見出し画像

『稼がなければ!』/そろそろ日本に帰りたくなってきた人間のイギリスワーホリ記㉑


 ごきげんよう、休日です。
 クリスマスの時期ですね。キラキラのイルミネーション、大好きです。

前回はこちら↓

※この物語は全てフィクションです。


 たまに「稼がなければ」と言う思いに負けて体を壊すまで働いてしまう時期がある。
 イギリスでも、それが来てしまったときの話。

家賃と食費が払えない。

 イギリスに来て1年弱がすぎた頃。無職期間を過ごしていた私。
 旅行と美術館と観劇でてんてこ舞いの毎日だ。
――仕事がないと忙しくてしょうがない。
――それにお金が無限にかかる。マズイな、Monzoの残高……次の家賃払えるかな……。
 先日大きく体調を崩し引きこもり生活を余儀なくされ、体力が落ちていたこともあり働きたくない気持ちは正直あった。けれど、みるみるうちに減っていく口座の数字に追い詰められていく。(ちなみに、美術館の特別展や観劇や旅行を控えるという選択肢は存在しない)
 日本の口座につながっているクレジットカードを使えば良い話なのだが、一つ問題があった。残高を覚えていない。いっぱいあったような気もするしほぼ使ってしまった気もする。
 スマホが壊れてしまった関係で日本の私の貯金口座を見るには家族に頼む必要がある。家族に「預金確認して」と言おうものなら、あの過保護・甘やかし・私のことが大好き、と狂っている面々だ。「お金振り込んどいたよ!」となるのが目に見えている。
 部屋から出られない間に給料や仕送りの額をエクセルにまとめてしまった。仕送りがとんでもない額になっているのを改めて確認し震えていた私には、追加の振り込みをお願いするようなことができなかった。
――こんな社会のお荷物に大金使うなんて、本当に頭がおかしい!
――普通に働けもしない、目立った能力もない、こんな屑人間のために何百万も払ってほしくないよ。家族は私と違ってあんなにいい人たちなのに。
――死にたいな……社会に対して申し訳なくなってきた……。
 働いて納税するために外国から集められてきた若い労働力、YMS。それが私の身分だ。
――働かないと。
 稼がねば。私の時間を買ってくれる人を見つけなければ、生きている価値がない。
 けれど私は稼ぐことが好きではない。特に好きなことでお金を貰うのが本当に嫌いだ。
 だから社会には、私のどうでもいい部分を売り込む必要がある。若さとか、性別とか、喋りすぎる口、体力(というか根性)……あとなんだろう、笑顔とか。
 お金を払われて消費され、失ってもなんとも思わない「わたし」を、どうか買ってください。

 フランクフルト(ドイツ)の駅で、いつもの通り遅れている長距離電車を待っているとスマホが震えた。
 イギリスの電話番号だ。最近いろいろ応募してみているのでその連絡かもしれない。友達に断って通話ボタンを押す。
 出てみると案の定仕事の連絡だった。オフィスワークで、日本語業務だが英語環境。当然電話も英語だった。
 それに臆する私ではない。電話、英語、任せてくれ。心臓に極太の毛が生えて久しい。
「仕事に関して説明しますと、業務時間が0時から8時。その間に一時間の休憩が……」
 明るい女の人の声で説明を受ける。日本企業に対応する業務なので、時差の関係で勤務時間は深夜。夜勤である。
「夜勤の仕事はやったことがありますか?」
 いつもなら、「はい、日本で○○を少しだけやっていて……」などとテキトーな経歴をでっちあげるところだが、今回は真実を言ってみることにした。
「初めてです。でも、私やってみたいんです。体力に自信があります。週に3日くらいから始めます」
「やってみたい、いい言葉ね」
 相手先の人は笑った。
 トントン拍子に話がすすみ、オフィスに来る日程が決まった。丁度日程もこの旅から帰ってすぐだったのでとても良い感じ。
 ありがとうございました、会えるの楽しみです! と元気よく電話を切って、隣に居た友達に報告。
「やったー、お仕事決まりそう!」
「良かったね。いい所だといいね」
 電話ができるようになっておいて、本当に本当に良かった。

