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『華氏451度』(レイ・ブラッドベリ)きっかけに読書を考える

橋下徹氏は「データが切り札となるのは、デメリットの強調のときなのだ」とその著書で述べていたように、存在の重要性を説くには逆説的なアプローチが有効なのかもしれません。

その対象が無い、あるいは禁じられたら、世界はどうなるのか?本が禁制品となった未来を描いたレイ・ブラッドベリは何を言いたかったのか?『教養の書』を読んだきっかけでようやく手にしました。

傍から見れば型のディストピア小説。大衆は無自覚。そこに違和感を覚えて行動するのが『1984年』のウィンストン・スミスであり、本書の主人公モンターグ。

モンターグの職業は代々続く昇火士(ファイアマン)。本は麻薬取締のような扱いで、通報を受ければその人は捕まる。で、「焚書」のように本に火を放つのが彼の仕事。

本を始末する側だったモンターグは、少女クラリスとの出会いや、逃げずに家に留まって焼死した老女の事件などを目にし、だんだんと考え方が変わっていきます。

なぜ本は禁制品なのか

耳には巻き貝を模したものを装着して一日中ラジオを聞き、家には巨大なテレビスクリーン。モンターグの妻はテレビにかじりつき、それを「家族」とさえ呼びます。

画一的な娯楽に四六時中没入していれば幸福になれるように仕組まれているけれど、じつは体制側の描写はほとんどありません。

読みとしては、大衆が少数の知性を弾圧している。つまり、昇火士も大衆が望んだものではないかというのが自分の考えです。

そう思うに至ったのは、先輩ベイティのセリフです。中略しながら引用します。

やがて世の中は、詮索する目、ぶつかりあう肘、ののしりあう口で込み合ってきた。人口は二倍、三倍、四倍に増えた。映画や、ラジオ、雑誌、本は、練り粉で作ったプディングみたいな大味なレベルにまで落ちた。わかるか?
要約、概要、短縮、抄録、省略だ。政治だって?新聞記事は短い見出しの下に文章がたった二つ!しまいにはなにもかも空中分解だ!出版社、中間業者、放送局の汲みとる力にきりきり舞いするうち、あらゆるよけいな込み入った考えは延伸分離機ではじきとばされてしまう!
これはお上のお仕着せじゃない声明の発表もない、宣言もない、検閲もない、最初からなにもないんだ。引金を引いたのはテクノロジーと大衆搾取と少数派からのプレッシャーだ。
みんな似たもの同士でなきゃいけない。憲法とは違って、人間は自由平等に生まれついてるわけじゃないが、結局みんな平等にさせられるんだ。誰もがほかの人をかたどって造られるから、誰もかれも幸福なんだ。

人がすくなんでしまうような山はない、人の値打ちをこうと決めつける山もない、だからこそさ!

となりの家に本が一冊あれば、それは弾をこめた鉄砲があるのとおなじことなんだ。
われわれの列島意識が凝集するその核心部を守る人間、心の平安の保証人、公認の検閲官兼裁判官兼執行官になったのだ。それがお前だ、モンターグ、それがおれ(ベイティ)なんだ!

情報過多とって時間の単位がどんどん短くなり、情報は短くわかりやすく。文字から映像へ。どんどん感覚的に流れて、思考から遠のきます。

そこに本好きで自らの思想を外に出すようなマイノリティは体制側にとってはじゃま者、なにより大衆が許さなかった。

おもしろかったのが、ベイティは本の弾圧を叫ぶのだけど知識がめちゃくちゃ豊富。皮肉なのだろうけれど、引用をバンバンしてモンターグを混乱させます。

これ、もしかすると、じつは体制側の人間たちは本をふつーに読んでるんじゃないかと思ったりしました。

読書について

本は、その著者が思想を閉じ込めて次に受け継ぐ役割を持っている。プラトンもシェイクスピアも哲学も文学も、フィクション問わず「思考したこと」を本に収めてる。

もちろんクララ夫人がアーノルド『ドーバー海岸』の詩の音読を聞いただけで涙するように、感情をゆれ動かす力も持っている。

ショーペンハウアーにとって読書は他人の考えの受け売りで、自分で考えられなくなるよ的な批判をしているけれど、これはバランスだと思います。

自分というものはそもそもなくて、対する人を反射するように自分が形づくられるのではないか?仏教的なスタンスです。

民主主義である以上、政府は民意を反映しているし、その自由には自らの責任が問われるし、自ら勝ち取っていかねばならない。

ファシズム的な全体主義のディストピア世界を読もうとしたら「その世界はおまえたちひとりがつくってるよ!」と言われた気分。

1954年の本だけど、たしかに娯楽の方向性はまったく外れていなくて(終盤の口伝・口承はいまのオーディオブックの流れにも通ずる?)、それゆえにいまでも読み続けられているのだろうなあ。

というわけで以上です!


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