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Lifestyle|フィンランドのクリエーター図鑑 〈02.モニカ・ルーッコネン〉

デザインや自然、食べ物など、様々な切り口から語られるフィンランドの魅力。そんな中、フィンランドに何度も訪れている宇佐美さんが惹かれたのは、そこに暮らす「人」でした。このコラムでは、現地に暮らし、クリエイティブな活動を行う人々のライフスタイルやこれまでの歩みをご紹介。さて、今回はどんな出会いが待っているのでしょう。

首都ヘルシンキから北へ600km。ボスニア湾に面した港町オウルでは、毎年夏の終わりに世界中からやってきたエアギタリストらによって世界平和のメッセージが奏でられます。最先端情報技術都市としても知られ、ICT産業をイノベーションの核に発展を続けています。

この町を拠点に活動しているのが、ノンフィクションライターのモニカ・ルーッコネンさん。総合大学オウル大学でプランニングオフィサー、アカウントマネージャーとして働く一方で、作家として、フィンランドのシンプルな生き方や考え方を世界に発信しています。

私がいつも、暮らすような旅の終わりに願うこと。帰国後の日常に非日常の学びが溶け合いますように。日本とフィンランドの良いところをうまく組み合わせながら、今よりもっと心地よい暮らしを実現したい。しかしながらいざ挑戦してみると、誤解を避けるために不要な言葉を重ねてしまったり、効率よく、賢く暮らすことに重心を置きすぎてしまったり。一筋縄ではいきません。そんなときに出会ったのがモニカさんの著書でした。

今回は、日本で暮らした経験を生かし、両国の社会全体を俯瞰しながら、前向きな一歩を創出するクリエーターの暮らしの根っこを紹介します。

Monika Luukkonen(モニカ・ルーッコネン)/ ノンフィクションライター

彼女が生まれ育ったのは、オウル市近郊の住宅都市ケンペレ。自然豊かな田舎町ですが、旅行好きな家族の影響で、幼い頃から外国の暮らしに触れる機会に恵まれました。じっくり観察して、吸収して、咀嚼して。新しい扉をあける勇気と、なるべく長い距離を無理なく歩き続ける創意工夫は、日々内観する習慣によって育まれたものかもしれません。

経済学を勉強するために進学したタンペレ大学では、在学中にイギリスのケント大学への交換留学にも挑戦し、2つの大学で経済学の修士号を取得。卒業後はノキア社に就職し、マーケティング担当として約5年間勤務します。

難しい語学にチャレンジしてみたいと、仕事後に日本語の勉強をはじめたことが今に繋がる長い旅路の出発点。言葉や文化にときめきを覚え、いつかは日本での暮らしを思い描くようになりました。その夢に不思議な追い風が吹いたのは、まもなくのこと。ノキアの東京支社に配属されました。

満員電車に揺られながらの通勤に加え、暑くて長い日本の夏。フィンランドでの生活とは何もかもが異なりましたが、だからこそ、身の回りのあらゆることにわくわくしました。終業後に近所の公園をジョギングしたり、休日は美術館やショッピングを楽しんだり。もっと日本を体験したい。ノキア社を退職後、2003年から2年間、再び日本に滞在したのも自然な流れでした。


その後は第2の故郷イギリスへ。マーケティングマネージャーやPRディレクターとしてキャリアを重ねながら、30代後半に差しかかった頃。やさしい雨が降る夜のように‥癒しをもたらす愛娘、アマヤ(雨夜)さんを授かりました。

モニカさんはこの夏、14歳になった娘の言動に驚かされたといいます。フリーマーケットやリサイクルショップに関心を向ける理由を尋ねたところ、ファストファッションを助長したくないからという答えが返ってきたからです。いつの間にか、次世代の責任ある消費者に成長した娘を誇らしく感じています。

フィンランドには元々、良質なものを家族で世代を超えて長く愛用する風土があります。モニカさん自身もおばあちゃんから、イッタラやアラビアのテーブルウェア、絵画や椅子などを譲り受けました。「祖母から受け継いだ食器を使う時、彼女の古い記憶が呼び起こされます。古いものには物語があります。」

日本で暮らしている時、モニカさんはあることに気付きました。それは、個人の信仰とは異なる趣きで日常の些細な場面にひっそりと息づく、仏教の教えだといいます。いただきものがあったら親しい人たちにおすそわけをしたり、茶の湯や書道などのゆったりとした動きや美しい所作だったり。目に見えないかたちで継承されるもの。新鮮な驚きと深い感動は、その後のモニカさんの人生に大きな影響を与えました。


37歳でオウルに戻り、それから数年後にライティングの仕事をスタート。フィンランドのライフスタイルを特集した日本の本を読んだ時の違和感がきっかけでした。すべてがあまりにも整いすぎているように見えたのです。モニカさんが考えるフィンランドの気質はもっと控えめで、質朴なものでした。

日本の皆さんにもっとリアルなフィンランドの素顔を伝えたい。筆をとり『ふだん着のフィンランド』(グラフィック社)を書き上げました。「もちろんこういう一面だってあるんだよ、だけど素敵でしょ?」飾り気のない暮らしをありのままに、瞬間をリアルに切り取った写真からは、そんな声が聞こえてきそうです。

モニカさんは執筆や講演などを通じ、日本の人々にフィンランドの美徳を伝える一方で、ふだん着の日本の暮らしに今あるもの、日本の文化や伝統を生かしながら、すこやかに生きるヒントを提案します。

時代とともに多様化する価値観。人それぞれの解釈の違いが、コミュニケーションギャップを生み出すこともあります。暮らしに変化を期待する時、温故知新の視点をもって「今あるもの」をじっくり見つめてみることで、馴染みの良い心地良さを創出することができるのかもしれません。

\Monikaさんにもっと聞きたい!/

Q. 日本での暮らしで五感を刺激された記憶は?
寺院の鐘の音色や電車の車内音、レストランでは美味しそうな日本食の匂い。太陽の眩しい光に、日本の美学の一切に魅せられました。それから特に印象に残ったのが、空港などに設置されている「話す」エスカレーターです。「まもなく降り口です」「足元に気をつけてください」など、利用者を気にかけてくれることにありがたく感じました。帰国後は「話さない」エスカレーターが無機質に思えたほどです。

Q. モニカさんにとって「書くこと」とは?
長い間、私にとって書くことは、自分の気持ちを整理するための手段でした。考えることが好きなので、仕事や夢、ストレスや自己啓発に関することなどを考えては、ノートに書くことで物事に対処してきました。若い頃には、小説や詩などのフィクションを趣味で書いたこともあります。ノンフィクションライターとしての第一歩は、フィンランドの社会についてを日本の読者に向けて書いたことです。この時に、ただ情報を発信するだけではなく、読者に自分らしく暮らしを楽しむヒントをシェアできること、書くことには誰かを手助けできる可能性があることに気付きました。

Q. 自信をなくす時、まわりの活躍が眩しい時。どうやって自分の気持ちと向き合いますか?
自分を他の誰かと比較することには、何の意味もありません。劣等感を感じたり、嫉妬心を抱いたりしている時は、自分の人生が「何か」を切望している重要なサインです。じっくりと時間をかけてその正体を突き止め、自分の人生に本当に必要なものかを見極めます。しばらく日本で暮らした後に、ベトナム人の禅僧侶、ティク・ナット・ハンの本を読んで、物質的なものや富や名声よりも大切なものがあることを教わりました。その一つが自分を見失わないことです。他の誰かの人生を模倣するのではなく、「自分の人生」を生きましょう!


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