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#16 崩壊と再生のエフェメラーゼ / Ephemerase of Collapse and Rebirth




I. 着想: エフェメラーゼ

偉そうに講釈垂れる部外者,いちいち訂正しないと気が済まないクソリプマスター,他人のプライベートに必要以上に踏み込んで口を挟む奴,どこにもいけ好かない奴はいるものだ.まあ少なくともこの記事を読んでいるような諸君の中にはこのような者はいないだろう.そう信じたい.

基本的に「弾けない曲」は作らない方針なのだが,今回はこの方針を無視した.指の数は足りるのだが,早過ぎて恐らく弾けたものではないし,実際私は弾けなかった.

どうやら,純粋に内なる感情を淡々と書き出すには人力というトリガーを外した方が好都合らしいということを今回の制作を通して学んだ.とはいえ次回以降はまた弾ける曲を作るという方針に戻すが.

英語にはエフェメロン(ephemeron)という名詞がある.どちらかというと形容詞形のエフェメラル(ephemeral)の方が使用頻度は高い.語感も含めて日本語に訳すとしたら,儚さを表す「泡沫」である.-aseというのは酵素に使われる接尾辞だ.プロテアーゼとかアミラーゼとかね.要は造語である.架空の物質だ.怒りに掠める理性のようなものだ.頭に血が上ると分泌されるがすぐ消えてしまうからいくら壊しても壊しても再生してしまう.

怒りを表す調といえば専らニ短調,ト短調,ハ短調,ヘ短調の4つが圧倒的だ.今回は手癖の問題でハ短調を採用する.こういうストレートな題材では転調は不要.終始ハ短調で駆け抜けよう.


II. 解説: 緩急自在

開幕,初手から変拍子である.3+2ではあるのだが,強弱弱+強弱のタイプではなく,3拍子の方が実質的には2拍子(付点8分音符2つ分)であるため,拍だけでいえば強弱強弱である.書くとしたら3+2=1.5×2+1×2である.

パンドラの中間部のようなイメージで,猛り立つ嵐のような場面である.パーカッシブにしっちゃかめっちゃかやる部分.楽しい.こういう部分はコード進行のセオリーはある程度無視しても何とかなる.一応基軸になっているのはCmで,次にGm → DdimとかC/E♭ → G7とかCdim/G♭ → G7/DとかGm → D7とか.

ここまでは頑張れば弾けるが,問題が9,10小節目から.9連符である.弾けるわけがない.コード的にはD → Gsus4 → G.まだ右手なだけ手心がある.手心がないのが次からの[A]だ.しばらく左手に9連符が続く.デジタル音楽だからこそやれることだ.

この曲では二種の下降進行を使っている.一つはスケールに沿って下降するパターン,すなわちCm → B♭ → A♭M7 → G → Fm7 → E♭M7 → D → G.これをパターンαと呼ぶことにする.もう一つは,半音ずつ下降するパターン,すなわちCm → Bm7(♭5) → B♭M7 → Am7(♭5) → A♭M7 → Gm7 → D/F# → G.これをパターンβと呼ぶことにしよう.

[A]はパターンαである.左手がごちゃごちゃしているので主旋律自体はシンプルなものにした.[B]は[A]に合いの手を入れたもの.LisztのLa Campanella (S. 141-3)を意識しているのは言うまでもなかろう.鐘である.どこの鐘かといえば教会の鐘である.教会といえばキリスト教,キリスト教といえば十字架だ.44小節目の主旋律には十字架音型を用いている.

ソ~ファ#ラ♭ソ~の部分が十字架音型である.特にこの場合,実際弾いてみると手が十字架を切っているような動きをする.

[C]はパターンβ.(弾く場合には)安らぎパートである.簡単.ここまでの[A]~[C]が1セット.いったん[D]の話を飛ばすが,[E]~[G]は[A]~[C]のコード進行を丸ごと入れ替えてある.すなわち,[E], [F]はパターンβに,[G]はパターンαになっている.同じコード進行が続くと楽しくないからというだけの理由である.

[D]は冒頭の変奏.最初の4小節は左手独奏にアレンジした.70小節目の32分音符は弾けるわけもない.

