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#18 雨とエスプレッソ / Two Cups of Coffee, on a Rainy Day




I. もう一つのレイニーシャッフル

前回の雨窓の行進に引き続き,今回も雨の曲.

どうやら私は「水」に関係する曲を書くと無意識にシャッフルにしてみたり6/8や3/4にしてみたりと,3連符・3拍子を取るらしい.オケアノスもそうだった.

これは三連符こそほぼ出てこないが,そもそも6/8という拍子自体が8分3連符2つ分の2拍子のようなものなのだ.3連符(拍子),特に2+1に区切るような3連符は,水面の揺れのような雰囲気を感じるのだなと今更ながら感じた.思えば月影もそうだろう.

これに関しても,レースカーテンに揺らされる月光が水面のようだったから書いた曲だった.そして3連符+3拍子(9/16)の欲張りセットである.

こう題するからには雨の日にコーヒーを飲んでいたわけである.今週の月曜はほぼ丸一日雨だった.私は基本的に家の中では年中裸族なのだが,冬場は暖房をつけているとはいえ流石に少々肌寒い.暖かい飲み物が欲しくなる.

同居人にコーヒーを頼むと,服を着ればいいだろなんて野暮なことを言ってきたと思う.そうは言いつつも渋々コーヒーを淹れに行ってくれたのだが,嫌がらせか何なのか,生の豆を取り出してきて手で焙煎をし始めた.待てぬなら服を着ろということらしい.

しかし裸族にも裸族なりの矜持がある.この程度でへこたれて服を着てしまうようでは裸族の名が廃るというものだ.こうなればもはや意地だ.コンロの上で手網を振る同居人の前に仁王立ちし,若干の寒さを我慢しつつ,豆が深煎りになるのを待った.無論,目の前にある水道からお湯を汲めばそれで済む話なのだが,この20分弱程度も待てぬようでは末代までの恥である.ここに待つ以外の選択肢などない.

斯くして出来上がった珈琲を嬉々として作業部屋へ持ち帰った.窓の外に望む雨の風景を味わいながら呷る珈琲はなかなか乙なものがあった.

さて,飲み終えたはいいもののやはり肌寒いのは変わらなかった.そこでエアコンの風下に置いてあるパソコンのもとへ向かい,この曲を認めたわけである.

雨の憂鬱感と,エスプレッソの苦みをそれとなく表す調は何かと考えたとき,私の中ではハ短調一択であった.


II. 内容解説

dolce.主に曲中に小さいイタリック体で書かれることが多いが,今回は曲全体の発想標語として採用した.作り終えてから珈琲に対しdolce(甘く)とは何事かと思ったが,音作りと描写対象の味は無理に合わせることもなかろう.

基本的に旋律は下降し,対照的にコードは上昇する.A♭ > B♭ > Cm (神主進行が土台にあって,次にCm > Ddim > E♭,Fm > Gm > A♭,A♭ > B♭ > E♭となる.オクターヴ以上の跳躍が多いが,テンポがテンポ故,然程難しい跳躍ではないだろう.ミスタッチにだけ気を付けたい.この冒頭のModerato dolceの旋律は終始この曲に登場する.便宜上これをαとしよう.

[A]は3連符の取り方が少々難しいかもしれない.コード的には,テンションマシマシだが,骨格はA♭ > B♭ > Cm > E♭である.厳密に書くとグロくて,A♭69 > B♭sus4 > Cm9 > E♭add9となる.この部分は箸休めのようなものと思ってくれればよい.左手の上の方は右手の音域に被ってくる部分も少なからずあるため,場合によっては右手で数音拾ってもよい.

[B]はαの変形.αの後半の伴奏を前半にも拡張したような感じだ.[D]は[B]と同じである.

[C]はちょっとパーカッシブに.イメージはボンゴやコンガのようなラテン系の楽器.右手はずっとB♭sus4(またはE♭sus4)で,ベースだけがA♭ > B♭ > C > G or E♭と動く.

[E]はみんな大好き「Just the Two of Us進行」である.「丸サ進行」とも呼ばれる.つまりA♭M7 > G7 > Cm9 > B♭7 > E♭7だ.珈琲って未だに少し大人な感じがしてならない.そんな大人っぽさを書きたかった部分がこれだ.身をくねくねさせながら色気を出しつつ弾こう.次の2小節では若干変形してFm7 > B♭7 > Cm9 > B♭7 > E♭7だ.最後の2小節では更に変形してFm7 > B♭7 > E♭M9 > Gm/D > A♭/C > B♭7 となる.

