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『急に具合が悪くなる』(宮野真生子・磯野真穂)を読んで

いつか読まねばならないと思っているのが『「生と死の境界線~「最後の自由」を生きる』。ガンに冒された精神科医の岩井寛氏が目に見える形で迫りくる死についてその直前まで語った本。

岩井寛氏が自分に残された時間がわずかであることを自覚し、口述筆記を松岡正剛氏に依頼することから始まりました。

さて、本書はガン患者の哲学者・宮野さんと人類学者・磯野さんが交わした書簡形式の本です。前述の本と同様に「生と死」について深く語られていますが、それはあくまで「結果的」であり「偶然」。

なぜならば、宮野さんは急に具合が悪くなったからです。

もともとガンを体内で飼っていることの捉え方にふれることは想定していたものの、当初の想定ではダイエットから恋愛もふくめて豊富なテーマとなるはずだった。

それがだんだんと往復書簡のその色合いは変化してゆきます。書簡形式ゆえに読者はどこかライブ感を覚えながら二人のやりとりを追体験していく。

不運と不幸

前半部分のやりとりでとくに魅せられたのは「不運」と「不幸」をどう考えるかのお話です。

「哲学者として自身の状況(病気を抱える)を分析する」と言う宮野さんは九鬼周造の研究者ということもあり、「偶然性」をどのように捉えていくか、ここを磯野さんが引き出します。

そこに磯野さんは文化人類学的な角度からトピックを重ねると、宮野さんは「不幸」と「不運」という言葉から問いを立て、自分は「不運であるが不幸でない」と答えを出す。

磯野さんは二つの言葉を混同して使用したことを詫びながら「不運」とは点であり、「不幸」とは線であると整理し、さらに返していく。

ふたりの関係性

ところで、往復書簡の相手に指名された人類学者・磯野さん。じつは宮野さんとは数えるほどしか会ったことはありません。

おそらく同世代で対象こそ違えど研究者としてのキャリア年数も同じ。出会いにわくわくしながら関係性は深まってゆき、反比例するように宮野さんの具合も悪くなる。

なぜ宮野さんが磯野さんが付き合いの年数でいえば浅いけれど指名した理由がちょっとわかった気がしました。

大人になっても社会人になっても新しい出会いはあって「そのとき」に会うからこそ「気が合う」ことってある。九鬼周造の問題意識がやがて「運命」になったのも興味が出ました。

多くのことは語れないけれど、人間として宮野さんの生きる姿勢に学ぶところがたくさんあって、二人の関係性も素敵。安易な表現になってしまいますが、偶然が紡ぎ出していった奇跡のような一冊と思います。

というわけで以上です!


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