スロヴェニア語について

こんにちは。キョンです。

12月26日はスロヴェニアの独立記念日だそうです。スロヴェニアは1991年に旧ユーゴスラヴィアから独立した国家であり、旧ユーゴスラヴィアの構成国家の中ではいち早くEUに加盟(2004年)したのです。

今回は、スロヴェニアの独立記念日とのことで、ここで少しスロヴェニアの公用語であるスロヴェニア語についてご紹介したいと思います。


スロヴェニア語の基本情報


スロヴェニア語は、スラヴ語派の内の南スラヴ語群に属しています。スロヴェニア語は、ロシア語やウクライナ語などの親戚に当たるのです(人間界で例えるならば、ロシア語が「私」だとすると、スロヴェニア語はおじさん・おばさんに当たるのかな)。

スロヴェニア語はスロヴェニアを中心に約200万人に使用されています。スロヴェニア以外にもイタリアやオーストリアにも話者が存在しています。なお、イタリアで話されるスロヴェニア語にはレージア語(ないしはレジア語)とも呼ばれています。

スロヴェニア語は方言差が著しいことで知られ、狭い国土の中に8つの方言群が存在しています。また、標準語は書き言葉と話し言葉の2つの形態が存在しているのです。ですので、真にスロヴェニア語を知りたいとなると、話し言葉に書き言葉、さらには方言の知識を身につけなければならないのです。

また、スロヴェニア語は、スロヴェニアの南に位置しているクロアチアの公用語、クロアチア語に一番近いとされていますが、相互理解は困難と言われています(クロアチア語の一部方言などでは相互理解が可能)。

スロヴェニア語の歴史

スロヴェニア語がこの世界に登場したのは、10ー11世紀だと言われています。スロヴェニア語最古の文献とされているのは、「フライジング文献」とされています。しかし、これをスロヴェニア語の最古の文献としても良いのかどうか、研究者の間でも論争があります。ただ、唯一言えることは、この文献が古いスラヴの言葉であるということです。

16世紀後半になると、宗教改革者のボホリチのよってスロヴェニア語初の文法書が出版されました。彼が作り出した正書法は1840年代まで使用され、後世に大きな影響を与えました。17世紀に入ると、反宗教改革の嵐がスロヴェニアに入り込みました。スロヴェニア語の権威は一時的に落ちたものの、現地のプロテスタント、カトリックの両協会の間ではドイツ語と並んでスロヴェニア語も細々と使用されていました。なお、当時のスロヴェニア地域は神聖ローマ帝国・ハプスブルク帝国の一地方であり、公用語はドイツ語でした。そのためドイツ語は支配階層の言語であり、スロヴェニア語は被支配層の言語だったのです。

標準スロヴェニア語の整備が始まったのは19世紀です。現在のスロヴェニア語の礎を築いたのはコピータルという人物でした。彼は当時のスロヴェニア地域の様々な方言をまとめて、標準的なスロヴェニア語の形成に力を注いだ人物と知られています。まだ当時は統一的なスロヴェニア語が形成されていなかったのです。
コピータル以降になると、公の場で「スロヴェニア語」という言語名が徐々に普及し始めました。

また当時はイリリア運動という言語・民族統一運動が盛んでした。イリリア運動は、南スラヴ民族・南スラヴの言語(セルビア語、クロアチア語とスロヴェニア語)を融合させようとした運動です。この運動はクロアチア人によって進められましたが、スロヴェニアの知識人やセルビア人の反発が大きかったので、この運動は成功しなかったのです。しかし、スロヴェニアには一定の影響力を残したのも事実なのです。

スロヴェニア標準語は、19世紀に確立されました。標準語は主に16世紀に使用されていた当時の言語が標準語として採用されました。このことによって、文語と口語の間には大きな乖離があるのです。なぜ、16世紀の言語をモデルに標準語を作ったのでしょうか。それはスロヴェニア語の方言的差異が大きかったことや、純粋主義が影響していると言われています。

