経歴書は嘘八百とまではいかないけれど/そろそろ日本に帰りたくなってきた人間のイギリスワーホリ記⑨
御機嫌よう、休日です。
ちなみに私はご機嫌がよくありません。就活(バイト)で病みすぎたのか胸部がクソ痛い上に、手がめちゃめちゃ震えるという謎の症状が出て3日くらい何もできませんでした。
生きてて、申し訳ございません。
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※ここに書かれていることは全てフィクションです。
履歴書なんか盛ってなんぼです。
「遊ぶのが仕事」などと大口をたたいている私だが、ワーキングホリデーに来る人間のほとんどが働くらしいので、私も働いてみたくなった。
コミュニティーへの情報提供という意味でも、就活はしておくに越したことはない。
仕事に応募するためには、履歴書が必要だ。イギリスではCVというらしい。
語学学校の授業が終わった後、久しぶりに自分の日本語の履歴書を開いてみる。職歴がとっ散らかり、ボッコボコに穴が開いている上に、特に役立つ資格もない。大学も全くネームバリューがない。貼り付けられた顔写真のおでこだけが光っている。
「さて。埋めますか」
私は履歴書を細工していく。罪悪感はない。
留学エージェントのイギリスYMSパックの中についてきた、現地オフィスでの対面対応。
頂ける情報は頂いておくがモットー。渡英後、すぐに現地オフィスに面談の予約をし、セントラルロンドンにある雑居ビルに向かった。
狭いオフィスに居たのは、髪の長い女性。在英はもう30年を過ぎているらしい。独特のオーラがある目つきをしている。
「初めまして、よろしくお願いします」
「はいどうも。じゃ、まずパスポートとBRPカード、出してください。確認しますからね」
この女性、目つきに違わずかなり独特のコミュニケーションをしてくる。私が1喋ると、10喋る。ニコニコと我慢して聞いているが、私が会話をハンドリングできないので狙った情報がなかなか出てこない。
「現地オフィスの○○さんのこと師匠って呼んでて! ほんとに色々ご存じの方なので何かあった時のサポートはあの方に任せて大丈夫です!」
と、感じの良い担当エージェントが言っていたのでとても期待していたのだが、開始20分で私は帰りたくなっていた。今彼女がべらべらと喋っていることもインターネットで検索すれば出てくる。
でもまぁ、何かあるかも、私の質問の仕方が悪いのかも、と手を変え品を変え粘ることにした。
「就活のコツとかってありますか? 私、ワーホリ期間は週5働きたくなくて。パートタイムで大丈夫なところを見ると結構飲食が多いんですけど、私日本で飲食店のアルバイトしたことがないんです……。○○さんって、学生の頃どんなパートされてました?」
彼女は「私も飲食経験はないですよ」と言った後少し考えこんだ。
「ロイヤルアスコットって、知っています?」
いいえ、と私は答える。
「まぁ、競馬のイベントみたいなものなんだけど。それに応募したかったんだけれど、私、イベントスタッフなんかしたことがなくて。
けどね、日本の野球場でビールを販売する仕事、あるじゃない? あれをワンシーズンしていたことにしたんですよ。友達でやってた子がいるから少し話を聞いてね。履歴書にもしっかりそれを書いたんです。そしたら面接に呼ばれて、受かっちゃって~」
もちろん私に能力があるのが前提ですけれど、と言いたげな目つきと口角。笑顔をより増して不快の感情を悟らせないようにする。
「入ってしまえばこっちのもんなんですよ。日本人はこっちの人からするとよく働くから。嘘も方便、ってね」
私がその日得た、唯一使い道のある情報だった。
入ってしまえばこっちのもん。違いない。いくら嘘をついても、こんな最低賃金の移民の履歴確認に労力をかけたい企業があるとは思えない。
もし日本語で国際電話するくらい私に興味を持ってくれたのなら、私の真実を知る権利をあげようじゃないか。
完成した履歴書はかなり弄ったのにも関わらず、弱い。社会不適合者感が垣間見える。
大学のときの友達は大部分が公務員になっている。もちろん一般企業に就職した人も居るが、にょきにょきと出世して色々な仕事を任せてもらって、と。みんな優秀。私みたいな面白い履歴書を書いてる子なんかいない。私だけが……。
……などと思っていた時期もあった。
これは渡英直前の話になるが、中学の頃の友人で同じ部活だった子と久しぶりに会う機会があった。私と同じくすこし精神的に弱いタイプで、部活も一度やめそうになった(私も辞めそうになった)。
その子も新卒就職後正社員を辞め、その後仕事をしたりしなかったりしていると聞いて本当に驚いた。インターネットでしか巡り合えなかった類の人間が私の身近にも居たのだ。
そうよね、と私は自省した。この広い社会で私がたった一人の特別な人間であるなんて、思い上がりも良いところ。
私は日本語の履歴書の改ざんを終え、ChatGBTと協力しながら英語の履歴書を作っていく。
英語になったところで見映えのしないCVを保存して、パソコンを閉じた。
ワーホリといえば、日本食レストランでしょ。
ワーキングホリデーについての情報を見ていると、
『ワーホリの失敗例! 日本食レストランで働いて英語が上達せずに帰ってくる』
『私は飲食なんかじゃなく、オフィスワークで就職しました。その方法が……』
などの文言をよく目にする。どうやら飲食勤務はよくないとされているらしい。
