アート×ビジネス共創事例紹介ー株式会社サンエムカラー[前編]
京都市アート×ビジネス共創拠点「器」では、文化と経済の融合を図る取組を推進するため、芸術関係者と企業等とのマッチングや交流の場や機会をつくりだしています。このnoteではアートとビジネスの共創事例をご紹介していきます。第一弾は、京都市南区にある株式会社サンエムカラー様(以下、サンエムカラー)です。
サンエムカラーは写真集、書籍、ポスターなどの印刷、文化財・美術作品のデジタル化・複製など、様々な特殊印刷に特化した印刷会社で、その高い印刷技術で美術展のチラシやカタログなども多く手がけられているので、社名を目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
近年、その高い印刷技術を生かし、現代美術分野のアーティストと作品制作に取り組まれています。主にUVインクジェットプリンター*を用いて、凹凸のある立体的な平面作品、見る角度によってイメージが変わるレンチキュラー印刷を用いた作品、木材やコンクリートに印刷した作品など様々な表現形態や媒体を探求し、アーティストの表現の可能性を拡張する事業を行っています。今回は、事業が生まれた背景や現在の課題、これからの展望について、お話を伺いました。
アーティストとの協働
ーアーティストとの作品制作はいつ頃から始められたのでしょうか。
木村浩さん(以下、敬称略):約4年前からです。特に若手のアーティストに向けてUVインクジェットプリンターを用いた作品制作のサポートを行っています。それまでは文化事業に対して協賛金を出すというオーソドックスな支援を行っていたのですが、正直なところ費用対効果を把握しづらい状態でした。だからといって撤退するのではなく、何か別の形でアーティストの支援方法がないかと考えていた頃にUVプリンターが導入され、弊社大畑と相談して直接的な金銭支援ではなく、制作面からなら少しでもアーティストの支援ができるんじゃないかと思いました。会社としてもまだ実験状態ですが、最近ではアーティストの作品制作でUVプリンターが常に稼働している状況です。
大畑政孝さん(以下、敬称略):現在は並行して5〜6名のアーティストの作品制作に携わっています。印刷条件に対する細かな調整が必要な時もあり、アーティストの方が社内で作業されることもあります。
井上泰さん(以下、敬称略):社内にアーティストの方がいることが日常的な風景になっていますね。会社としては創立40年になるのですが、これまで木村・大畑がアーティストと信頼関係をつくりながら口コミベースで広げてきました。今後は、より若い世代の社員にも関わってもらいたいという思いもあり、広報部を作ったり、BX推進室を作ったり、会社全体で取り組もうという時期にきています。
増田朱里さん(以下、敬称略):サンエムカラーにそのような動きがある中で、2023年の7月に入社しました。それ以降アーティストさんやギャラリーとの関係強化を推し進めています。アートのことは自分の身をもって体験しないと分からないと思い、ギャラリーやアートフェアなどに積極的に足を運んで、キュレーションや企画について勉強している最中です。また、広報活動の一環として、会社のインナーブランディングにも携わっています。
文化財複製技術のコンテンポラリーへの応用
ーサンエムカラーは美術系の印刷会社として、そのクオリティの高さは私たちもよく知っています。UVプリンターはこの事業のために導入されたのですか?
大畑:いえ、国宝の複製依頼があり、会長が外注ではなく社内に機械を置こうとなったのがきっかけです。長年、文化財のデジタル化や複製を手がけていて、その事業拡大の中で、大型スキャナーを導入し、UVプリンターを導入し、それをコンテンポラリーの作品制作に応用したという流れです。
井上:文化財の複製分野は競争も激しい。その時にコンテンポラリーの仕事がばっと動き出したんです。アーティストが新しい表現を模索する時に、弊社のUVプリンターに需要があるということが分かり、現在に至ります。機械のメーカーもこのようなサンエムカラーの使い方は想定外らしいです。元々弊社には画像処理の技術もあり、入力側のスキャニングも百億単位の画素数でとれる機械がある。入力からアウトプットまで一貫して対応できる強みがあります。
木村:最初は私と大畑の2名で始めましたが、社内ではアーティストと楽しそうに遊んでいるように見られていたと思います(笑)。今の日本が世界で活躍するために弊社ができることは現代アートの支援しかないと思っていたんです。というのも、以前に「これから日本が世界で活躍するには、ロボット・ロケット・アートだ」という話をネットなどで聞いたことがあったからです。弊社は美術印刷を長年手がけてきた実績があるので、これなら抵抗なく今すぐ行動に移すことができると考えました。まずは作品制作を始める前に、画家や芸術家という職業が公務員や会社員と同じように職業として成立する社会になるにはどうすればいいか、それに向けてサンエムカラーができることは何かなどアーティストのかたと雑談に混ぜて声をかけてヒアリングしていきました。
たかくらかずきさんというピクセルアートの作品をつくっているアーティストもその一人です。実際に出会ってから1年以上動きはなかったのですが、ある日たかくらさんから相談のメールをいただき、作品制作のお手伝いをさせていただくことになりました。今では弊社が作品制作をお手伝いすることで新しい表現を開拓するきっかけになったのではないかと思っています。
大畑:金氏徹平さんとも、見る角度によってイメージが変わるレンチキュラー印刷を用いた作品でご一緒しています。弊社のオフセット印刷事業でいわゆる著名なアーティストの作品集等を扱っているからか、敷居が高いという印象を抱くアーティストも多いです。アーティストの相談に乗る、コミュニケーションとりやすい会社と見られるようなリブランディングを行っているところです。
木村:弊社がアーティストと協力しながら作品制作をしていることはアーティスト同士の口コミで少しずつ浸透してきましたが、現在にいたるまでに4年かかりました。新しいことをするにはそのぐらいはかかりますね。サンエムカラーに入社してからオフセット印刷の弊社独自の印刷技術の進化も見てきましたが、UVプリンターを導入して、さらにサンエムカラーの新しい独自技術が生み出されていることに改めて驚いています。
井上:この事業を始めるまでの(創業からの)36年とこの4年では、進化の速さやレベルが全く違いますね。
木村:そのためには適材適所も大事ですね。ある1人の若手が大畑のチームに異動してから、ぐっと技術が上がったんです。人間って面白い。
大畑:私の部署には美大芸大出身者が多いので、元々からクリエイティビティが高いというのはありますが、思ってもみないことが起こることがあり、若手のエネルギーを感じます。
ー社内でも様々な変化・進化があるのですね。対外的には、協賛金を出すというかたちから、支援のあり方を転換されて、その費用対効果をどのように捉えていらっしゃいますか?
