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学校づくりのスパイス~異分野の知に学べ~

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学校のリーダーシップ開発に20年以上携わってきた武井敦史氏が、学校の「当たり前」を疑ってみる手立てとなる本を毎回一冊取り上げ、そこに含まれる考え方から現代の学校づくりへのヒントを…
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#56 新たな経済社会の胎動~伊藤穰一『テクノロジーが予測する未来 web3、メタバース、NFTで世界はこうなる』より~|学校づくりのスパイス

 今回は、伊藤穰一『テクノロジーが予測する未来――web3、メタバース、NFTで世界はこうなる』(SBクリエイティブ、2022年)を手がかりに、今後の経済社会を生きていくための教育について考えてみたいと思います。  本書の筆者の伊藤穰一氏はマサチューセッツ工科大学のメディアラボで所長を務めた方です。TEDカンファレンスを紹介するNHKのテレビ番組「スーパープレゼンテーション」のナビゲーターをされていたのでご記憶の方も多いかと思います。 人間味のある経済社会 本書では、「w

#54 色とりどりな教職員集団をつくろう~マシュー・サイド『多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』より~|学校づくりのスパイス

 前回は単なる個人の総和とは異なる「集団の知性」(集合知)について考えてみました。今回はさらにこの視点を一歩深め、学校という組織の集合知と集団の多様性(ダイバーシティ)の関係について考えたいと思います。  今回とりあげるのは『多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2021年)です。筆者のマシュー・サイド氏は英タイムズ紙のコラムニストであり、また卓球の全英代表としてオリンピックに2回出場した経験もあるそうです。

#53「かけ算の学力」を考えよう~オードリー・タン『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』より~|学校づくりのスパイス

 今回はオードリー・タン氏の主張をとりあげてみます。氏は台湾において35歳で史上最年少のデジタル担当の政務委員として入閣し、マスクマップ〈注〉 でコロナ危機にいち早く対応したことで一躍世界から注目を浴びました。  独特の風貌や人柄、卓越した才能や業績から、世間のまなざしは、とかく氏個人に集中しがちですが、一方で氏が目指しているのはどんな社会であり、それが実現可能か否かという問題が議論されることは希です。  今回は『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデン

#19 なぜ避ける「お金」の話~ ヤニス・バルファキス『父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』より~|学校づくりのスパイス

 おおよそ学校関係者はお金の話をするのが好きではありません。学校教諭だけでなく、管理職でも指導主事でも、そして大学教員でも教育を語るときにお金の話を持ち出すことについては躊躇する人が多いのではないでしょうか?  けれども一方で長い人生ではお金の問題を避けては通ることができないのもまた事実です。  今回は教育とお金の問題について、ギリシャの経済危機時に財務大臣を務めたヤニス・バルファキス氏の『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(ダイヤモ

#18 コミュニケーションの鍵は「弱さ」にある~岡田美智男『〈弱いロボット〉の思考』より~|学校づくりのスパイス

 筆者は「コミュニケーション力」(コミュ力)という言葉がキライです。  一般に「コミュ力」があるとされる人のイメージというと、初めての相手に対してもハキハキと応対でき、社交的で活発な人というところでしょうか。逆に内向的で、自己表現に躊躇するような人は「コミュ力」が低いと呼ばれるのかもしれません。  けれどもちょっと考えてみてください。コミュニケーションとはそもそも関係のうえに成り立つもので、相手や集団によって望ましいコミュニケーションも当然異なります。  一方で「○○力

#17 自然の知・人間の知・人工の知~ステファノ・マンクーゾほか『植物は〈知性〉をもっている』より~|学校づくりのスパイス

 今回は、『植物は〈知性〉をもっている――20の感覚で思考する生命システム』(NHK出版、2015年)を手がかりに「知性をどう捉えるべきか」という教育の基本課題について考えてみたいと思います。著者は植物学者のステファノ・マンクーゾ氏と科学ジャーナリストのアレッサンドラ・ヴィオラ氏です。  彼らは知性を「問題解決能力」と定義したうえで植物の知性の性質を論じていますが、これは私たちが「頭がよい」と表現するように、知性というものを脳の属性・産物と捉える思い込みの再考を迫るものです

#16 学校教育の土台がゆらぐ⁉~井上智洋『人工知能と経済の未来』より~|学校づくりのスパイス

 今回は井上智洋氏の『人工知能と経済の未来――2030年雇用大崩壊』(文藝春秋、2016年)を手がかりに、AIをはじめとする技術進化が、今後の社会をどのように変え、学校教育にどう影響するかについて考えてみたいと思います。  昨今AIに関する著作は数多く出回っていて、なかには「AIが人間に代わって世界の覇権を握る」「人間が不老不死を獲得する」といった主張も見られます。そうした主張に比べ井上氏の議論はどちらかというとおとなしい方ですが、にもかかわらずAIの進化がもたらす劇的な社

