負けいくさ
ある日、ずっと食べたかったラーメン屋に行った。
ちょうど昼時で混み合う店内にある一番奥のカウンター席に案内された。隣には一組のカップル。真っ赤なパーカーのフードをすっぽりと頭に被った男性は恋人に向かってテーブルに寝そべるようにして座り、引っ切り無しに鼻を鳴らしながら喋っていた。丁度背中を向けられる格好だったので、顔を伺うことは出来なかったが、ウォークマン越しに聞こえてくる早口で慌ただしい口調からして男性は若者のようだった。
やがてカップルの前にはラーメンとチャーハンがふたつずつ、自分の前にはラーメンが置かれた。
隣の男性は少しだけ身を上げて食べ始めたのだが、予想よりも食事の所作が酷い。カチカチとレンゲを使いチャーハンの皿を投げるようにテーブルに置く、所謂「犬食い」でズルズルと引き摺るように食べる。口に沢山頬張りながら早口で恋人に対して高圧的な口調で話す、など。
つい隣に気を取られながら食べ進めていたら、いつの間にか自分のラーメンは殆ど残っていなかった。機械的に食べ進めていたので味わうことを忘れてしまっていたのだ。味気なく残りを食べ終えて何とも言えない虚しさを抱えながらレジへ行く途中、パーカーの中がチラリと見えた。若者と思っていた男性は自分よりも明らかに歳上のおじさんだった。
会計を終えて扉を開けると冷たい雨が降っていた。何だか負けたような気がしつつ、雨の中を傘も差さずに歩き出した。