『未来をつくる言葉』(ドミニク・チェン)を読んで
『未来をつくる言葉: わかりあえなさをつなぐために』を読みました。
それぞれの持つ環世界
サピア=ウォーフ仮説(言語的相対論)によれば、自然言語の数だけ異なる世界の認識論が存在する。
人間において言語の数だけ世界があるとして、生物それぞれに固有の世界も持っているともいえるだろう。
ユクスキュルはこの概念に「環世界」と名付けました。
ドミニクさんにはアジアの血が流れていて、フランス国籍で日本生まれ。日本語、フランス語、英語など多言語をお話になるわけですが、サピア=ウォーフ仮説的にいえば、複数の世界をみていることになる。
それらをつなぐ「翻訳」では伝わらない「この感じ」を知れるのは、ちょっとうらやましいとも思いつつ。
娘さんにフランス語を体得してもらうために、頭をぶつけて日本語を話せないふりをして、ナチュラルにフランス語という言語でしかコミュニケーションのできない環境をつくり出したというエピソード。
娘さんは必要に駆られ、文法のまちがいを気にせず話す量が増すことで、水を吸うスポンジのようにフランス語を覚えていったと。
ベイトソンと関係性
ドミニクさんはベイトソンの思想から多大なる影響を受けていると。ドゥルーズは講義のなかで取り上げており、彼によればベイトソンは「関係性の言語」を追求した人だという。
関係性、文脈で精神・情報をとらえるとは何か?ベイトソンは人間や動物といった生命的な主体のコミュニケーションを考えるなかで、「情報とは、差異を生み出す差異である」と定義した。おっ!
同じ情報だとしても「わたし」と「あなた」ではその価値がちがうように、情報は相対的な存在。そして関係性のなかで常に変化し、相互依存している。社会学ぽいです。
この生命としての環世界の差異にフォーカスし、優しさや人の温かみを織り込んだサービスが「リグレト」であり「シンクル」なんだろうなと、ふと思いました。
ドミニクさんご自身の考えや思想からサービスを世にアウトプットする姿勢は素晴らしいとしか言えません。
あ、ベイトソンの本はいずれも絶版、新たに文庫版で出版されないかなあ。
モンゴル流の贈与
以前何かで読んだのかお話を伺ったのか。ドミニクさんが新婚旅行でモンゴルを訪れたときのエピソード。大好きなお話です。
モンゴルの遊牧民に招いてもらい、おもてなしを受けたそう。名残り惜しいがお別れの時、主が「馬をあげよう」というのです。
これから日本に帰らなければなりません。「連れていけません」と当然答えると、主はそんなことはわかっていると笑います。
持って帰れという意味ではなく、もし君たちが再びここに訪れるときには自由に乗っていい。それまで私が放さず面倒を見ておくからと。
牧場主の厚意に深く感じ入りつつも、同時に自分が普段住んでいる世界で使っている「所有」や「共有」、「権利」といった言葉の定義がなんと狭く、貧しいものであるかを痛感させられ、恥ずかしくともなった。
終わらない贈物。新しい贈与のかたちとして自分の心にも響きました。
読む人に何か与えてくれる優しい本です。というわけで以上です!
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