ところでここではsubito pを使っているが,何故か私の中高の吹部にはsubitoやsempreを,moreとかveryとかの意味と勘違いしている人がいた.subitoはsuddenly(急に),sempreはalways(常に)の意味である.間違わないよう注意されたい.

[F]は幕間のような部分.アンニュイな雰囲気をたっぷりと出そう.空のコーヒーカップから窓の外の雨の風景にスーッとフォーカスされていくようなイメージだ.[G]以降はαの変奏であり,特に述べるようなこともない.強いて言えば[G]で右手の旋律やハモりが左手に侵食する部分がある点か.


III. あとがき: 背伸び

ブラックコーヒーを飲めるようになったのは高校のとき.たまに,自分の数少ない長所である恵体に則すようにクールキャラになろうとするフェーズが来ては,すぐに内なる芸人が騒ぎ出してお釈迦になる.クール期間中は歩き方に気を付けてみたり,髪もしっかりまとめたり,表情変化を乏しくさせてみたりする.

当時まだブラックコーヒーは飲めなかったが紅茶は飲めたため,紅茶を飲んでやり過ごしていたわけだが,ある日運悪く学校の自販機で無糖の紅茶が売り切れており,代替を迫られる結果となった.

売り切れは無糖の紅茶と緑茶.ジュースや炭酸の類はあり得ない.そんな甘いものを飲んでいてはクールたり得ないだろう.ストレートティーやレモンティーもダメだ.甘い.ミルクティーやカフェオレ,カフェオレも勿論ナシだ.微糖もダメ.水は没個性過ぎる.結果消去法で残ったのがブラックコーヒーだった.

京佳,人生初のブラックコーヒーである.ゴーヤやピーマンの類は美味しく食べられるタイプの人間だったため,そんなに大したことはないだろうと思っていた.しかし口に運んだ瞬間,そういった認識が甘かったことを痛感した.口いっぱいに広がる独特の香りをせめてもの手土産に,鮮烈な苦味と酸味が味蕾を蹂躙してきた.でもこの程度でへこたれていてはクールが廃る.表情を苦悶に歪めたい衝動を抑えながら,涼しい顔で何とか飲み込んだ.

しかし一日中少しずつでも口にしていると慣れるもので,部活の時間までには,美味とは思わぬが,特に何も思わず飲めるようにはなった.なんなら「ブラックコーヒー飲めるってかっこよくね?」というくだらない見栄から,次の日以降,クール期間が終了してもしばらくブラックコーヒーを進んで口にしていた.

コーヒーを良いと感じたのは大学に入ってから.当時はネカフェでバイトいていたのだが,休憩時はドリンクバーから飲み物を1つ持ってきていいことになっていた.この頃は流石にクールぶる見栄がなくなっていたので,いつもは大抵ジュースを飲んでいたのだが,久しぶりにコーヒーも飲んでみるかと思い,ある日コーヒーのボタンを押した.

それまではアイスコーヒーしか飲まなかったのだが,この日私は初めてホットコーヒーを口にすることになった.驚いたものだった.アイスよりも格段に香りがよく,暖かさの影響か苦味や酸味が若干抑えられているように感じた.

これ以降すっかりコーヒーが好きになってしまった.寒い日や疲れた日,眠気の残る日,気分の上がらない日などのコーヒーや紅茶の類は五臓六腑に染み渡る.こんな雨の日は,特にそうだ.


IV. 楽譜&音源配布

ここに書いてあるルールを守ってくれれば使途は問わない.

《楽譜ファイル (PDF)》

《高音質音源ファイル》
WAV形式のCD音質 (44.1kHz/16bit, 1411.2kbps)

《並音質音源ファイル》
MP3形式のストリーミング音質 (320kbps)

《高音質音源ファイル・リバーブなし》
WAV形式のCD音質 (44.1kHz/16bit, 1411.2kbps)

《並音質音源ファイル・リバーブなし》
MP3形式のストリーミング音質 (320kbps)


V. クレジット

作曲・執筆: kyoka (@kyoka20011218)
浄書・動画編集・バリスタ: Noah
見出し画像: フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

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