ではオフィスワークがものすごく待遇が良く稼げるのか、というわけでもない。勿論様々な求人があるので一概には言えないが、私がアプライできるくらいの求人は時給換算すると大したことがないことが多かった。
だったら出稼ぎ目的でもなし、英語を勉強しに来ているわけでもなし。私はフレキシブルに少しだけ働けるところがいい。
感覚としてはキッザニアと似たようなものだ。お仕事体験で実際にポンドを稼げるだなんて何とも夢のような話である。
それに食事を扱うお店では、まかない、という文化があるらしいと聞いた。私は日常生活に料理を組み込むのがあまり得意ではない。スーパーでの食材費も馬鹿にならないイギリスでは、食費が浮くのはかなり有難いのではなかろうか。
というわけで、私は飲食をメインに狙うことに決めたのだった。
語学学校のCVサポートで、学校のプログラムとしてマンツーマンで手直しをしてくれるという時間が設けられていた。週に二人までと限られた枠だったが、ラッキーな私は勿論それを予約できた。
30分も遅れてやってきた、喋ったことのないC1の先生は(私はB2)早口でまくし立ててくる。要約すると時間が無いので手早く済ませる、と。
お前が遅れてきたんだろうが、という言葉を飲み込んで、お願いします、一旦飲食を狙っているのでサービス業用で作ってください、と伝える。
「じゃ、このメアドにCV添付してメールを送って。修正して送り返すから」
それって対面じゃないとできないことかな? と、疑問に思う。関わりのある先生方の何人かに既に履歴書を見てもらっているのと同じ方法をとっている。わざわざ時間をとった意味ってなんだろう。
特に何も言わないままパチパチとパソコンを叩く先生の画面を覗くと、『英語が堪能』と書いていた箇所を『英語ができる』に直されていた。腹が立つ。
「カバーレターについて聞きたいんですけど……」
対面の意味を見出そうと、目の前の先生に質問してみる。
「ああ、君ならできるよ。頑張って。おっ、もう時間だね。じゃ」
腑に落ちないままCV添削は終わった。
最後に先生とインスタを交換した。彼の投稿は自分のクラスの集合写真や生徒とのツーショット。楽しそうですこと。
お礼メッセージの後は二度と先生に連絡することはなかった。
ともかく、複数の先生からネイティブチェックを受け終えた。
それぞれのバージョンの良いなと思うところを結合し、私のCVが完成した。
公園で大好きな曲を歌った話。
語学学校期間は目が回るほど忙しくしていたため、CV作成と求人情報のブラウジングで精一杯だった。
ノリで翻訳・ライティング系の仕事に何個か応募してみたが、実績がないので無論全敗。趣味で何かしてました、程度の英語母語話者でもない人間には価値はない。
結果は散々だったが、応募のためにポートフォリオを作る作業は結構面白かった。
ゲーム内の英語を日本語含む多言語に翻訳する業務に興味を持ち、ダメで元々、と応募してみることに。
提出書類はCV、ポートフォリオ、そしてビデオレター。CVはカスタマーサービス用のものをほんの少し手直しして使いまわし。ポートフォリオには私が趣味で翻訳していた作品を何個か乗せた。
そして、最後のビデオレターが問題だった。そんなもの撮ったことがない。それに英語を話せば話すほど、私が英語を話せないことがわかってしまって選考から外れてしまうだろう。
なら、英語を話す時間を減らすしかない。私は、いいことを思いついた。
天気の良い日、友達を引きつれてグリニッジパークへと向かう。人気が少ない場所で、私はスマホカメラに向かって挨拶を始める。
「こんにちは! 私はキュウジツです。今から、私が翻訳した歌を歌います。英語と日本語では音の取り方がかなり違いますが、注意して翻訳しました」
アカペラで歌いだす。ゲーム会社への応募、ということで英語の歌詞がついているゲームミュージックを日本語で歌えるように翻訳したものを選んだ。
大好きな曲だ。絶望が支配する世界で、最後まで一筋の光を追い求めた主人公たちを思って歌いながら泣きそうになる。イギリスにはPS4を持ってこられなかったので、2年間あの作品を遊べないのかと思うと重ねて泣きそうになる。
それにしても、なんてすばらしい翻訳なんだ。私の才能が恐ろしい。
「聞いてくれてありがとうございます! 一緒に働ける日をたのしみにしています」
私の初の『歌ってみた動画』の誕生である。
伸びやかな声が草むらへと分け入っていく、そんなイメージが湧いてくるくらい気持ちの良い体験だった。
自分の歌声やっぱり好きだなぁーと動画を確認しながらニヤニヤしていると、動画を撮ってくれたチリ人の友達は私を小突いてきた。
「あんた、自分の強みをよく理解しているね。歌なら得意だって思ったんでしょ」
「いい声でしょ。イギリスで歌手になろうかな」
「はは、CDを出したらチリまで送ってちょうだい」
そのあと公園でアカペラのカラオケ大会をした。彼女が歌ったチリの曲もなかなか良い響きをしていた。題名は忘れてしまったけれど。
作品を送って満足して、忘れたころに不採用の通知が来た。
楽しかったので、全てオッケーなのである。
今日はこのあたりで。
休日でした。
【今回のヘッダー】植物縛りをしていたのだが、度重なるトラブルによりデータ消失。無念のコベントガーデンです(全く見えないがPride仕様でカラフルな電飾)。
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