ロックダウン:欧米vsアジア

新型コロナウイルス感染症COVID-19についての情報をお求めの方は、厚生労働省の情報ページか専門家の情報をフォローしてください。私は専門家を紹介する立場にはありませんが、例えば以下の方などが穏当かと思います。
・新型コロナクラスター対策専門家(@ClusterJapan
・押谷 仁(東北大学
・高山義浩(huffpost記事一覧
・今村顕史(@imamura_kansen
・岸田直樹(@kiccy7777
・坂本史衣(@SakamotoFumie
筆者は医療や行政法の専門家ではありません。単なる素人の感想なので医療情報としての信頼は置かないでください。基本的に自分が納得するためだけに書いたものであり、他者を納得させるために書いたものではありません。

日本においても、3月中旬以降の感染者の急増を受け、クラスター対策の中心人物の一人西浦博氏が強力な行動制限を提案するに至った。ただし、同じロックダウンをするにしても、欧米とアジアでは事情が異なる。ウイルスと人類の戦いをボクシングに例えれば、欧米はノーガードで避けるのみで防御しようとしたがコーナーに追い詰められ顔面にクリーンヒットをくらってKOされた状況に例えられるのに対し、アジアでこれから来たるロックダウンは、ガードをしていたが帰国者ラッシュの蓄積ダメージで1ダウンとなったという状況に例えられる。このため、ロックダウンからの回復はアジアのほうが早いと予想している。

欧米がロックダウンに至るまで

欧米では新型コロナウイルスをめぐる状況は急激に変化し、「3月初頭まで何でもなかったのに、日常だったのに、1週間で都市が封鎖され、それでもなお2週間感染者が急増し、すべてが崩れ去った」と認識している人が多い。またこの状況からウイルスが欧米で特異的に感染力が強いと考えている人も少なくない。

しかしながら、真実はおそらくそうではない。多くの専門家()は1月下旬には指数関数的な感染拡大が始まっていたと認識している。私自身も、以前にイタリアで患者1号が見つかる前に出国した外国人から複数の感染者が出たことを理由として、イタリアでの感染は少なくとも2月初旬には始まっていたことを指摘していた。

現在、その仮説はウイルスのRNA配列を基準とした系統樹からも裏付けが取れつつある。配列の変化頻度から欧州(特に大陸ヨーロッパ)に固有の系統の共通祖先の存在したタイミングを推定すると、1/22になる。ウイルスはこの付近の日から指数関数的な感染を始めた。このことはアメリカでも同様に言える。米国に固有の系統の共通祖先をたどると、1/23頃に存在し、そこから分岐したと推定される。

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Nextstrain Novel colonavirus 2019

欧米が感染者の存在に本格的に気づき、対策を取り始めたのは3月に入ってからである。欧米は丸々1か月もの間、ノーガードでこのウイルスの増殖を放置し、気が付いたときにはすべて手遅れになっていた――これが蓋然性の高いシナリオである(岩田先生も同じような仮説を出していた)。

そのシナリオを前提とすれば、米国や欧州での感染確認数の指数関数的増大は、感染の拡大そのものを表しているのではない。メガクラスターはすでに存在しており、観測者が最初に発見した患者から濃厚接触者のリンクをたどる速度が見た目の感染者数増加速度になっていたと考えられる。このため、私個人としては、感染速度の欧米-アジア間の差は、防御行動の違いと検査が始まるまでの時間差で生じた見かけ上のものと考えており、BCGによる免疫の違いやウイルスの系統の違いといった仮説には懐疑的である(少なくとも後者については、このウイルスの変異速度は速くないと指摘されている)。

※アジアの中では武漢市のロックダウンもこれに近い。新型コロナウイルスの流行直後は、このウイルスの正体についてはほとんど分かっておらず、適切な対策を取ることが出来なかった。特に無症候感染者の比率の高さは後々プリンセス・ダイヤモンドの検証で分かってきたことである。

来たるアジアのロックダウン

一方、アジア諸国でも4月に入ってロックダウンが検討されるようになった。シンガポールではライフラインを除いた職場・学校の封鎖が実施される予定である。日本でも今回の対策の中心人物の一人が強力な封鎖を提案している。

日本は3月最終週から顕著に(指数関数的に見えるほど)感染者数が増えている。日本は元から対策が緩いという不満が多く、気の緩みで増えたと理解されている方も少なくないだろうが、一方で厳格な封じ込め政策で挑んだ国も苦戦している。台湾、香港、シンガポールは、感染者・濃厚接触者が監視対象となりプライバシーを剥奪されるほどの政策をとっていたが、3月に入り感染者数は指数関数的な変動を見せている。