第一次世界大戦後、スロヴェニア語は初めて公用語の地位を獲得しました。ただ、当時スロヴェニアはセルビア・クロアチア・スロヴェーン人王国の領域であり、セルビア語・クロアチア語よりは下に見られていたのです。それに対抗すべくスロヴェニア語の新聞、ラジオ放送などが始ました。1919年にはスロヴェニアの首都・リュブリャーナにリュブリャーナ大学が設置されました。1945年にはスロヴェニア語研究所も開設され、スロヴェニア語の地位は格段に向上したのです。

そして、1991年にスロヴェニアは独立し、名実ともに一国の公用語となったのです。

スロヴェニア語の文法的特徴

スロヴェニア語はスラヴ語派の1言語であることは先述のとおりです。ロシア語やウクライナ語などを学んだことのある方はご存知でしょうが、スロヴェニア語は語系変化が豊富な言語です。名詞(男性・女性・中性の3性存在します!)には6つの格(主格・属格・与格・対格・具格・前置格)が存在し、動詞は人称によって変化します。また、単数と複数の他に、双数(両数とも)という、二つのものを表す時に使われる数カテゴリーも存在するのです。これは現代のスラヴ語ではソルブ語とスロヴェニア語にのみ存在するのです!

以下に名詞と動詞の語系変化を示すので、どうぞご覧ください。

名詞:dežnik(傘・男性名詞)
   単数      双数         複数
主 dežnik     dežníka          dežníki
属 dežníka     dežníkov        dežníkov
与 dežníku     dežníkoma    dežníkom
対 dežník       dežníka          dežníki
具 dežníkom  dežníkoma    dežníki
前 dežníku     dežníkih         dežníkih

動詞:délati ~する

  単数    双数    複数

  1.   délam       délava           délamo

  2. délaš          délata           délate

  3. déla           délata            délajo 

また、スロヴェニア語は、英語やドイツ語など、西ヨーロッパの言語に見られる完了時制はありません。代わりに動詞の体(アスペクト)が存在し、動作が1回限りなのか(完了体)、動作が複数回行われるのか(不完了体)を区別しています。そのため、単語を覚える時に、動詞については完了体と不完了体をペアで覚える必要があるのです。

スロヴェニア語を学ぶには

日本にはスロヴェニア語を専門に学ぶことのできる教育・研究機関は今の所存在しません。しかし、東京外国語大学では、スロヴェニア語の授業が開講されています。そして、社会人や学外向けに、東京外国語大学のオープンアカデミーでも、スロヴェニア語の講座が存在しています。私も、東京外大のオープンアカデミーにてスロヴェニア語の初級の授業を受講しています。

なお、独習用教材として、金指久美子(2001)『スロヴェニア語入門』をお勧めします。私もかつてこの教材を使用して勉強したことがあります。各課の分量も程よく、難なく学習できました。しかし、この教材は入手し難いこともあり、外国人向けスロヴェニア語の教材をスロヴェニア本国から取り寄せることも可能です。

文法書は同じく金指久美子(2022)の『スロヴェニア語文法』をおすすめします。これは、日本で唯一のスロヴェニア語の文法書です。

終わりに

以上、勢いだけでスロヴェニア語について書いてみました。日本語や、一部記述に誤りや曖昧さ、不足点があると思います。間違いがないように書いたつもりですが、誤りがあった場合は、どうかご容赦ください。

この文章を読んでいただき、スロヴェニア、あるいはスロヴェニア語・文化に興味を持っていただければ幸いです。

ご静聴ありがとうございました。

参考文献:

伊東一郎編(2022)『スラヴ民族の歴史』、東京、山川出版社
金指久美子(2013)「古代スラヴ語研究史における『フライジング文書』」、東京外国語大学論集、巻86、pp1-18
金指久美子(2022)『スロヴェニア語文法』、東京、三修社
三谷惠子(2011)『スラヴ語入門』、東京、三省堂
T.M.S. Priestly(1993) "Slovene", Bernard Comrie & Greville G. Corbett "The Slavonic Languages", New York, Routledge



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