[H]からは「再生」の部分.長調というほどでもないが多少は明るくなる.ちょっとアニソン風.A♭M7 → A♭m7 → E♭/G → Cm7 → Am7(♭5) → A♭M7 → Gm7 → Bm7(♭5) → Cm9となる.[H]の135小節目の左手の4音目からはスタッカートを外してペダルを踏むので注意.

[J]は再び「崩壊」.[D]と同じである.[K]はFmスタートで,Fm → B♭ → E♭ → A♭ → Ddim → G → Cm → B♭…である.明るすぎず,かといって暗すぎもしないような雰囲気を目指した.ここは崩壊と再生が入り乱れているイメージである.[L]は[D]や[J]の変奏で,左手独奏に右手で遊びをぶち込んだ.最後はCmでフィニッシュである.


III. あとがき: 唇の記憶

金管楽器は唇に2つの記憶を残す.一つは歯形.長時間吹いていると裏唇にはっきりと前歯の跡が残るのだ.もう一つは味というか匂いというか.マウスピースの金属っぽさが唇に乗る.しばらく唇が金属くさくなり,少し舐めてみると鉄のような味がする.

うちの彼女は暇なときにたまに防音室を借りて自分のトランペットを吹いている.先々週の金曜もそうだった.いつもよりは数時間長く留守にしていたと思う.半日ほど経って吹いて満足して帰ってきたときのことである.彼女の唇から金属の味がした.

この金属の味は私に中高の部活を想起させた.久しぶりにトロンボーンを吹きたくなってきた.とはいえ一過性の感情だろう,どうせ数日経ったら忘れる.そう思っていて一週間が経ったが,その件以来頭の片隅に常にトロンボーンがいた.

流石に我慢ならず,今週の月曜,吹奏楽サークルの友人に頼んで楽器を貸してもらったのだが,久しぶりに音を出した刹那,私の頭に浮かんだのは「購入」の2文字であった.

トロンボーンはグレードにもよるが,最低でも20万はする.良いものを買うなら50万だ.いずれにせよ高価なのだから,選定は慎重にならねばならない.貯金は十分にあるから最悪選定に失敗しても売却して買いなおせばいい話なのだが,それでも結構な額のロスになる.

個人的にメーカーは2択,BachかYAMAHA.ボアは太管一択.候補はBach 42BO,YAMAHA YSL-882O,YAHAMA YSL-882OR,YAMAHA YSL-825の4本だ.

このうち,42BOとYSL-882O/882ORは京都に在庫がある店舗があったのだが,YSL-825はネットで調べられる限りは在庫のある店舗が見つからなかった.色々電話もかけてみたがどうやら京都市内に825が置いてある店がないようだ.

となると大阪か……と調べてみると,案の定825の在庫が見つかった.しかもちょうど良いことに42BOも882(O/OR)もすべて揃っている.場所も大阪の駅前.車を使えば1時間半程度で着くだろう.

そうとなれば売れてしまう前に急げと,月曜の昼下がり,まだ昼飯も食べていないのにそのまま車を出した.

平日といえど京都は読者諸君の想像通り混雑を極める.特に名神なんかに乗ってしまった日には,酷いときだと渋滞に巻き込まれて下道の方が早かったなんてこともある.高速なら第二京阪だ.とはいえ第二京阪のICに行くところまでの下道は,これはこれで混雑する.恐らく今日は平日,まして月曜だから,まさかそんなこともないだろうが.

車内BGMはP. SparkeのMusic of the Spheres.○華高校の演奏が有名だが,あれはテンポが速過ぎて情緒もへったくれもない.あの長尺の美味しいところを無理矢理制限時間に詰め込もうとし過ぎている.

高校時代,これを顧問は「宇宙の音楽」という邦題からよくスペルを見ずに「ミュージック・オブ・ザ・スペーシーズ」と呼んでいたが,正しくは「ミュージック・オブ・ザ・スフィアーズ」だ.本来であれば「天球の音楽」と訳すのが正しい.

終盤,「HARMONIA」「THE UNKNOWN」で,トロンボーンの美味しいところが畳み掛けてくる.トランペットと一緒にファンファーレを高らかに歌い上げたあと,木管楽器の壮麗なモチーフの裏で,トロンボーンは勇壮なオブリガードを添える.続けざまの「THE UNKNOWN」では再度トランペットと共に,広大な宇宙を強く想起させる雄大な旋律を奏でる.