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上から台湾の累積感染者数、香港の累積感染者数

これだけを見るとアジアでも指数関数的感染増が始まったように見えるが、解釈には注意が必要である。実はこの増加は帰国者中の感染者が欧米での指数関数的感染像を反映した部分が多く、国内の感染率は比較的低く保たれているという要素があるからである。これを端的に表しているのが台湾の詳細データである。台湾は入国後14日の監視・罰則付き検疫が求められており、新規感染者は検疫で引っかかった輸入例(図灰)がほとんどで国内感染(図橙)は従来通り低く保たれている。

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この事情は日本でもある程度当てはまる。3月以降、海外渡航歴がある輸入感染者が大幅に増えており、専門家会議はこれを「第二波」と定義している。日本では検疫・自宅隔離が厳格でないため、帰国者本人のみならず、京都産業大学の帰国者から少なくとも50人規模の二次感染が発生しているほか、志村けんや阪神藤浪なども夜の街の従業員女性による輸入症例の二次感染と言われており、3月中旬~下旬時点で見られる感染者急増はその多く(少なくとも半分程度)は輸入症例に関係する感染者である。

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新型コロナ 海外から感染「第2波」 帰国者発症急増 毎日新聞 3月25日

いずれにしても、アジアの国今起こっている感染者の指数関数的増加は、外国での流行状況を輸入症例を通じて反映した成分が多く、国内の感染防御の破れだけを意味しているわけではないということは留意すべきである(特に台湾はしっかり防御できている)。

日本も、少なくとも3月頭の段階では(イタリア等と異なり)出国者から次々と感染者が見つかるというようなことはなく、感染は終息に向かっていたところであった。そこに、(成田エクスプレスの乗車率から推計するに平時の半分以下とはいえ)1日1~3万人の帰国者・入国者があり、その中に多数の感染者が含まれていた。たとえるなら、1日に2~4回程度ダイヤモンド・プリンセス号が入港していたような状態で、検疫が破綻したのである。

欧米とアジアの比較

ここまで説明してきた欧米とアジアの違いを、別のデータで検証してみよう。Citymapperというナビアプリが収集した人々の移動量データによれば、バルセロナやニューヨークといった今回大打撃を受けた都市では、3月10日ころまで人々の移動量は例年と変わらなかった。3月8日の段階でも、世界女性デーだったこともあり大規模集会が世界各所で開かれ多くの人がシュプレヒコールを上げていた。

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だが、そういった日常生活は今回のウイルスにあまりに脆弱であった。イタリアで最も被害の大きい都市ベルガモは、「おらが町」のサッカークラブの歴史的快進撃に湧き2月16日の試合に市民の1/3が詰めかけたことが感染を決定的に拡大したという説が流れている。

一方アジアは、欧米からの帰国者に占める潜在的感染者が指数関数的に増え始めた3月中も、1~2月に引き続き警戒態勢をとっていた。上記アプリ情報では3月頭ですでに例年の半分程度、3月最終週にはロックダウンした都市レベルまで活動を落としている(もっとも国内の他のトラッキングでは若年層は行動抑制で来ていたが60代が活発に動いていたうえ、このアプリは若年層の使用が多いと推定されるため、このデータは東京の実態に比べ過小評価気味ではある)。

アジア諸国でも原因はともあれ国内に存在するウイルス量が増加し危険な状況にあるのは確かで、シンガポールは軽ロックダウン決定、日本は重ロックダウンが検討される段階だが、ウイルス輸入がクリティカルな時期であった3月中もある程度の自衛行動や行動規制は行われており、無防備のまま指数関数的増加が起きた欧米とは異なる状況にあるのもまた事実である。私の個人的な予想ではあるが、今すぐロックダウンを始めれば欧米ほどひどい状況にはならないであろうと予想している(対策が不十分なままなら難しいであろし、可能な限り早くロックダウンすべきだとは思うが)。

検査陽性数の背後を見る

ここまで欧米とアジアの比較をしてきたが、両者の間では検査陽性数の背後にあるものが異なっている。欧米ではすでに存在していたメガクラスターの接触者リンクをたどる速度が見た目の感染者数増加速度になっていたと考えられ、実態よりも大きな感染速度(再生産数)に見えていると考える。一方アジアでは、検査陽性数だけを見ていると(台湾で顕著だが)輸入症例の影響で実際の感染防護の効き方よりも脆弱であるように見えることがある。

検査の数に関する論争が喧しかった日本で検査陽性数が実際の患者数であると信じている人はまずいないだろうが、見えている検査陽性数の変化傾向さえもそのまま信じるわけにはいかない。肺炎報告数、出国者が外国で検査陽性となる数など、見えないものを見ようとしてCSVを読み込む必要がある。

クラスター対策vsロックダウン

日本ではクラスター対策という独特な対応法がこれまで展開されており(以前の紹介)、帰国者による輸入症例が増える前の3月初頭の段階では推定再生産数が1を割り終息が見える段階まで来ていた。しかし輸入症例の増加に負け、クラスター対策の中心人物の1人である西浦博氏が4月第2週前半でのロックダウンを提案するに至った。