木村:ここ1〜2年はアートフェアへの技術協賛など、弊社作品制作への広報的な取り組みをしてきましたが、その効果は検証中です。会社だけではなく、業界全体、社会全体にこの取り組みがどう波及していくかも考えています。サンエムカラーもこの事業はまだ数名体制です。ただ、1人でも2人でも、会社の中にアート関係の部署がある企業が増えれば、業界・社会の状況は変わっていくのでは、と夢想しています。
ー小さな部署だと社内での認知も低く、経営状況が悪化すると閉鎖せざるを得ないこともあると思います。ただ、社会の中で「アート事業部」という部署があることが一般的になっていくと、簡単には閉鎖できなかったり、横のつながりで何か生まれてくるかもしれませんね。
井上:世の中を変えないといけないですよね。裾野を広げないとビジネスにはなりません。日本はアートにお金を使わない。このままでは、アーティストはどんどん外国に出てしまいます。サンエムカラーはコツコツとアーティストのサポートを進めて、パイを少しずつ増やしていきたい。こういう会社があってもいいですよね、と示していきたい。ただ、経営が成り立たなくなることは避けねばならず、この実験をいつまで続けるか、マネタイズも考えないといけない。次のフェーズにきていると思います。
次のフェーズへ ー 印刷物の体験を拡張する
木村:次に向けて今取り組んでいるのは、アーティストの作品集制作です。若手が出版物を出すのはどんどん厳しい時代になっているけれど、弊社のプロジェクトの条件の中でギャラリー様や芸術団体様と協業して作品集をつくることで、若手アーティストのチャンスの機会を広げられないかと思って新しいプロジェクトを進行しています。アーティストが所属するギャラリー様にとっても海外フェアなどで現地の美術関係者に向けての紹介ツールにもなります。ギャラリー様や芸術団体様を巻き込んで若手アーティストに、本を世の中に出せるチャンスを増やす基盤を作り、それを今後、ビジネスに繋げていくことができたらと思っています。
大畑:そのために、アートにおける本とはどういうものか、様々な検証を行っているところです。印刷業界も斜陽産業です。印刷物は当然減るし、雑誌がなくなり、文庫本がなくなり、小説がなくなる時代がやってくるかもしれない。でも紙でないといけないところが絶対にあると思うんです。この先、どういう本が必要とされるか、本というプロダクトはどのようなかたちで未来に接続していくのか、本という体験をどう拡張するのか、それを打ち出さないといけません。アート業界のサンエムカラーではなくて、印刷会社としてのサンエムカラーの責務で、そこで出した答えがアート業界と共有できるのではないかと考えています。そこでマネタイズだったり、サンエムが進む道っていうのが見えてくるのではないかと。
木村:長いスパンの話です。だからやり続けないといけないです。その胆力も必要ですね。ただ企業なので、不透明なことをやるのは難しい部分もあります。誰かが強引な手腕を振るわないといけないところもありますが、その分責任も負います。弊社は理解のある人たちが周りにいてくれたので形になったというところもあります。
大畑:これまで木村さんと私の2人で、種まきや土壌作りをしてきたのですが、最近社内でも少しずつアーティストの作品や小ロットの本を作るという仕事が動いていて、だんだん本流と合流してきている気がします。
ートップダウンではなく、社員さんの挑戦や実験を受け入れる大きな土壌というのもサンエムカラーの特徴のように思います。
井上:そこはやはり会長のマインドが大きいですね。技術は全部オープンにして、競争相手を振り落とすのではなく共有する。でも自分は絶えず前を走る。このマインドがなくなり、価格競争だけで闘おうとすると、会社としてはだめになってしまうでしょうね。そのマインドや姿勢はサンエムカラーの生命線。それがアーティストとの協働事業にも反映されていると思います。
サンエムカラーの高い技術力・実験精神とアーティストの創造性が交差する現場を支えているのは、知識や経験をシェアし、絶えず先を見て新しいものを生みだそうとする姿勢なのでしょう。
今回は様々な作品や印刷物が生まれる現場(社内・工場)も見せていただきました。
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