これをやったのがコンクールではなく定演でやれたのは幸運だった.コンクールだったら○華ばりの酷いカットとテンポアップによりガチャガチャに原曲レイプされていただろう.

続くのはC. T. SmithのDance Folâtre.中間部にトロンボーンのファンファーレがある.この曲が終わるぐらいの頃に高速道路に入った.

うっかり法定速度を超えないよう気を付けながら,あれよあれよという間に府境を越えた.目的地が近づくにつれ気分が昂ってくる.

更に続くのは樽屋雅徳の「マードックからの最後の手紙」の特別版.有名なので説明は不要だろう.私のオケアノスはこの曲の影響がかなり大きい.海関係の曲を書くときの基準がそもそもこの曲なのだ.トロンボーンの見せ場はないが,好きな曲だ.

この曲が終わる辺りで府境を越え,曲はG. HolstのThe Planetsより,Mars, the Bringer of WarとJupiter, the Bringer of Jollityになった.

この曲も宇宙の音楽と同じ年の定演でやったことがあるのだが,合奏で顧問が「じゃ次木星やるよー」と言う度に1stホルンの男子がほくそ笑んでいたのが印象に残っている.それもそのはず.この曲は第1~4主題の提示部はすべてホルンなのだから.

とはいえトロンボーンもそこそこ楽しい譜面だ.ホルンによる提示の後の模倣やオブリガードはそこそこトロンボーンに任されているのだ.何よりこの曲に関しては音を割っても多少許されるのが嬉しい.

火星も木星とまではいかないが有名.私に変拍子を植え付けてきたのはこの曲だ.弊害はこの曲を聴くと暫く頭から「ででででん!でん!でででん!」が離れなくなることだ.

最後に流れてきたのは,これまたP. SparkeのA Colour Symphonyだった.

宇宙の音楽にしたってそうなのだが,私はSparkeの独特の調性・和声感覚が好きだ.この曲はその感覚が最も顕著に出ている曲だと思う.あの手この手でカラフルな色を描き出すのだ.

この曲を知ってから私はColorをColourと書くようになった.これは別にSparke独自の綴りというわけではなく,イギリス英語全体に見られる綴りだ.

さて,これを聴き終えるぐらいに駅前に到着した.さっさと駐車して目当ての楽器店へと赴いた.

一本目は882O.これは高校時代に使っていたもの.手に持った感じも吹いてみた感じも「これこれぇ!」となるようなものだった.慣れもあるだろうが吹きやすい.当然次に吹くのは882OR.882Oよりもふくよかで明るい感じの音がする.楽器全体が響く感じがする.吹きやすさもORの方が勝る気がする.三本目は825.YAMAHAらしくなく,輪郭がゆるやかで合奏向きな音だと感じた.抵抗感は882O/882ORよりも強め,特に低音で顕著.YAMAHAで選ぶなら882Oだろう.

3本YAMAHAを吹いて,最後に吹いたのはBachの42BO.先述の友人に借りたのはこの42BOだった.YAMAHAよりもかなり重厚な響きだが,かなり抵抗が強く,私には吹きづらかった.せっかくなので他のものも吹いてみようと思い,GetzenやCourtoisも吹いてみたが,やはりピンとくるものはなく,結局882Oを買うことにした.マウスピースや手入れ道具などを含めると大体45万ほどした.たけぇ.

そのまま府内の防音室を探して2時間ほど吹き,帰宅したのは21時を過ぎた頃だった.急に遠出して遅帰りした挙句,6桁規模の買い物を何も言わずにしてきた私に対して彼女はかなり詰めてきたが,後悔はない.良い買い物をしたと思う.

それから2日経った今日も,防音室を借りて吹いてきた.次第に頻度は下がるのだろうが,折角買ったものなのだから,長く愉しみたいと思う.


IV. 楽譜&音源配布

ここに書いてあるルールを守ってくれれば使途は問わない.

《楽譜ファイル (PDF)》

《高音質音源ファイル》
WAV形式のCD音質 (44.1kHz/16bit, 1411.2kbps)

《並音質音源ファイル》
MP3形式のストリーミング音質 (320kbps)


V. クレジット

作曲・執筆: kyoka (@kyoka20011218)
浄書・動画編集: Noah
見出し画像: フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

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