病状がひどい時にささえてくれた家族

今回も毎週更新の目標滑り込みセーフ。

今回は私が病状がひどかった時(主に鬱状態)の時のお話。
私は昔消えてしまいそうだった時が3回ありました。
一番ひどかった時は大量服薬をして風呂場で倒れていたところを
家族に発見されました。
今思えば湯船の中でなくて本当によかったです。
「よかった」と今私が思えるということは
今そうしたいと思う人はやめたほうがいいということです。
人生半ばを過ぎた頃から人の人生の波は平等にできている気が
するからです。

大量服薬をすると通常は大変苦しい胃洗浄をするのですが
私は家族がなぜかそのまま自宅で介護してくれて
薬が効いている状態の時は意識はあまりなくひたすら
寝ていたのですが(家族が下のお世話などしてくれました。
本当に迷惑をかけたと思います。)、
お薬が切れたころ、今度はねられなくなり入院することに。
寝られなくなっると必ず躁転して手に負えなくなるからです。

話がそれましたがそのような状態でも家族は見放さず
通常の鬱でひどい時、長い期間期シャワーすらできない時も
母が話しかけてくれ、汚れた髪の毛を櫛で梳いてくれました。
今思っても本当に家族は良くしてくれました。

うちの母はよく「あると思うな親と金(かね)」と
言っていましたが私はラッキーなことに親はいたし
贅沢はできなかったけど住まいはあり食べることに事欠かないだけ
経済的に恵まれていたことに感謝しています。

躁鬱で辛いことは「自分でない病気の自分(特に躁状態)のした事を
自分のしたこととして受け入れなければいけないこと」かな
と私は思います。
私は思い出すたびに「ごめんなさい、ごめんなさい」と
一人でいるときに迷惑をかけた人たちに声にすら出して
謝る日々が長く続きました。本当に辛かったです。
でもその心の傷は時間とともにカサブタができてきます。
それにお薬の副作用か作用かわからないけど
発病が長く続かないと忘れていきます。

そのようなケアは医療機関ではあまりやらないのかな
と思います。
自分でも口に出したくもない思い出なのであえて相談しよう
とも思いませんでした。
いわゆる「黒歴史」ですね。
今は精神病を公言される方も少しはいらっしゃるし
私の病状がひどかった時のような差別はないような気がします。

自分に合うドクターの診察を受けるためにかなり電車に
乗ったのですがその時は副作用でめまい、下痢、怠さなど
いろいろ体調不良を抱えていたため「優先席」に座っていたのですが
杖をついた元気そうなおじいさんに杖でたたかれて「どけ」と
いわれたときは「鬼!」と思いました。
今は精神障碍者もヘルプカードをもらえます。
時代は変わりましたね。

いろいろお話が脱線しましたが
家族、親友などいろいろな人に支えられて今の私が
生きています。
お散歩をしていて道端に咲いている花にも目が行くゆとりを
持って暮らせることに感謝しています。

悲しくて泣きたいときは
「なみだで洗われたまなこはきよらかでふかい」
という言葉を胸に自分を慰めます。

今日も無事で過ごせてよかった。
おやすみなさい。





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