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ハンス・クリスチャン・アンデルセン原作「赤い靴」⑵/カーレンの慢心と欲:堪能しない残酷な精神

 奥様は、カーレンが堅信礼で赤い靴を履いていたことを、皆から聞いて知り、「それはよくないことだし、またふさわしくないことだから、これからは教会へ行く時には、たとえ古いのでも構わないから、必ず黒い靴を履いて行くように」と言い聞かせました。
 その次の日曜日は、聖餐式(せいさんしき)の日でした。カーレンはまた赤い靴を履いて教会へ行きました。王女様の靴とそっくりな赤い靴を履いたカーレンの心は、自分が王女様になっているかのようなのでしょう。教会の入口に、びっくりするほど長く赤いひげをはやした、年をとった兵隊が松葉杖をついて立っていました。地面に届くほど低くお辞儀をして、お年寄りの奥様に、どうか靴のほこりをはらわせてください、と頼みました。兵隊は奥様に言ったのです。カーレンに言ったのではありません。カーレンは何もかも奥様のお世話になっている弱輩です。兵隊は、働けない体なので、自尊心の傷を極限のところで抑えているのに、赤い靴のことで頭がいっぱいになっているカーレンにはそれが分かりません。奥様と同じように足を出しました。すると兵隊は「なんときれいなダンス靴じゃ!」と言い、あえてカーレンの虚栄心を満たします。そして「ダンスをする時は、しっかりくっついているんだぞ!」と、手で靴の底に符呪(ふじゅ)のたたきをしました。誠の信仰があれば、このようなことをされても影響されませんが、兵隊はカーレンに信仰がないことを見抜いているのです。聖餐式に赤いダンスシューズを履いて来るようなつまらない娘に見下されたと感じたのでしょう。カーレンが喜ぶことを言ってわざと欺いたのは、高慢な娘を相手に怒りを顕(あらわ)にするような零落者ではない、お国のために戦った身なのだ、という自負心があるのでしょう。
 カーレンは聖餐式で、杯(さかずき)に赤い靴が浮かんでいるように思います。聖餐式は主と一つになる儀式なのですが、自分の赤い靴のことばかり考えているカーレンは、赤いダンスシューズと一つになってしまいました。
 聖餐式が終わり、教会を出たカーレンが馬車に乗ろうと片足を上げると、兵隊は腹の虫がおさまらなかったのでしょう、また、「なんと、きれいなダンス靴じゃ!」と言いました。心が浮き立っているカーレンは、そう言われると、二つ三つステップをせずにはいられませんでした。ところが、いったんそれを始めると、今度は足がひとりでに踊り続けるのでした。カーレンはそうして、兵隊が赤い靴に籠めた欲心の咎(とが)のスイッチを自分で入れてしまいました。
 自分ではどうすることも出来なくなったカーレンを、御者(ぎょしゃ)が馬車に乗せましたが、奥様の足をいやというほど蹴飛ばしてしまいました。皆で靴を脱がせ、やっと足は静かになりました。赤い靴は家の戸棚に仕舞われましたが、カーレンはそれを見ずにはいられません。
 この馬車の一件は、奥様にはかなり堪えるものになったのでしょう。そのうち病気で寝付いてしまいました。カーレンの他に看病や介抱をする近しい人はいません。皆の話では、もう助からないかもしれない、ということでした。しかし、大舞踏会に招待されていたカーレンは、赤い靴を履いて出掛けました。そしてそのすぐから踊り出します。
 ところが不思議なことに、右へ行こうとすると、靴は左へ行くのです。靴はカーレンの気持ちとはあべこべに動くのです。とうとう町の門から出てしまいました。すると、暗い森の木の間に光っているものを見ます。カーレンはお月様だと思いました。しかしそれは教会の入口にいた兵隊の顔でした。兵隊はそこに座って頷きながら「なんときれいなダンス靴じゃ!」と言いました。カーレンはびっくりして、靴を脱ぎ捨てようとしますが、靴は足から離れません。そこで靴下を引き裂きましたが、それでも足はくっついたままでした。堅信礼を受けたカーレンは、聖餐式の前に、兵隊を通じて、神様の御試(みため)しにあったのです。しかし、堪能しない残酷な精神(※十分に満足しない、甚だ無慈悲な心)が、自らを地獄の門へ押し入らせてしまいました。

(つづく)




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