#15 アイデアをかたちにする方法~岩佐十良『里山を創生する「デザイン的思考」』より~|学校づくりのスパイス

 今後の産業社会における競争力を考える中で、近年注目が集まっているのが、「アート」や「デザイン(思考)」です。今回はデザインの発想を戦略的に実現していく技法について、岩佐十良氏の『里山を創生する「デザイン的思考」』(KADOKAWA、2015年)から考えてみたいと思います。 試行錯誤ができない教育現場 筆者は仕事柄、教育委員会や学校のさまざまな改革支援に関係することがあります。以前はコミュニティ・スクールや小中一貫教育、最近は学校再編や多忙化対応の事案が増えました。これらの

#14「アート」な学校づくりの可能性~山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』より~|学校づくりのスパイス

 「学校経営はアートかサイエンスか?」――この議論は昔からありました。今日ではサイエンスの側面がより強調されるようになってきましたが、時代の変化を丁寧に読み解くと、今後はむしろアートの側面こそがその帰趨(きすう)を握る可能性があります。今回はこの点について、山口周著『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?――経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社、2018年)を手がかりに考えてみることにします。 「実学」としての「アート」 本書の冒頭で紹介されているのは、ア

#13「自分こわし」としての成長~大今良時『聲の形』より~|学校づくりのスパイス

 今回は大今良時氏のコミック『聲(こえ)の形』(講談社、2013~14年)を題材に、学校教育というシステムと人の成長との間の「軋み」について考えてみたいと思います。この作品は2016年に映画化もされて数々の受賞に輝くヒット作となりましたが、筆者のおすすめはコミック版です。というのも、この本で描かれているテーマは、反芻しながら自分のペースで読みたいものだからです。この作品には聴覚障害者へのいじめが描かれていることから雑誌掲載が一時見送られたそうですが、子どもにも教員にも、ぜひ読

#12 教職人生の「裏糸」~森健『小倉昌男 祈りと経営』より~|学校づくりのスパイス

 この連載がスタートして今回で12回目になります。普段はあまり意識することのない学校の姿も、見る角度を少し変えてみると、また違った姿に見えることがあり、それによって学校現場の教育活動もより膨らみのあるものになっていくかもしれません。そんな思いを頭の片隅に置きながら、筆者はこの連載を書いてきたつもりです。  そしてこの、見る角度を変えてみることの必要性は、教育者としての自分自身についても言えることだと思います。今回は「宅急便の父」として知られる小倉昌男氏についての森健氏によるノ

#11「精神論」のどこがいけないのか~鴻上尚史『不死身の特攻兵』より~|学校づくりのスパイス

 「精いっぱい努力すれば夢はかなう」「誠意を持って話せば必ず理解される」「どの子にも等しく可能性がある」といった精神論が学校で語られることは珍しくありません。これらは気持ちを鼓舞する比喩としては悪くはないのかもしれませんが、行きすぎると冷静な判断を阻害する結果になってしまいます。劇作家の鴻上尚史氏の著した今回取り上げる著作『不死身の特攻兵 ――軍神はなぜ上官に反抗したか』(講談社、2017年)は、この点を「特攻隊」という歴史的事実に光を当てて描き出した作品です。 「特攻隊」

#10「エビデンス」の功罪~ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』より~|学校づくりのスパイス

 今回は2016年の発売以来大ベストセラーとなり、ビジネス書大賞にも選ばれたユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』(河出書房新社、2016年)を取り上げます。上下巻併せて600ページ近い大著ですが、今回はとくにこの本の鍵概念である「フィクション」にヒントを得て教育におけるエビデンスについて考えてみようと思います。 ヒトを人たらしめるのは「フィクション」の力 本書はその書名のとおり人類の歴史を俯瞰して描いたものですが、その前半はホモ・サピエンスによる人類の統一劇のシナリオ

#9 ワクワクする学校再編のヒント~松村秀ー『ひらかれる建築』より~|学校づくりのスパイス

 学校再編に乗り出さざるを得ない自治体が増えています。2018年の7月に筆者の研究室で静岡県を対象に人口予測データを用いて学校配置可能数の試算研究をしてみましたが、通学圏内で一学年当たり小学校20人、中学校40人程度の規模を維持しようとすると、2030年までに少なくとも小学校で23%、中学校で16%程度の学校について配置見直しを検討する必要が生じるという結果が出ました。  当時、地元静岡新聞の一面で報道されて、大きな反響を呼んだのを憶えています。それだけ学校は地域の人々にと