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どうせ何やったって最低賃金だしさ/そろそろ日本に帰りたくなってきた人間のイギリスワーホリ記⑩

 ご機嫌よう、休日です。

 一時期メンタルを崩しすぎて部屋から出られませんでしたが、ここ3日はなんとか日常生活を取り戻しています。
 今日は、部屋の片付けをしたいです。

前回はこちら↓

※この物語は全てフィクションです。


就活、始動。

  7月。語学学校と共にお遊びの就活は終わり、ガチの就活を始める時期になった。
 YMSビザが切れた後イギリスに残る気もないので、拾ってくれるところでゆるく働こう。嫌ならバックレてやる。

 私は図書館へと向かった。語学学校はケチなので、完成したCVを1枚しかプリントさせてくれなかったのだ。
 新居の近くの図書館は、見た目は結構綺麗だが臭かった。暑い時期だからなのかムッとした腋臭の空気、まるでセントラルライン(一番嫌いな地下鉄の路線)だ。
 長時間耐えられそうにない。でも、使わないわけにもいかない。
 息をできるだけ吸わないようにしながらカウンターに行き、立っている係員さんに声をかける。
「図書館カードを作りたいんです」
 身分証としてパスポート、そして住所証明として銀行(Monzo)開設のカードが送られてきた封筒を持ってきた。
 ガサガサと台の上に書類を置いたところで封筒が軽いのに気づいた。しまった、中身がない。
 内容物は? と問う係員さんに、すみません忘れました、家に帰って探してきます、と言うと止められた。
「ほんとはダメだけど、封筒だけでいいよ。何のビザで来たの?」
 優しい係員さんは手続きを進めてくれた。名前やら誕生日やらを入力しながら会話が続く。
「ワーキングホリデーのやつで、2日前に引っ越してきたばかりなんです」
「そうか、日本人かな?」
「あ、はい」
「いいね、じゃこれカード。これがキーチェーンに付ける方。これが大きいカード、名前を書いて」
 小さなカードにはチェーン用の穴が開いていて、かなり良いアイディアだと思った。1か月くらいで無くしたが。
「本は好き?」
「はいとても!」
 元々読書しかしていなかった人間である。できればここでも沢山本を読みたいと思っていたが、借りる気になれないのはどうしてだろうか。臭いからかも。
 その後ベタベタするマウスに辟易しながらパソコンにログインし、自分のUSBを差し込んでプリントアウト。公共のパソコンらしく動作が遅い。
 安いのかどうかわからないが、1ポンド100円と考えるなら妥当な値段だろう……と思っていたが。備え付けの家庭用プリンターから吐き出された紙を見て、
「印刷薄くない? こんなんでお金取るの?」
 と結構大きな声で呟いてしまった。何事についても期待してはいけない。

 パソコンにログインするときに、カウンシルの求人が検索出来たので興味本位で覗いてみた。私が応募できそうなものは……。
 スペイン語教師と中国語教師の募集はあったが、残念ながら日本語の需要はないようだ。
「日本人はどうして日本語教師になりたがるの?」
 語学学校時代に、友達から聞かれた質問を思い出す。
 さてね。私は大学の副専攻が日本語教育だったからだけれど、他の人は知らない。
 結構色々な職種に募集がかかっていたので見ていて楽しかった。

履歴書を配り歩いて、私を売る。

 私は8枚のCVを手に入れた。ここに付箋にドデカく、「すぐに仕事始められます! 週7日のうち、いつでも!」と書いて貼る。
 インパクトは大切だ。カラー印刷ができない分、目立つにはこれしかない。

 私は「CV配り」をしようとしていたのである。
 履歴書を配り歩き、お店の人にどうぞ私を雇ってくださいと言うらしいのだ。面白い、私という人材のたたき売りだ。
 狙っている飲食店は残念ながら勤務経験がないのでどこまで相手にしてもらえるのかわからないが、日本ではまずしない応募方法を経験できるといった点で得るものはあるだろう。
 私は意気揚々とCVを片手に近所を回った。狙うは日本人であることが有利になる日本食。別に日本食が好きなわけでは全くないのだが。
 もうどこだって構わないのだ。どうせ最低賃金だしさ。

 最初に来たのは有名らしいチェーンのスーパー。家から歩いて15分。
「すみません、マネージャーさんいらっしゃいますか? ハイヤリングについて聞きたいのですけれど」
 棚卸をしているアジア人の女性を示されたので、近寄ってここで働きたい旨を伝える。日本食スーパーだが、マネージャーは中国系らしい。
 彼女は店舗ではCVを受け付けていない、オンラインでCVを本社の人事部に送ってほしい、と言われた。
 私はそれをしたくないからこうして足を運んでいるのだ。書類だけだと確実に選考から落ちることを知っている。経験も英語力もないから。
 私のCVをまじまじと見て、でかでかと貼られた付箋を見ていいアイデアだね、と笑う。
「ここはね、結構ハードワークだよ。見てご覧、男しかいない」
 それも中東系のね、と私は内心付け加える。来た瞬間、間違えたかも、と思うくらいには私っぽい人(日本人女性)はいなかった。
「あんたならもっと良いところに就職できるよ、技術職だったんだろ。この国にも沢山需要はあるからさ」
 では、オンラインでCVを送ります、一緒に働ける日を楽しみにしています! と言ったが、応募はしなかった。

