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とんかつコンテンツ論 第1回「みんな、とんかつを食べてくれ」

はじめに

とんかつは、良いぞ。

 とんかつの良さとは、料理としての美味しさに留まらない。
 コンテンツとしての魅力が詰まっている。
 コンテンツの魅力とは「金を払ってでも楽しむ価値がある」ということ。

 つまり、とんかつは金を払ってでも食べる価値がある。
 
そう筆者は考えている。

 いきなりアクセル全開で突っ込んでしまったがどうか話を聞いてほしい。
 筆者はとんかつが好きだ。それはもう、毎週1食は必ずとんかつを食べ、ツイッターには食べたとんかつの画像を必ずアップする程に大好きだ。
 自慢ではないのだが、こうした日々の取り組みが功を奏して、筆者の影響でとんかつを嗜むようになった方も何人もいる。

 とはいえ、顔も知らない誰かに「私はとんかつが好きです」と語ったとて「そうなんだ、僕はラーメンが好きだよ」とでも返されて終わるだろう。
 個人の好みは人それぞれである。

 そうではない。

 個人の好みを超えて、とんかつの良さはもっと世間に広まるべきである。
 そう筆者は考えている。

 そんなわけで、とんかつの魅力をより一層世間に広めるべくこの度筆者は筆をしたためることにしたのである。とんかつが好きな方もそうでない方も良ければお付き合いいただけると幸いである。

学生さん、トンカツを食べなよ。

 インターネットをやっていれば、そしてこの記事にたどり着いた貴方ならこのフレーズにどこかで出会ったことがきっとあるだろう。
 筆者も、この言葉には全力で同意する。
 学生に限らず、全人類とんかつを食べてほしい。

 だが、これはとんかつ狂いがしゃかりきに頷いているわけではない。この言葉の背景には筆者が冒頭で語る「とんかつは金を払ってでも食べる価値」と深い繋がりがある。それはなぜか。まずはこの言葉のルーツを解説する。

言葉の出典は『美味しんぼ』

 この言葉はかのグルメ漫画『美味しんぼ』のとあるエピソードで登場した有名なセリフである。正確には、この表現はややネットミーム特有の意訳が入っており、原文は以下の通りである。

いいかい学生さん、トンカツをな、
トンカツをいつでも食えるくらいになりなよ。
それが、人間えら過ぎもしない貧乏過ぎもしない、
ちょうどいいくらいってとこなんだ。

美味しんぼ「とんかつ慕情」より

 これは、里井という男が若い頃、暴漢に襲われているところをとんかつ屋の主人に助けられ、その主人から言われた言葉である。とんかつ屋の主人は夫婦で里井の傷の手当をした上に、里井に無償でとんかつを振るまった。
 とんかつ屋の夫婦はさらに励ましの言葉を送るのだが、その時に奥さんが
「勉強してえらくなって頂戴よ」と添える。そこで、とんかつ屋の主人は、奥さんの言葉を訂正するように次の言葉を添えるのだ。

なあに人間そんなにえらくなるこたあねえ、
ちょうどいいってものがあらあ。

美味しんぼ「とんかつ慕情」より

 そして、前述の「トンカツをいつでも食えるくらいになりなよ」に続く。

美味しんぼ「とんかつ慕情」より

その言葉が読者の心を惹きつける理由

 トンカツをいつでも食えるくらいになりなよ。
 今回紹介したこの言葉、実は該当エピソードの中では掘り下げられない。
というのも、この里井という男は、その後アメリカで150支店を持つスーパーマーケットチェーンのオーナーにまで大成しており、今ではすごいえらい人だ。この言葉自体も、里井の過去の恩人であるとんかつ屋の主人の人柄を印象付ける言葉にはなっているが、里井自身は特に「この言葉のおかげで自分はここまでこれた」などと、ありがちなセリフを吐くこともない。里井はこの時世話になった、とんかつ屋の主人に是非とも礼が言いたい、という今の願いを語ると、話は進んでいく。

