料理の説明をします。

料理は僕が作るよとアレクシに言っていたら、本当に作ることになっていました。アウェーで作る本気料理。この日作った料理はフィッシュスープ。フィンランド語ではカラケイット。ここで捕れた魚を使って作ったものをこの人達が食べてどういう反応をするのか、とても興味がありました。

材料は薫製アハヴェン、キャベツ、じゃが芋、玉葱、ほうれん草、大蒜、水、塩、胡椒です。すべてフィンランド産です。かなりシンプルなのは、貴重なフィンランドの夏の恵みだけの味を食べてもらいたかった、自分でも食べたかったからです。

基本に忠実に、使う食材の味をそれぞれ十分に引き出しながら作ったスープはみんなから喜ばれました。僕が席を外していて、帰ってくると、どうやって作ったかの議論が始まっていました。それから質問攻めに遭い、無口だったおじさん2人が急に優しくなりました。その時、異文化コミュニケーションができたと感じました。

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モッキでは外に大きなテーブルがあり、そこでみんなで食事をすることが楽しく、何の煩わしさも感じず、ただただ気持ちが良いです。まわりにそびえ立つ木々は、日々の不安やストレスを吸収してくれるように感じます。そして、ここから眺めるサイマー湖の景色も素晴らしくきれいでした。

このフィッシュスープは目の前の景色と繋がっている。その場所で摂れる滋養を身体で吸収し、ここにいるみんなが準備に関わって、みんなが満たされる。そして大切な友人と少しずつ仲を深めていく。料理はこうやって作るのがベストなんじゃないかなと思えた瞬間でした。

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次の日、無口じゃなくなったおじさん2人は、初日には連れて行ってくれなかった釣りに、来てもいいよと言ってくれるようになりました。

ただ、おじさん達は湖の上のエキスパートで、静かにボートの上で釣りをするだけの4時間は僕には辛かったです。自由に止められない釣りのキツさ、半端ないです。よくよく考えてみると、おじさん達が釣りに出る時間は4時間と決まっており、普通の忍耐力じゃ無理だという判断の下、僕を釣りに連れていかなかったのでしょう。これは無口の優しさ。

そして釣りの4時間を耐えた後、陸地に着き、次は釣ったアハヴェンを薫製にすると言い、そのやり方もこの日は丁寧に教えてくれました。フィッシュスープが美味しくなければ、おじさん達は僕に無口なままだったでしょう。

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材料はそれほど多くのものを使わず、色味や目を引くようなものも使っていませんが、このスープは滋養深く、土地の食材の恵みを含んでいます。

このスープをみんなで集まって食べたことによって、いろんな話ができるようになり、モッキでの過ごし方や薫製の作り方、薪の割り方などを教えてもらいました。またその教えが自然に次の子供たちに伝わっていく。こうやって文化は継承されていくんだな、というところまで感じ取ることができました。とても良い経験をさせてもらいました。

異文化間でさらに世代が違う人達と、わかり合うのはなかなか簡単なことじゃありません。でも、料理をきっかけにして、そういう壁を越えることができます。人と人との関わりにはいつも料理があります。御飯を一緒に食べて相互を理解する、というのは世界共通なのかもしれません。

毎日の素朴な料理も、たまに食べる贅沢料理も、時と場合が揃ったその時しか味わえない料理も、どの食事にも楽しみがあり、生きる糧になります。みなさまがこのコラムを読んで、自分なりの良い食事を見つけるきっかけになれば嬉しいです。

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