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ヤバい世界のヤバい奴らは何食ってんだ?『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(上出遼平)

映像だからこそ伝わるシンプルながらワクワクするテーマ。『謎の独立国家ソマリランド 』の高野秀行さんに通ずるような未知への渇望。

『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の掲げる唯一の旗印、それは、

ヤバい世界のヤバい奴らは何食ってんだ?

本書は分類するならばテレ東で放送されたドキュメンタリー番組の書籍化。ただ本書の特徴は、著者がまえがきで記しているように、書籍あってこそ本企画は完成する。

読めばわかりますが「これは地上波の電波にのせられないな」という内容や、そもそもカメラに収められなかった背景や裏のエピソードが綴られています。

つまり、映像の上澄みをすくって本にするような類いではなく「放送と本が独立していながら補完し合う」という稀有なケースでないでしょうか。

ちなみに白状すると番組は拝見できておらず(注目してたのに…)、後から追いつける本だけでも読みたいと思って手に取りました。

4つの地域からなる構成

本書は著者が訪れた4つの地域から構成しています。章立てを紹介するだけでもそのヤバさを感じ取っていただけるのではないでしょうか。

*リベリア 人食い少年の廃墟飯
*台湾 マフィアの贅沢中華
*ロシア シベリアン・イエスのカルト飯
*ケニア ゴミ山スカベンジャー飯

ヤバい奴らの飯はうまい

全体を通じていえるのは、ヤバい奴らはヤバい状況に身を置きながらも、知恵と工夫でうまいもんを食っている。荒削りだし、衛生なんてもってのほか。厨房なんてないけれど、その土地に根ざした飯をつくる。

そのダイナミックさと著者の筆に一段と力が込められていた料理がある。それはケニアのソマリア人居住区・イースリーに登場する、牛と山羊の頭を煮込んだスープ。文字通り極上のスープをここで紹介します。

爆発である。暴れまわる旨味は制御不能で、脳髄にまで容赦なく浸潤してくる。臭みに類いするものは見事に消され、代わりに炭火の香ばしさだけが鼻に抜ける。

「一番美味い!」僕はあまりのことに、自分のわずかや経験を引っ張り出して、安直にも一番の称号を与えてしまった。しかし、それで構わないと思った。自分が今後、これに比肩するスープに出会えるなどとは全くもって思えない。

グルメなソマリア人の舌を唸らさせるために鍛錬したケニア人のスープ。危険なイースリーにわざわざ足を運ぶ人は少なく、その味をリポートで知れただけでも幸せだ。

「正しさ」とは何か

飯にありつくためにヤバい場所に赴いてヤバい奴らとまずはコミュニケーションを取らねばなりません。撮影許可をはじめ、読み手がつい緊張してしまう場面がいくつも出てくる。

ヤバい人物たちのキャラクターが浮き上がり、読者は感情移入する。著者が彼らの行動の動機やその背景を聞き出せば、著者と同じように読者もショックを受けることになる。

リベリア
少年は幼くして両親を殺され、兵士になった。コカインは当たり前に必需品だった。大人に言われて幼い子どもの目や心臓をえぐり出した。そのおかげで自分は今生きている、というのが彼の唯一の真実だ。
リベリア
性労働を違法とすることが、いかにセックスワーカーたちの権利を脅かしているか知れない。屁理屈?そうかもしれない。けれど、屁理屈もまた理屈である、悪法もまた法であるように。
ロシア
市民が払う税金から彼は給料を得ている。その職務は犯罪を取締街の平和を守ること。けれど彼はその税金を受け取りながら、自分の利益のために治安の悪化を手をこまねいて見ていたことになる。それは明らかに倫理に悖るはずだった。けれど本人は悪びれもせず自分の正当性について話した。

日本に住んでいる以上、構造主義的にその慣習や見えない考え方に確実に支配される。

フレームを外して一足飛びで世界を覗くと、正しさ・正義・生きる意味、そうした根源的な事柄こそ価値観がそれぞれであると思い知らされる。

取材は暴力

日本のテレビ局のカメラが回る。サバイバーたちの生きる記録として「撮れ!」と叫ぶ者もいれば、警戒して拒む者もいる。反応はさまざま。

著者は寝ながら質問が口から出てくるほど取材慣れしているものの、そのうえで取材は暴力だと、あとがきで吐露します。

取材は暴力である。
その前提を忘れてはいけない。
カメラは銃であり、ペンはナイフである。
幼稚に振り回せば簡単に人を傷つける。

カメラは社会に対してインパクトを与え、その力を発揮することもあるが、使い方を誤ればたいへんな事態を招く、まさに銃。

読書は知らない世界を家にいながらにして知的好奇心を満たす映像や読み物を味わえる。

いうまでもなく、取材者と受け手の関係なしに成立しない。ジャーナリストにはもれなく苦労や葛藤が付き纏う。

それらひっくるめて著者と一緒に旅ができる。この追体験に本書の魅力があります。

というわけで以上です!


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