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アートと本とコーヒーと:神楽坂の時空

ためらいつつも、地下鉄に乗る。サンクトペテルブルグの骨董商、毛涯達哉さんの展示が8月3日までだからです。

『ラカグ』と『工芸青花』ができるまでほとんど足を運んだことのなかった神楽坂は、改札を出て地上への階段を上りながら、高揚感を覚える街。女性シェフの中華料理店に行列のできているブーランジェリーに路地裏の魚屋さん……訪れるたびに発見があり、まだ入店がかなっていないお店もたくさん。なにより、地上に出てすぐの『かもめBOOKS』でどのタイミングでコーヒーを飲もうかなあとつらつら考えながら目的地へと歩き出すのが楽しい。

『工芸青花』に向かう路地には、取り残されたように昭和が在る。ほんの数メートルだけど、違う空気に包まれます。建物の呼吸でしょうか。

有形文化財に指定されている『工芸青花』。

集まっていたのは、紀元前5000年ー1000年紀のオリエントを中心にした偶像、地母神、そしてギリシャ・ローマの神々たち。テラコッタや大理石、青銅で作られた指1本ほどの大きさの神さまたちの姿がそこにありました。

たとえば、24は紀元前2000年紀地中海沿岸で発掘された地母神像47は紀元前6~5世紀頃のギリシャの女性神官。抱き合った姿が愛らしい61は、紀元前1~2世紀のローマの夫婦像

最後の写真は、アニメでも知られる、紀元前8~6世紀バビロニアの女神イシュタルです。

よくぞ生き延びて、この神楽坂までたどり着いてきましたねえ……と顔をのぞきこみながら思わず耳打ち。それにしても、先史時代の人々の情動はわたしたちと同じようなものなのか、それとも、違っていたのか。特に、地母神は、どんな思いから生み出されたものだったのか……はるか遠すぎて想像がなかなか追いつきませんが、「(ヒトの手によってつくられた)物は、歴史のかけら」という、冊子の言葉にヒントをもらった気がしています。

写真を撮らせていただけたので、これから何度も神さまたちの姿を見返すことによって、きっと気づくことが多く、もっと知りたくなるでしょう。

昭和な路地裏で古代オリエントの神さまたちに会えたので、『かもめBOOKS』で一休み。校閲会社が手掛けているブックカフェは、選書のおもしろさに加え、奥のスペースの雑貨や漫画コーナー、アート展が行われる展示会スペースなど、多角的に本に親しめる環境作りに感心します。

元はと言えば、左の中野京子著『ロマノフ家 12の物語』を読んでいる途中だったことから、もっと、ロシアが知りたくなって今回の展覧会に。実際には、紀元前のシベリアの偶像数点と19世紀のイコンのみでしたが、19世紀のペテルブルグでは、山下りんという日本女性がイコン制作を行い、その作品はエルミタージュ美術館に所蔵されているとこの本で知ったばかりでした。

右の辻山良雄著『小さな声、光る本棚』は、本日の『かもめBOOKS』での収穫。うっすらコーヒーの味がするゼリーに甘味を抑えたふんわり生クリームを口に運びながら、読みはじめるのがもったいないなあと思いながらページをめくる喜びの瞬間です。

脈絡もなく、アタマもココロも流れるまま、気の向くままに過ごす日々ですが、まるで、わらしべ長者のように、気になったことが次々と新しい気になることを手繰り寄せてくれる、それが楽しい。ただ、次の気になることへと導いてくれるものは……、良いものだけが持つ力、ということがわかってきたこの頃です。

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