 次。
 やってきたのは日本食のテイクアウェイショップ。例えるならお弁当屋さんのような感じで、出来上がった料理をトレイに詰めているせわしないスタッフたち。
 待て、全員男だ。中東系だ。アジアがいない。
「経験あるの?」
 これまた中東系の男性が対応。マネージャーではないようだが、かなり色々と聞いてくる。
「ないです。でも接客も料理も得意ですし、やる気はあります! よく働きます!」
「わかった、マネージャーに渡しておく。また電話するから。OK?」
 CVを渡してきたものの、電話がかかってきても絶対働きたくないなと思った。印刷代を無駄にした。

 次。
 今日のうちにもう一枚くらい配っておきたいな、と通りを見渡しながら歩いていると、とある可愛いカフェが目に入る。中をうかがうと、アジア系の女性がひとり。
 ここだぁ! と突撃。ニコニコ笑顔で店に入ると、相手も笑い返してくれれる。それだけでかなり好印象なお店だ。
「あ、あの、仕事を探しているんです。求人ありますか?」
 きょとんとする女性に向かって、必死に言葉を紡ぐ。
「わたし、ワーキングホリデーでロンドンに来たばかりで仕事を探しています。この近くに住んでいて、フルタイムでもパートタイムでもいいです、このカフェはとてもかわいくて、ほらこの、ふわふわの内装とか、すごくかわいくて、好きです」
 わかった、話を聞く、と客のいない店内の机に座らせてくれる。
「どこ出身なの?」
 日本です、と答えるとちょっとまっていて、とペンを持ってくる。彼女はカタカナで自分の名前を書いてくれた。きれいな字だった。
「わぁ、あなた日本語ができますね! どうしよう、私、韓国語はわかりません」
 と英語より拙い韓国語で返した。彼女は笑ってくれた。ありがとうKPOP、韓国語を教えてくれて……。

 ひとしきりアイスブレイクを楽しんだ後、求人の話に戻る。
「私はマネージャーで人事の権限がないの。オーナーが来たら言っておくね。CVも預かっておいていい?」
 数日連絡がなかったので、カフェに突撃してどうなったのか聞くと、
「ごめん、オーナーとなかなか会えなくて……」
 と言われた。
 その後、連絡はなかった。

 次の日3つの場所を巡ったが、結果は全滅。流石に経験もなしでこの英語力では厳しいか。
 私の住んでいる地域は中東系の人が多く住んでおり、コミュニティーの問題も大きそうな気がした。これが例えば日本人街なら、話が変わってきたと思う。

「日本では、何をされていたんですか?」

 CV配りと並行して、オンラインでの応募も行っていた。
 使ったサイトはMixBとIndeed。登録したエージェントは2社。

 インディードで応募したのは2件だ。
 1件目は家の近くのショッピングセンターのパン屋。書類落ち。
 2件目はセントラルロンドンの日本食レストラン。インディード内のテストのようなものを受けさせられた後、面接に呼ばれた。
 行ってヘッドシェフを紹介されてから気づいたのだが、シェフの募集に応募してしまっていたようだ。てっきりフロアスタッフへ応募したと思っていたのだが。
 この時点で帰りたい気持ち。
「料理はできる?」
「はい! シェフの経験はありませんが、家では毎日料理しています。特にラーメンやカレーは得意料理です」
 本当は袋ラーメンやレトルトカレーが得意なのだ、この人間。勝手にぺらぺら動く口とは裏腹に気分はどんどん冷めていく。
 面接後、何時間か開けてトライアルだったのだが、それが始まる前に逃げてきた。今思えばトライアルだけ受けておけばよかったなぁと思う。シェフの仕事も職場体験程度なら楽しそうだ。

 エージェントにも登録し、その中の一社とは面談をさせられた。
 履歴書の確認の後、英語(英検のスピーキングテストの面接官くらいの英語)での簡単な面接。お世辞かもしれないが「英語力は問題なさそうですね」と言われた。
「では、お仕事のお話をしていきたいのですが……こちらでもエンジニアをご希望ということで」
「いいえ、もう二度とエンジニアはしないです」
 いい思い出がないので、以上に言うことがない。記憶もない。エンジニア時代のことを突っつくと、私の精神疾患がぶり返す可能性が高くなるのですくなくとも異国暮らしの間は刺激しないと決めている。
「パソコンは使えるので事務とか、あとはコールセンターとか、教育免許持ってますので教育系でもいいです。そのあたりで探しています」
 週の稼働可能時間などの聞き取りの後、パソコンをカタカタと叩く音。
「では、こちらがSEの求人で正社員フルタイム、……」
 人の話を聞いていたのか? しないって言ってんだろうが。
「エンジニアはしないです、残念ですが。他のお仕事はありますか?」
 はっきりとそう言うと、少し面食らったような間があく。知るか。
「で、では教育系のお仕事で……と。塾で教えた経験はありますかね? 中高生の……」
 教育経験について色々と聞かれた後、その仕事にアプライが決まった。
 その後連絡が来なかったので数回せっつくと、募集自体がなくなった、と電話が来た。
 世界は私のことを必要としていない。日本にいた時から重々わかっていたことだが、1週間も就活をしていると飽きてきた。
 この私が就活してあげてるんだからさっさと雇いなさい。

 色々応募していたが、結局決まったのは家から数駅のところにある日本食レストランだった。
 交通費が馬鹿にならないので、できれば家から歩いていきたかったが文句は言っていられない。
 家は借りた、職場も探せた。
 さて、本格的にワーキングホリデーっぽくなってきたじゃないか。


 それでは今回はこのあたりで。
 休日でした。

【今回のヘッダー】近所の家に咲いていた、かぐわしい花たち。

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