やさしい不登校入門 大学へ行ったら多分良い理由
何になりたいかよくわからないけれどとりあえず大学行かなきゃいけないんじゃないかと思っている人へ。
この記事は、『やさしい不登校入門 学歴って何だ』と、対になる記事です。
両方読んでくださいね。
私がMARCHに属する大学の学園祭に行ったのは、社会人になってからです。元職場の先輩は、働きながら学費を貯めてMARCH大に社会人入学をしました。
その後、その先輩が学園祭に呼んでくれたのです。
自分は興味がなくて、縁も無いと思っていたそこの学園祭は、私のあまり知らないエネルギーに満ちていて、面白かった。
そのエネルギーというのは、ちょっとウィットに富んでいて、面倒くさがるよりは面白いことを進んでやろうとするタイプで、ちょっと要領が良いようなピンポイントな友人が、一箇所に集まったようなエネルギーです。
やる気がないようなフリをしたり、毎日つまらないと言っていたり、そういうありがちなタイプの人口が少ない。
貴重な面白い友人が、集められていた感じでした。
「ああ、そういうことか」
彼らの演奏や、出し物を見ながら、長年わからなかった、良い大学に行く意味をやっと理解したのです。
同じことがもう一つありました。私が親の希望で理系の短大に受かり、友人が美術大学に受かった時です。
私も実は、中高付属の美術短大も受けて合格していて、美術にも興味はあったのですが、「レベルの高い美術大学で学ぶ」ことに繋げて考えられませんでした。
自分の中で、美術は、学んだり教わったりするものではなかったし、そうしたくもなかったのです。
しかし、レベルの高い美術大学に受かった高校の時の同級生が、学園祭に誘ってくれた。
そこには、アーティスティックでエキセントリックな音楽、作品が溢れ返っていました。
ここでも、私はやっと「美大に行くことの意義」を知ったのです。
MARCH大にも美大に行ってみて、羨むべき点は、教えてもらえることや講義にあるんじゃないんだと、気付いたのです。
私は、楽しげなMARCH大の学園祭の帰り路でも、興奮した美大の学園祭の帰り路でも、一人でした。
あの独りの帰り道を、覚えています。
私の通っている短大の学園祭も、すごく楽しくて有名です。
友達も居て、一緒に旅行に行ったり泊まったり一緒に実習したり、楽しくやっている。
それなのになんでこんな気持ちになるのかな。
それは私が、すごく行きたいと思ってすごく頑張った訳ではなかったから。
刺激し合える、出会い
それか、と理解したのです。
特に美大は、あんなに刺激的な学園祭を、仲間と創って、一緒に創った仲間と一緒に帰れるんだ、と。
MARCH大なんかは、人脈作りのためにとも言われることが多いですよね。人脈作りだなんていやらしい言い方だけど、学園祭を見ると確かに、何かやりたいと思っている人間が集まっている。そりゃ学生企業家も多く出るわけだ、と、学園祭の空気を思い返しては納得します。
美大もMARCH大も、楽しそうだ。
しかも、私には美術系の友達が別にもおり、翌年には他の美大の学園祭も見に行き、ダブルパンチ。
あの孤独は、深く鮮烈に心に残っていて、痛く心地良く今でも蘇ります。
私は、まだ社会人駆け出しのその頃、彼らを本気で羨ましいと思っていました。
その後、気持ちを胸に秘めながら、色々試行錯誤をします。
色々な会社での仕事。
仲間を渇望する気持ち。
27才からのバンド活動。
出会い。起業。
そのうちに羨ましさはとても小さくなっていました。
前項で書いたように、やっていないゲームをやっておけば良かったという程度です。
何故なら、私は人を見る眼がすごくあるから。
心底面白い人を見つけるし、人の面白い部分を見つけるのも得意です。
つまり、面白くて刺激し合える仲間をすぐに見つけてしまう。
人脈や人との貴重な出会いを、MARCH大や美大に行かなくても果たしてしまうのです。
人生を作るのは、付き合う人で、人の集まる環境であると言います。
本当にそのくらい重要です。
私は人を見る眼がありすぎるのですが、普通の人はそうもいかなくて苦労しているようです。
それなら、鉄板な環境へ身を置く、有名な大学へ行くことは確かに重要になってきます。
娘が大学を考える年齢になったら、こう伝えるつもりです。
「面白い人たちが集まっているから、そういう友達が出来て面白いよ」
それが、大学へ行った方が「多分」良い理由です。
私はマンガに影響されるので、『ドラゴン桜』でも読んでおけばゲーム感覚で勉強もできたかな。
もうすぐ学園祭の季節なので、有名な大学の学園祭に出向いてはいかがでしょうか。
今年は、娘を連れてあの美大の学園祭に行こうかな。
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