初めての夜勤。

 オフィスワークに何を着ていっていいのかわからず、黒ズボンに白シャツ、黒カーディガンという日本なら無難な格好で行く。
 部屋に案内されるとカジュアルな格好だらけで、逆に少し浮いた。
 面接があるのかと思いきや、電話が面接代わりだったようでトレーニングが始まる。久しぶりの英語+知らない業界単語に頭がクラクラするが必死に食らいつく。大学生の頃にジャンルは違うが似たような業務をやったことがあり、それもあってなんとか理解できた。
 ま、そのバイトは嫌になっちゃって飛んだわけだが。今回はそうならないことを祈る。
 日本チームは他の言語と比べると人数が少なく、日本語を話せるイギリス国籍、大学院卒業されて就活中の日本人さん、日本人だけど英国永住権を持っている人……というような感じで、YMSビザは私一人だったし、私が最年少だった。
「元々○○を専門でしていたんです。実際に案件取る側として関わるのは初めてですけれど」
「プロだ……! 色々お聞きすると思います、よろしくお願いします!」
 と、周りを立てつつも話を聞く限り基本個人業務。みんな週3くらいだし、人間関係面倒くさいし頑張らない。インセンティブにも興味ないから時給さえ稼げればいいやと思っていた。

 勤務初日。日本チームはなぜか誰もおらず、日本語が話せないマネージャーさんに英語のマニュアルを手渡される。
――なるほど、全くわからん!
――マネージャーさんは複数の言語チーム担当してるから、クソ忙しそうで質問すらできない!
――ええい、ままよ! 習うより慣れよ、いくぞ! 知るかよ! ダメだったら辞めるまで!!!
 勢いよくパソコンに向き合って……。
「キュウジツ、大丈夫そうか?」
 2時間後、マネージャーが私のパソコンを覗き込む。
 私は画面を表示した。
「一本取った!」
 8時間の勤務時間終了。日本チームのみならず他のチームと比べてもトップレベルの成績を叩き出してしまった。
「キュウジツ、君は確実に何かを持っているよ」
 マネージャーが満面の笑みで私の肩を叩いた。
 見つけた。私のどうでもいい部分を買ってくれる職場。

地獄の始まり。

 1週間後、毎日成績が良い私は日本チームのまとめ役のような存在になっていた。
「キュウジツ、テンプレートを書き直してくれ。君の技術を皆に教えるんだ」
「喜んで!」
「キュウジツ、新しい日本人が入るから指導してくれ。もちろん時給は少し高く出すから」
「もちろん!」
 無職だった私は3日でチームリーダーになった。気持ちが良い。夜勤なんかいくらでも耐えられる。
「キュウジツさん、今日4本目じゃないですか!?」「私たちまだ1件も取ってないのに〜」
「運が良いだけですよ」
 微笑んだ。大嘘であるが、波風を立てないためにこういうのは必要。
 はは。私もまだ捨てたもんじゃないのかー。よくわからないけれどみんなが褒めてくれる。
――……なら、もっと売っておかないと。
 不眠症は再発したまま治る気配がない。朝に部屋に帰ってから、眠たいのに眠れなくて苦しい。
 ベッドの上で呻いている時間をお金に出来たら。みんなに褒めてもらえている「価値あるもの」を売れる時に売っておかなければ。
――稼がなくちゃ……。
「もしもし、MixBの求人を見て電話しました。ぜひ働きたいのですけど、面接をしていただけますか?」

