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続・ホワイトデーの完璧なメモ

 今年もホワイトデーがやってきてしまった、ということに気付いたのはホワイトデー当日の今日である。
 新型コロナウイルスの波にすっかり呑まれ、会社では例年どうやってお返しするのかという議論は皆無であったせいだ。クリスマスイブにたまたまランチがあったからと、新卒二年目の氷山さんへバスソルトをクリスマスプレゼントととして用意する隣の席に座る、好意的に捉えれば大変良く気の利く、溢れんばかりの嫉妬心で見れば全くもって姑息な有山くんですら、全く話題にしていないのである。
 きっと義理チョコを私に渡した女性陣も新型コロナウイルスによってすっかり忘れているに違いないと信じたいが、世界中の男が連帯しなければならないパンデミックの渦中にも関わらず、己が女性の歓心を得ようと抜け駆けする不埒で唾棄すべき野郎のせいで、女性陣が今日がホワイトデーだと思い出し、そして週明けの月曜日にお返しをできない男には、気の利かないどころか、やはり仕事も無能なのはこういうところにも現れるのだという烙印を押されるに決まっている。
 それでも我が道を行く……、私はそんなに強くない。私は。繊細で寂しがり屋の息絶えだえの仔ウサギなのだから。
 まだ猶予はある。明日、妻からお金を工面してもらい、浦和コルソに駆け込み、埼玉銘菓十万石まんじゅうを買い、週明けに「風が語りかけます、うまいうますぎる、埼玉銘菓十万石まんじゅう」とブツブツ呟きながら配らなくては、中年サラリーマンとしての地位も揺らぐ。ブツブツ呟くことで、気色悪がられるだろうが、もともと気色悪がられているので、心配するに及ばない。

 バレンタインデーの時、誰から義理チョコを貰ったのか。
 昨年は完璧なメモをしたため、数日前には埼玉銘菓彩果の宝石を抜かりなく用意するという完璧なホワイトデー対策を施したはずが、コスタリカ産のチョコというインパクトの強いものを持ってきたにも関わらずメモから漏れてしまった坂井さん、「オレ、このかわいいイチゴのやつもらうね」と気色悪さ極まる返答をしたにも関わらずメモから漏れた酒上さんの分を用意するのに、当日てんやわんやした。
 今年は同じ轍は決して踏むはずはない。過ちは繰り返さないことは、有能な男の必要条件てある。今年こそはと付箋に完璧にメモをしたため、来たるべきホワイトデーに備えていた。
 今年こそは、完璧なメモによって、完璧なホワイトデーでのお返しをする。この経験と知見をもって世の悩めるビジネスマンたちに救いの手を差し伸べるビジネス書籍を上梓。書籍販売ランキングを独占し、うなるほどの印税を稼ぎあげる。そして、TEDにて世界中の意識高い聴衆へ静かに語りはじめることとなる。
「完璧なメモから成功への道ははじまるのです」と。

 その完璧なメモは、バレンタインデー以来、会社のキャビネットにしまいぱなしなのであった。
 誰にお返ししなければならないのか……。答え合わせのできる日は、お返しを、渡さなければならない週明け月曜日だけである。
 新型コロナウイルスにすがり、何週間か在宅勤務として、ほとぼりが冷めるのを待とうか……。
 完璧なメモによって掌中にしかけた立身出世への道は、今ここに静かに潰えた。


サポートしてもらって飲む酒は美味いか。美味いです。