 つまり、この言葉は作品として一切のメッセージ性を持っていない。故にこの言葉に対しては読者それぞれの解釈が生まれ、そこから各々のとんかつ語りが生まれる。言うなれば、この言葉は皿に盛られたばかりのとんかつ。ドバドバとソースを掛けるも良し、塩をつけて一切ずつ楽しむも良し。揚げたてのとんかつが人それぞれの好みを受け止めてくれるように、この言葉の語り口が、そのままその人のとんかつの好みを示してくれるだろう。

高いとんかつを食えるようになれ!!

 その上で、筆者がこの言葉を引用することで「とんかつは金を払ってでも食べる価値」があると語る理由だが、これは決して強引に自分の持論に結び付けようとしているわけではない。ポイントとしては、作中ではとんかつが贅沢な食事として扱われていることだ。これは、とんかつ屋の主人が里井に対して「いつでもトンカツを食えるようになりなよ」という言い方をしてることからも明らかだ。努力無しにいつでも食べられるようにはならないし、話の筋としても主人が里井の今後の成長と成功を応援する上での引き合いとしてるからには、そのように解釈するのが自然だ。
 このあたりは実際にこのエピソードで扱われているとんかつ定食の価値を考察してる記事がWeb上には複数あるので興味がある方は検索して欲しい。
 そして、現実的な問題としてこのエピソードを通して描かれているとんかつ定食がどのぐらいの値段を想定しているかなのだが……。

 結論から言うと、一食あたり2000円~3000円程度で認識してほしい。

 ……高くね? と、思う方も多いだろうが、これは大前提である。
 そして、これは筆者の「とんかつは金を払ってでも食べる価値がある」という言葉の真意とも密接な関係を持つ。

 何故ならば。とんかつは高くなるほど美味くなる。

 この言葉は、もちろんお手頃価格のとんかつを美味しくいただいてる方を否定する言葉ではない。また、前提として「高いモノが良いとは限らない」という考えの元で筆者は一連の主張をしている。その上でもう一度言う。

 とんかつは高いほど美味い。                             

 これは、ラーメンや寿司、丼モノなど、似たような外食コンテンツと比較してもとんかつに特有の性質が存在することに起因する。そして、この特有の性質が、なによりとんかつの世界の奥深さを、なによりもとんかつの美味さの秘訣を雄弁に語るのである。
 というわけで、導入もここまでにして、本題に入ろう。

とんかつに金を払う価値とは

高いモノが良いとは限らない

 表題の通りである。とんかつを食べてくれ、と筆者が語るのは、ただ単に好きなモノを布教をしたいから、だけではない。とんかつは他の外食メニューと比較して、値段帯の高いメニューを選ぶことの価値が大きく違うことがあまり知られていない。今回はこの価値だけ知ってもらえれば十分である。

 とんかつの価値を知ってもらうにあたり、例に挙げたいのは寿司だ。
 同じマグロでも赤身、中トロ、大トロ、など様々なメニューが存在する。特に、中トロと大トロでは脂の乗り方がまるで違う。そして、大トロの場合脂の主張が激しい為、大トロより中トロの方が好きという方もいるだろう。これは赤身と中トロに関しても同様である。このように、寿司の場合は値段の高低が存在する一方で、それぞれが持つ魅力自体は異なる為、一概に高い方のメニューが美味しいとは限らない、というのが実態である。

 もう一つ身近な外食メニューで、値段帯の概念が存在する食事として例に挙げたいのはラーメンである。ちなみにこれはつけ麺だろうと油そばだろうと台湾まぜそばだろうと、細部は好きな麺類に置き換えてもらって良い。
 大抵のラーメン屋には通常のラーメンとは別に「特製」というメニューが存在するだろう。だが、大抵の場合それはトッピングが増えているだけだ。
つまり、ベースとなるラーメンそのものの質が高まっているわけではなく、
オマケの種類と数を増やす形で値段を上げる価値を与えている。また、別の評価軸として、中盛、大盛などがあるが、これは要するに麺の量が増えているだけだ。量が増えているだけで、ラーメンそのものの質は変わらない。
 