 夜勤。今日も今日とて絶好調の私。勤務終了間近となり、今日の成果をほくほくと眺めていると、
「キュウジツさん」
 私と同じ日にトレーニングを受けた人が下を向いて立っていた。
「私、来週でやめるんです。夜勤がやっぱり辛くて、眠れなくなっちゃって……キュウジツさんにはたくさんお世話になったんですけど……」
「そうだったの……。体調が一番大事だからしっかり休んでくださいね! 本職の就活応援してます!」
 話が長くなる前に切り上げ、ぱぱっと帰り支度をする。
「じゃ、行ってきます!」
 とマネージャーに挨拶してデスクをあとにする。
「キュウジツさん、今から昼の仕事するんですって。元気……若いっていいね……」
 敬意とも呆れとも取れる声を浴びながら、日に照らされた道を歩く。
 歩いていると少しよろけた。
 眠いのだろうか。それか、食事が足りていないか。
 仕事を始めて1週間で体重が5キロ減った。今も減り続けている。朝も昼も夜もお腹が空かない。勤務中に無料のホットチョコレートを飲んで、昼の仕事の昼休みに少しだけ食べられるもの(クラッカー3枚とか)を摂取。
 食事にお金を使いたくない。お金がないから……。稼がねば。こんな価値のない人間は時間を売るしか申し訳がつかない。
 再びふらつく。
 大丈夫、今から電車で寝られるし。どうせ不眠なんだから、一緒よ。
――違うよ。睡眠を奪われると人間は狂うんだよ。身に染みて知っているでしょう。
 大丈夫、社会人の頃はもっと頑張れていたもの。4つも仕事をしていたもの。
――そして、半年でぶっ壊れたんでしょう。
 お金がない、お金がないんだもの、働かないと。
――周りに言えばなんとでもなるんだよ。
 まかないを失った私は食べるものがない。スーパーに行くとお金がかかる、お金がない。
――ちゃんと食べて。体や精神を壊せばもっと大きな金額がかかるんだよ。
 頑張りたくて頑張っている。頑張らせてよ。
――お前の頑張りたい時期はかなり危ないんだよって、何回言えばわかってくれるのかしら。
 どうせ眠れないなら極限まで疲れたほうがマシだし、お金もない。家賃が、食費が、払えない。
 気軽にお金を使えないように、ウォレットからカードを全て削除した。

 エリザベスラインは快適。夢を見ないくらいに眠って、次のお仕事場に到着。
 2つ目の仕事は打って変わって肉体労働。
 頭を動かし、体を動かす。なんて健康的な生活なんだ。こんな健康的な生活でお金がもらえるなんて、なんて幸福な人生なんだろう。
『不眠? 放っておけばいい、どうせ寝なきゃ死ぬんだからいつかは寝るさ』
『君は考えすぎ。暇だから悩むんだよ。忙しくしていれば考えている時間がなくなるでしょ?』
 いつか私に向けられた言葉。しんどいのは頑張っていないからだ。もっともっと、もっと頑張らなければ。
 今日は4時間寝られる。
 アラームより早く起きてしまって、シャワーに入って、深夜に仕事場に向かい、電車で眠りながら朝の仕事場に向かい、部屋で少し寝て……あぁでも、また新しいオンラインの仕事を始めたから睡眠は2時間だけになっちゃうかも。それが終わったらまた職場に向かう。
 休みはいつも通り予定を詰め込み遊びまくる。旅行も行く。働いて遊んで、働いて、働いて、働いて、遊んで、働いて、働いて……。

 そんな生活を、数カ月していた。
 幸いなことに夜勤の仕事がテンポラリーだったお陰で、体を本格的に壊す前にこの生活から抜け出すことができた。
 そうでなければまた働き過ぎで体と精神を壊し、強制帰国となっていただろう。
 夜勤業務を終わったあとに完全に正気に戻ったらしく、2つめの仕事も他にやってた仕事も全部辞め適職……つまり、無職に戻った。
 口座の残高は増えたのかって? たぶんね。あんまり覚えてない。
 ゆったりベッドで寝ころびながら、あーあ、普通に働ける人になりたかったなぁ、と思った。
 日本に戻ったとしても正社員で働ける気がしない。経験上、週4以上働くと「働くスイッチ」が入ってしまってこういうことになる。今回で夜勤も良くないということが分かった。
 嘆いていてもしょうがない。人間が世界中にどれだけいると思っているんだ、そりゃ不良品も出てくる。ちゃんと処分してくれなかった世界の方が悪いので、クズな私のことを愛してください。
 さて、明日も美術館を3つも回らなければならない。見なければいけないミュージカルがたんまりある。忙しい。
 働いてる暇がない私のことを世界が養う、というのが本来のあるべき形なのです。こんなにかわいい私のことを保護しないなんておかしい。
『お金振り込んでください』
 家族にラインした。5分で送られてきた。そのお金で、良い席のバレエを取った。
 やっぱこうでなきゃね、人生!!!


 それでは今回はこのあたりで。
 休日でした。

【今回のヘッダー】パリの美術館。何を思ってふくろうをマスクにして飾ろうと思ったのか。素晴らしい。家に欲しい。

いいなと思ったら応援しよう!

休日
節約生活が染みついて、めっきり食べなくなったお菓子を買います。 チョコレートが大好きです。