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「満月と近鉄」 珠玉の本との出会いは重い雲を少し薄くする

 リモートワークの昼休みである。外は曇り。新型コロナウイルスに端を発したか、経済も曇り。そうなると将来もまた曇り空。考えごとをしているうちに眠れなくなり、絶望的な徹夜となってしまった。
 新卒時代。部署の飲み会。ニ次会。午前三時半。赤提灯。「これ美味しいよ!食べてみなよ!」私にたこわさを突き出す内筒さん。昨日も平日。今日も平日。今も昔も内筒さんのバイタリティは私にはない。徹夜は苦手。
 昼寝をしたら、このまま夕方となる。意識が無くならぬよう、私は散歩に出た。フラフラと駅の方へ向かう。

 駅を挟むように大きな商業施設がある。東口にはパルコ。西口には伊勢丹。伊勢丹のビルにはコルソという別な大きな商業施設も併設されている。そのコルソだけは営業再開したおかげで、本屋が少し近くなった。
 入口で検温を受け、三階にあるユニクロも営業再開しており、いくら新品を買っても異臭を放つようになり処分することとなるポロシャツを買わねばと思いつつ、エスカレーターでさらに上がると、本屋はある。フラフラと面白そうな本はないかと物色する。当ては特にない。

 文庫本コーナーで平積みされている本の文字が視界に入る。
「近鉄」
 近鉄といえば、私鉄最長路線を誇る関西私鉄の雄。近鉄バファローズ。猛牛軍団。近鉄沿線の大学に進学した兄は、それまで東武鉄道一筋であったのに、転向した。それほど魅力のある鉄道である、というのは兄の足元にも及ばないまでも鉄道ファンである私の見解である。
 少し気になりながらも、通り過ぎ、いざ本屋を離れる段になって気になり、手に取った。前野ひろみち、知らない作家の『満月と近鉄』という小説だった。中をバラっと見る。

「ランボー怒りの改新」
 なんのこっちゃ。

 たくましい身体と日焼けした肌、髪は長く伸ばしている。彼の名はランボー。遠い異国ベトナムの奥地からやっとの思いで故国の島国へ帰りつき、難波津から飛鳥を目指して歩いてきたのだ。
 前年に南ベトナム解放民族戦線いわゆるベトコンが全土で奇襲攻撃に出たテト攻勢によって、飛鳥の朝廷は激しく動揺し、ときの大王は蘇我蝦夷に空爆の一時停止と北ベトナムとの和平交渉を命じた。しかし事態は思わぬてんかいをみせたあ。蘇我蝦夷の息子入鹿が独断で北ベトナムへの空爆を再開し、和平交渉を頓挫させてしまったのである。

 なんじゃこりゃ。
 めちゃくちゃ。それなのにめちゃくちゃではない。しかし、やはりめちゃくちゃ。
 読みながら、レジへ向かう。ユニクロに寄ることも忘れて、読みながらエスカレーターを下りる。読みながら駅前広場に出、そのまま読みながら家に向かう。歩きスマホは批判される。二宮尊徳は賞賛されるのはなぜかというのは蛇足。

 こういう文章をすぐに書きたくなり、再びの夜更かしとなった。しかし、前夜の徹夜を覆っていた重い雲は、少し薄くなった気がした。


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