小説「仇討ちのブラッドフラワーズ」① ~ジョジョの奇妙な冒険より

 こんばんは。私です。

 ツイッターもやっているのですが、今日、さるお方から、スタンド名(漫画のジョジョの奇妙な冒険を参照してください)を頂きました。たいそう感激しました。それが、小説の表題の「ブラッドフラワーズ」です。

  予期せぬ長期休暇。(まさか今年もそうなるとは)外出も飲酒もままならないですが。なればせめて、創作に力を入れてみよう。そう思いつつ、物語を考えてみた次第です。ダメだったらすぐに消します。消したくないけど。最後の情景だけは、もう頭の中にありますが、無事に最終回までたどり着きますかどうか。ではどうぞ。

「仇討ちのブラッドフラワーズ」
              
 Ⅰ
 
 ディマイヤ・ケイが、連絡の途絶えた悪党仲間の「アニキ」を見つけたのは、ロープウェイの駅の近くの側溝のなかだった。彼は虫の息で、顔は元がわからないくらいに殴られており、全身の骨もバラバラだった。ディマイヤは、自分たちのような無法者が御用達にしている病院にかつぎこみ、身銭を切って、治療費を払った。しかし、医者はディマイヤに「アニキ」は一命こそとりとめたものの、再起不能に近い状態であり、仮に奇蹟が起きても、悪党としてのカムバックは不可能である、と見立てを告げた。ディマイヤは、恐怖を覚えると同時に、訳の分からない怒りがこみあげてくるのを感じた。かつて覚えたことのない感情であり、「義憤」ともいえるものだった。

 ディマイヤは、クアラルンプール近くのスラム街で生まれた。物心ついた時にはすでに親に捨てられていた。子供の頃から盗みや暴力を覚えたが、体は小柄で容姿も頭脳も並だったので、いつも飢えて、誰よりも孤独だった。
 能力のすぐれない悪党が、孤独を感じるのは当然のことだったが、能力以外にも、ディマイヤが孤独を感じていたのは、「自分にしか見えないペン」のせいであった。

 そのペンは、自分の意志で自由自在に手の中に出せた。それで書いた文字は、消しゴムや水や油では消せなかったが、24時間以内なら、自分の意志で消せた。ペン本体は、自分以外の誰にも見えなかったが、書いた文字は他人にも見ることができた。
 能力が発現した8歳の時、そのころはまだ通えていた学校で、クラスメイトに得意げに披露した。これは、自分にしかできない特殊な手品なのだ。ディマイヤはそう思っていた。

 ディマイヤの「手品」にクラスメイト達は最初こそ感心し、喜んで見せたものの、ディマイヤが、「自分にしか見えないペン」で書いた「文字」を見せると、彼らは著しく、無気力になった。
「なんだ。このダルい感じは。なんにもやる気がしねえ。もう息をするのもめんどくせえ」
 倦怠感と自己に対する嫌悪感は一分ほど続くが、それ以上経つと霧散するのである。ディマイヤの手品を見ると、気分が悪くなる。得体のしれないヤツだ。クラスメイト達がディマイヤを遠ざけ、いじめを始めるのに、さほどの時間はかからなかった。

 ディマイヤは、学校に行かなくなり、しばらくの年を経て生家を飛び出し、シンガポールに流れ着いた。ケチな盗みや恐喝を働いたり、自分より格上の悪党の下働きをすることで、どうにか飢えない程度の生活を送ったが、途中で何度か生死をさまよう羽目になった。そのたびに、ディマイヤの心はうつろになっていった。

 状況が変わったのは、三年前、ディマイヤが18になった時である。ある日、ダウンタウンの大通りで観光客に寸借サギでもしかけるか、と考えついたディマイヤは、ねぐらを後にして大通りへと足を進めた。途中の路地に差し掛かった時、大男が、日本人観光客相手にカツアゲを仕掛けているのを見た。大男はその観光客を、路地の奥に連れ込んだ。ディマイヤは、気づかれないように後を追った。カツアゲ男がなんだか気にかかったのである。