これは、天丼なども同様である。上天丼、といったメニューはあれど、それは丼の上に載る天ぷらの種類が変わるだけで、天ぷら1品1品の質が上がったりはしないのが一般的だ。鰻丼も同様に枚数が増えるだけなことが多い。

 もちろん、ここまでに挙げたメニューの数々も、十分に値段帯の高いメニューを頼む意味はあるのだが、とんかつの価値はこれらとは大きく異なる。

高いとんかつはより良いとんかつ

 とんかつにも、ここまでに紹介した事例のように、より上のランクを示すメニューが存在することが多い。同じ店舗の中であっても「とんかつ定食」「ロースかつ定食」「上ロースかつ定食」などとメニューが並び、ランクに相当する単語が上位になるにつれて、値段が上がるのは一般的な光景だ。
 また、通常のかつは「三元豚」などと記載される一方で、「鹿児島産」だとか「林SPF」だとか、いわゆる銘柄豚と呼ばれる豚を取り扱い、通常の豚より高価なメニューが並んでる店舗も多くある。

 そう、お高いのである。その為、高いメニューは敬遠してしまう方も多いと思うのだが、この記事を読んだ方には是非とも、普段訪れるとんかつ屋で良いので、騙されたと思って高い方のメニューに挑戦して欲しい。
 そして、高い方のメニューが間違いなく美味いのだ。

 これは、中トロや大トロのような質の変化だけでも、中盛と大盛のような量の変化だけでもない。とんかつの場合、実態として質も良くなるし量も増える。百聞は一見に如かずである。いずれ改めて紹介するが、これは筆者おすすめのとある店の上ロースかつと特ロースかつだ。

上ロースかつ
特ロースかつ

 まずは量だ。写真だと受け皿のサイズが異なる為、一見すると量の違いが分かりづらいが、銀の網の上に載ったとんかつの割合を比べれば、特ロースかつの方が圧倒的に量が多いことが分かるだろう。
 また、店員からはどちらも同じ部位(ロース)であるが量が違うと説明を受けるのだが実際はこの量が増えた部分について、上ロースかつと特ロースかつで比較すると、特ロースかつには脂身と白身の間に上ロースかつにはなかった層が存在していることが写真を注視すると分かるだろう。
 
これは、この写真に限らず、より上のランクのロースかつは、どの店舗でも同じ部位でも明らかにより良い箇所を切り出している。
 つまり、より良いロースかつを頼むと、量も増える上に、より質の高まったとんかつを味わうことが出来る。これが他のメニューとの大きな違いだ。

 また、まずは同じロースかつの中のランク違いでの質の向上を解説したが、とんかつは銘柄豚による質の向上も著しい。これは何が変わるのかとい うと、筆者としては白身の美味さが段違いであることに注目したい。

 筆者は、脂身が好きだ。というより、プリッとした食感やプルッとした食感が好きだ。その一方で、肉の白身、あるいは赤身という部分は淡泊なモノという印象を昔は抱いていた。なんなら、とんかつの美味さは衣のカリカリとした食感、脂身のプリッとした食感がメインの美味さであり、白身はそうした食感を楽しむ上でのオマケ、ぐらいの認識でもあった。
 だが、美味いとんかつは、この白身の時点で美味いのだ。普通のとんかつの白身はなんというか、固い。食感としてもモシャモシャ、あるいはムシャムシャといった食感なのだが、美味いとんかつは違う。