クラスター対策は本質的にクラスターが追跡できることが前提となる。このため、保健所の人手で行える検査や濃厚接触者追跡のキャパシティを超えて感染者が発生した場合、全ての感染者を追うことができなくなり、破綻する。これは最近出されていた対策班の学会向け資料でも明言されている。私が見ている限り、現状はこのキャパシティ超えでクラスター対策は破綻しつつあるように見ある。

コメント 2020-04-04 003240

3月下旬以降の感染者の急増は、帰国者本人かそこからの二次感染で発生したクラスタが過半を占め、これは国内の感染対策であるクラスター対策では手が付けられない部分であるから、この点ではクラスター対策は破れていない。

しかしながら、その状況下において東京都の検査・接触者追跡能力が限界に達しつつあるように見える。風俗店など関係者が接触者の申告を拒むようなクラスタが多発、感染源不明の報告が増えている。また同時発生した総合病院の院内感染では、半数近い検査を国の機関が代理で行う事態になっており、これは都のキャパ不足を示唆している。現状、クラスター対策は帰国者の数の暴力の前に屈したという状況である。

筆者もこれが回避できたかどうか考えてみたが、帰国者全員をアプリ等で監視し罰則付きで自宅隔離するくらいしか対策はなかったと思うし、日本にそれを可能にする法律はなかった(強引に立法しても違憲だっただろう)。

新型コロナ以降の世界

ただし、クラスター対策が一度敗れたことは、クラスター対策が不要になるということを意味しているわけではない。多くの専門家は潜伏・無症候が多いこのウイルスは根絶が困難であり、ワクチンが開発されるまでの年単位での長期戦の覚悟が必要と説いている(私も途上国で無症候感染者により保持されると考えている)。

なお厄介なことに、このウイルスは潜伏性が高く、検査と隔離によるメソッドでは半分程度の感染者とり逃すことが示唆される。加えて根絶に近い状態であるほど検査・隔離のアプローチは効果を失うため、対策をし続けてもいつまでたっても予防を欠かすことが出来ない(検査に関する問題はこちらも参照)。一度根絶に近い状態に追い込んだとしても、その後予防行動を忘れるとイタリアやニューヨークのようにひどい目にあうだろう。

現在いくつかの場所での封じ込めが成功していることを、恒久的な封じ込めが可能であるという兆候として捉えることは、根本的な科学的誤りです。私たちはそれを可能にするために努力すべきですが、1918年のインフルエンザ、そして正直に言わせてもらえば感染症の理論は、封じ込めが一時的な勝利であることを示しています。

我々は年単位の長期にわたり、ウイルス流行を常に抑え込む抑制(suppression)に持ち込まねばならない。抑制戦略は長期継続を前提とする点で根絶戦略と異なり、感染を広げないという点で緩和/集団免疫戦略と異なる。Lipsitch氏の言う通り、根絶が困難だとしても、集団免疫戦略を必ずしても受け入れる必要はない。

ただ、その長期戦を戦うにあたり、武器がロックダウンだけでは、住民の生活や精神が持たないだろう。一度封じ込めに近い状態に持ち込んだ後、日常に戻るもののいつウイルスに侵入されても終息させられる必要最低限のレベルの予防行動を常にとる、という状況を新しい日常にしなければならない。実際、ロックダウン解除を始めた中国でも、電気使用量は7割までしか回復せず仕事以外での外出も69%が控えるとしており、予防行動込みの"日常"復帰となっている。

コメント 2020-04-04 011035

中国での事例は"ベストの回答"であっても娯楽不足と不安との同居を強いられる灰色の未来を示唆するものであり、愉快なものではないだろう。根絶可能を前提とした短期決戦論はそういった灰色の未来を逃れたくて出てくる意見だろうが、ただ私から見れば現実逃避の楽観論に見える。

ロックダウン解除後も予防行動の強制で憂鬱な灰色の日常が予期される。その日常を少しでも良いものにするには、憂鬱さの原因――行動制限を(流行を防げるレベルで)最小限にとどめたい。その《必要最低限のレベル》を決める指針となるのが、クラスター対策におけるスーパー・スプレッディング・イベントの発生条件の特定である。条件をより精密に特定することで、過剰な自粛を避け、我々はより楽な・持続可能な方法でワクチン開発を待つことができる。私もクラスター対策の骨子が発表されたときから、対策を読み込んだうえであおりを食う業界のダメージ軽減法を考えている。

よって、今クラスター対策で間に合わずロックダウンを選択したからと言って、クラスター対策が不要になるというわけでもないのである。ロックダウン解除後に待つ日常では、やはりクラスター対策が必要とされているのだ。





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