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京子先生の教室2「ゆうれいが教室にいる話?!」

 2年生の京子先生の教室では、毎日朝の会で日直さんがスピーチをしています。内容は自由です。

「ぼくは、きのうおにいちゃんとこうえんでサッカーをしたことをはなします。おにいちゃんはサッカーが上手です。だから・・・」

「わたしはいま、うさぎをかっています。なまえはななこです。ななこは、とてもおとなしくて、おりこうさんです。このまえ、・・・」

 こんな具合です。もうすぐ日直の順番が回ってくるとわかると、子ども達は2年生なりに準備をしています。心配な子は、メモに書き下ろし、片手に持ってスピーチをします。今日はどんな話になるのか、スピーチする方はドキドキ、聞く方はワクワク、そんな朝のスピーチでした。

 ある日のこと、ちょっとはにかみ屋の正太郎君にスピーチの番が回ってきました。いつもの日直さんのように正太郎君も前に出ました。どんな話が飛び出すのか、みんなジッと正太郎君を見ました。ところが、正太郎君はモジモジした後、

「ぼくは、はなすことはなにもありません。」

と言ったのです。みんなは「えっ?」という顔をしましたが、

「なんでもいいんだよ。」「そうだよ、あそんだことでも、ゲームのことでもなんでもいいんだよ。」「しんぱいしなくていいから、はなすといいよ。」

「だって、なにもないもん・・・。」

「きのうなわとびをしました。たのしかったです。それでいいんだから。きのういっしょにしたでしょ。」

「いやだ、はなすことは、なにもない!」

「正太郎君、みんなもあんなに言ってくれてるでしょ。今、心の中にあることな~んでもいいんだよ。おもしろかったテレビの話でもいいよ。だれも、おこったりしないし、しっかり聞いてくれるよ。」

 クラスの子ども達も、私も、緊張している正太郎君を励ますように、ちゃんと役目が果たせるようにやさしく話しかけました。でも、それは正太郎君にとって、逆に追い詰められた事になったのでしょうか。下を向いてべそをかき始めました。『さて、こまったな。あんまり無理言ってもねえ。どうしようかな。』京子先生が考え始めた時でした。

「はなすことなんか、なにもないもん!なにもないもん!! ゆうれいが、きょうしつにいるはなしぐらいしかないもん!え~~~ん。」

と泣きながら叫んだのです。

「えーーーーっ?!」

教室の空気が一瞬に凍りつきました。『ゆうれいが教室にいる話?』2年生の子ども達です。みんな固まっています。もちろん、京子先生も固まりました。京子先生はつばをゴクンと1回飲み込んで言いました。

「そのゆうれいの話ならできるの?」

「うん。」

「じゃあ、その話でいいからスピーチしてね。」

「はい。・・・・・このきょうしつには、ときどきゆうれいがきます。おとこのこのゆうれいです。べんきょうちゅうは、うしろのすみっこで、わらってみています。でも、ときどきろうかにでて、まどからこっちをみててをふります。だから、ぼくもてをふります。これでおわります。」

 正太郎君は礼をして、何もなかったように席に戻りました。いつもなら、すぐに拍手が起こるのですが、だれも手をたたけませんでした。京子先生もしばらく呆然としていました。

「あ、は~い拍手~。パチパチ、パチパチ。ありがとう正太郎君。ちゃんとスピーチができて良かったです。では、国語の授業を始めましょうかね。」


 この時、京子先生も子ども達も、だれもこの話にふれようとはしませんでした。禁断の世界へ入っていくようで怖かったからです。でも、その後、子ども達の中では、この話にいろんな尾ひれがついて静かに浸透していきました。昔、お墓だったところに建った学校の怪談話として・・・!


37年間の教師生活で、こんな一瞬にみんなの関心をつかみ、衝撃の世界に引き込んだスピーチはなかったなあとふりかえる京子先生でした。

                            おしまい




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