美味しんぼ「とんかつ慕情」より

 冒頭に挙げた「とんかつ慕情」では里井は「シャクシャク」という擬音を立てながらとんかつにかぶりついていたが、白身が美味いとんかつは本当にこんな感じの食感がする。とにかく歯切れが良い。そして肉の甘みが凄い。
美味しんぼではこの擬音だけで美味いとんかつを食べてることが分かる。
 もちろん、この食感はとんかつ師さんの技量にも左右されるのだが、筆者の実体験として、同じ店でも銘柄豚のとんかつとそうでないとんかつで比較すると、やはり明らかに味も食感も違う。そして、高いほうが美味いのだ。

とんかつ屋でとんかつを食べて欲しい

 そんなわけで、とんかつは高いメニューを頼むことで、メインコンテンツ自体の質が跳ね上がる。これは他の料理では中々味わえない体験である。
 そして、残念なことにこのような体験は中々家庭の料理では得られない。プロの店に足を運び、その店のこだわりのとんかつを頼んでこそ、こうした美味しいとんかつを味わうことが出来るのだ。
 
 そして、この質の高いとんかつを楽しむには高いメニューを頼む他ない。
ラーメンはトッピングを頼まなくても麺の量を増やさなくても、メニューの中で一番安い値段を頼めば、その店のラーメン本来の美味さを楽しめる。
 しかし、とんかつはそうではない。だからこそ里井を助けたとんかつ屋の主人は「トンカツをいつでも食えるくらいになりなよ」と言ったのだ。
 つまり、とんかつ屋の主人は好きな時にとんかつが食べられる程度の贅沢が出来るようになるのがちょうどよい、と言っているのだ。それは確かに、3000円やら5000円もする飲み屋の食事や、フランス料理といった、いかにもな高価な料理と比べれば遥かに安く済み、質も量も満足出来る。それこそがとんかつなのである。そう思えば確かにほどよい贅沢に見えないだろうか。

 これまで、千円を超えるとんかつを食べた事のない方は、まずは1000円とちょっとのとんかつを、そしてお財布に余裕が出来た時は2000円近い値段のとんかつに挑戦してみて欲しい。筆者もまだ3000円のとんかつには挑戦した事が無い。だが、そこには必ず、かつてないとんかつの世界があるだろう。

 しかも、幸いなことに、とんかつ屋ほど身近に専門店があふれかえっている料理もそうそう無いだろう。そして、チェーン店でも専門店と同等か少し安い値段帯で、相応のクオリティで提供してくれる店舗が多数ある。

 是非とも、とんかつ屋で、良いとんかつを食べて欲しい。

おわりに

高いだけがとんかつの世界じゃない

 以上、今回はとんかつの魅力を広める上での前提として、是非ともまずは高いとんかつを頼んでみて欲しい、ということを語らせていただいた。
 だが、これでは6000字近く使って「高いモノは良いモノである」という、それこそ一般論のように聞こえる話を主張したように見えるだろう。

 実際はそうではない。とんかつの魅力はここからである。

 だが、それを語るのはまた次の機会に出来ればと思う。
 とんかつの世界の奥深さはこれからじっくり語りたい。
 その為にも、今回はここまでとさせていただければと思う。

 この記事を読んで、少しでもとんかつを食べてみたくなった方は是非とも次の記事が挙がるまでにどこか一店ほど、とんかつ屋に足を運んで欲しい。
 そして、今回筆者が語ったことが決してとんかつ狂いの戯言などではないと思えたなら、次の記事も是非とも読んでもらえると幸いである。

補足(11/3追記)

 今回語らせていただいた中で、「高いとんかつをプロの店で食べてくれ」という部分を以下の記事で、とんかつに限らない話も絡めた実例を挙げさせていただいた。渋谷における銘柄豚を扱った良いとんかつ屋の紹介も兼ねているので、補論として是非こちらも読んでいただけるとありがたい。

今回の出典

 ちなみに、今回紹介させてただいた「トンカツ慕情」のエピソードはYouTubeの美味しんぼ公式チャンネルで無料公開されている。
 この記事を最後まで読んでくれた貴方には是非とも観ていただきたい。

そして次のランチには是非とんかつを食べていただきたい。


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