 汚れた路地裏で、大男は観光客の男をゴミ袋でも置くように、無造作に足元に座らせた。日本人がおびえた目で大男を見上げる。そのアゴあたりに、蹴りでも食らわせるのだろう、そう思っていたディマイヤの予想は裏切られた。大男の体が、一瞬金色に輝き、彼がかざした右手から、黄色のゼリー状の物体が、日本人の口めがけて飛んだのだ。そしてそれは、日本人の口元をふさいで、べたりと鼻孔近くまで貼りついた。
「大声出されたらかなわねえからな。」
 大男の顔が、それこそゼリーのように醜い笑顔にゆがみ、今度は左手がかざされた。べちゃっと音をたてて、再び放たれたゼリーは、今度は日本人の全身に貼りつき、自由を奪った。
 その様子を見て、ディマイヤは息を呑んだ。ゼリーに驚いたのはもちろんだったが、大男が一瞬放った光にも驚かされた。それは、自分が「見えないペン」を出す時に放つ光と、同じものだったのだ。
「そ、それは……」
 こらえきれずにディマイヤは声をたててしまった。
「てめーッ!見てたのかッ!誰だッ!」
 大男の声と同時に、日本人に貼りついていたゼリーの拘束具がすべて外れた。すでに気絶していたらしく、大男の足元に日本人が崩れ落ちる。それをまたいで、大男がディマイヤの方へ足を踏み出す。
「ん?お前……妙だな。まずとらえろ!」
大男の手から、ゼリーがほとばしり、衝撃で棒立ちになっていたディマイヤの足に絡みついた。バランスを失い、地面に倒れたディマイヤは、まだ自由になっていた左手で、ジーンズの尻に入れているメモ帳をまさぐった。もしかしたら。もしかしたら。だが、メモ帳にたどり着く前に左手はゼリーにねじ上げられ、右手もペンを出した状態で動きを封じられた。
「しみったれたビンボウくせえガキのくせによッ。調子ぶっこいてんんじゃねえぞ。とりあえず、有り金をだすんだな」
「ま、待ってくれ、な、なああんた…コレが見えるのか?このペンが?」
「なんだぁッ?そのヘンな形のペンは?ダセーなッ!金にもなりゃしねえだろうがよーッ?」
 ディマイヤは、ペンを手のひらで出したり消したりして見せた。大男の顔に、驚きの表情がうかぶ。
「そいつは…そいつはなにが出来るんだ?」
「なにが、出来る?ああ、書ける。文字や、絵を書ける」
「へっ?」
 大男は一瞬笑ったが、それはすぐに怒りの表情に変わった。
「てめーッ!俺様をなめてんのかッ?書けるのはどんなペンだって出来るだろうがよ!何が出来るのか、どんな力があるのか?って聞いてんだッ!このダボハゼがッ!」
「ま、待ってくれ、書けなきゃ意味がないんだ。見せてやるから、手を自由にしてくれ!」
「俺様に指図すんのかよ!」
 大男の目が細くなり、思案の色を見せた。それと同時に、ディマイヤの両手の拘束が解かれたが、それは腕から下の半身に移動し、大蛇のように巻き付いた。
「一瞬で俺様の命を奪える力じゃないみたいだな…だが、ヘンな真似をしたら、お前の体を半分にしてやる。やってみろ!」
 ディマイヤは、見えないペンを出現させた。しかし、メモ帳をポケットから出すのを忘れていた。これ以上、大男に頼むのは剣呑だったので、地面に、慌てて「A」を書いた。恐怖に駆られて、ゆがんだ文字を見た大男の目が、すぐにうつろになった。
「ああ…なんだ、このダルい感じは……」
大男がため息をつく。それと同時に、ゼリーの拘束が緩まった。逃げ出せそうだったが、大男に対する好奇心の方が勝っていた。30秒ほど経って、大男の様子が元に戻った。
「これが…このペンの能力か?」
「そうだ。1分間くらい、見たヤツのやる気を奪えるんだ」
「1分……だとッ!」 

 大男が、こらえきれないように笑い出した。端正と言えなくもない顔は、怒った時と同じように、醜くゆがんだ。黙っていればそれなりの男前なのかもしれなかった。ゼリーの拘束は、笑いが続くほど徐々に緩んでいったが、完全には外れなかった。しばらく男は笑い続けたあと、目元の涙をぬぐいながら、ゼリーの拘束を全て解いた。
「変わってんな。俺様とは全然違うタイプか。ガキ。お前、名前は?」
「ディマイヤだ」
「よしディマイヤ、じゃあそいつの名前は?」
 ディマイヤには、一瞬、大男の言った意味が分からなかった。そいつ?このペンの名前のことなのか?
「名前…?そんなの、ないよ。僕は、見えないペンって呼んでたけど」
「見えないペン?ダッセーっ!そいつは究極にダセえな!そのまんまじゃねえか?ハンサムな俺様を見習って、いい名前をひねりだせよ!もっとも、そんなアタマがお前にあるとも思えねえがなあ!」
「なんだよ、それ。じゃあアンタのそのゼリーみたいなやつに名前はあるのかよ?」
「あるさ。イカした名前がな。でも今は教えねえ。おい、ディマイヤ。お前、俺様と組むか?」
「組む?組むって何を」
「お前も、そんな力があるってことは、今までロクな暮らししてねえんだろ。だがな、俺様と組んだら、ちったあマシになるかもしれねえぜ。俺様もお前みたいなやつを見たのは初めてだからな。その力も、まだ色々使い道が見つかるかもしんねえしよ」
「僕と、僕と…組む、だって……?」
 投げかけられた言葉の意外さに、ディマイヤが立ちすくんでる間に、大男はジャケットのポケットに手を突っ込み、肩で風を切って歩きだしていた。
「こねーんなら置いてくぜ。ただし、次に顔を見かけたら殺す」
 一瞬ためらったが、ディマイヤは大男の後を追って足を踏み出していた。
「アンタ、名前は?」
 大男は振り向きもせず、名前を告げたようだったが、通りがかったトラックの音にかき消されて少ししか聞こえなかった。まあいいか、後で聞くか。
 なぜか、自分の目元に涙がたまっているのが分かった。初めてだった。自分の見えないペンが、見える人間は。初めてだった。ディマイヤは、大男が振り返らないように願いながら、あふれてくる涙をぬぐった。

(続く)
 

 

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