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HOKUSAI PROJECT Vol.4 【永遠の時】



「遠くへいってはいけないよ。」

子どものきみは遊びにゆくとき、いつもそう言われた。いつもおなじその言葉だった。誰もがきみにそう言った。きみにそう言わなかったのは、きみだけだ。

「遠く」というのは、きみには魔法のかかった言葉のようなものだった。きみには、いっていはいけないところがあり、それが、「遠く」とよばれるところなのだ。

そこへいってはならない。そう言われれば言われるほど、きみは「遠く」というところへ、一どゆきたくてたまらなくなった。

「遠く」というのがいったいどこになるのか、きみは知らなかった。
きみの街のどこかに、それはあるのだろうか。きみは、きみの街ならどこでも、きみの掌のように、くわしく知っていた。

しかし、きみの知識をありったけあつめても、やっぱりどんな「遠く」も、きみの街にはなかったのだ。

きみの街には匿された、秘密の「遠く」なんてところはなかった。「遠く」とは、きみの街のそとにあるところなのだ。


ある日、街のそとへ、きみはとうとう一人で、でかけていった。街のそとへゆくのは、難しいことではなかった。街はずれにの橋をわたる。

あとはどんどんゆけばいい。きみは急ぎ足で歩いていった。ポケットに、握り拳を突っこんで。急いでゆけば、それだけ「遠く」に早くつけるのだ。そしたら、「遠く」にいった、なんてことに誰も気づかぬうちに、きみはかえれるだろう。
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けれども、どんなに急いでも、どんなに歩いても、どこが「遠く」なのか、きみにはどうしてもわからない。きみは疲れ、泣きたくなり、立ちどまって、最後にはしゃがみこんでしまう。

街から、ずいぶんはなれてしまっていた。そこがどこなのかもわからなかった。もどらなければならなかった。

きた道とおなじ道をもどればいいはずだった。だが、きみは道をまちがえる。何べんもまちがえて、きみはワッと泣きだし、うろうろ歩いた。

道に迷ったんだね。誰かが言った。迷子だな。べつの誰かが言った。迷子というのは、きみのことだった。きみは知らないひとに連れられて、家にかえった。叱られた。「遠くへいってはいけないよ。」

子どもだった自分をおもいだすとき、きみはいつもまっさきにおもいだすのは、その言葉だ。

子どものきみは「遠く」へゆくことをゆめみた子どもだった。だが、そのときのきみはまだ、「遠く」というのが、そこまでいったら、もうひきかえせないところなんだ、ということを知らなかった。

「遠く」というのは、ゆくことはできても、もどることのできないところだ。おとなのきみは、そのことを知っている。

おとなのきみは、子どものきみにもう二どともどれないほど、遠くまできてしまったからだ。

子どものきみは、ある日ふと、もう誰からも「遠くへいってはいけないよ」と言われなくなったことに気づく。

そのときだったんだ。そのとき、きみはもう、一人の子どもじゃなくて、一人のおとなになってたんだ。

「あのときかもしれない四」(長田 弘より)

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この、本当に美しい作品は、スペイン在住のノア君、4歳のもの。

なんて素敵な空の色なんでしょう!

彼のお母さんは、17年前に、一緒のスポーツ競技のチームメイトだった人。

ポジションを巡って、とかく競い合いになりがちなムードので、彼女は、自分をカウントに入れず、常に、差し出す人だった。

もしよければ、是非、未来の画伯にコメントを!笑

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