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いいことずくめのうまい話なんて…あった!漁師の新たな選択肢「完全受注漁」とは

こんにちは。大阪経済部の我妻美侑わがつまみゆです。

私は岡山支局員だった昨年の夏、新たな漁業の形を生み出したご夫婦を紹介する新聞用の記事を書きました。そこでは書き切れなかった話を盛り込んだ「47リポーターズ」が、今年1月に公開されました。

記事はこちらです。

皆さんは普段、魚を食べていますか?私はお寿司や海鮮丼が大好きですし、定食屋さんの焼き魚、煮魚も大好きです。一方、さばいたり調理したりを面倒に思う気持ちから、自宅で食べることはほとんどありません。周りでもそういう人は増えている感じがします。

漁師さんの数は減り、取れる魚の量が減って、家庭で魚を食べる機会も少なくなって…。それが日本の「当たり前」になりつつあるような気がしています。漁業に限らず一次産業にまつわる話題は、どんより暗いものが多い印象です。

そんな中、見つけてしまったのです。未来の希望になりそうな、キラキラした取り組みを。このnoteでは、今回取り上げた夫妻との出会いを紹介し、デジタル向けの記事に寄せられたコメントの一部にお答えする形で、記事を補足したいと思います。

「漁業界を変えたいんです」


思いの詰まったプレスリリース

「そんなにいいことずくめの取り組み、本当にあるのか…?」

取材のきっかけは「衝撃」でした。

私たちの日課には、持ち込まれたプレスリリースの確認という作業があります。

昨年春のある日、いつも通り目を通していると1枚の紙が目に飛び込んできました。太字の手書きで書かれていたのはひと言「漁業界を変えたいんです。」

企業や団体が持ち込むリリースに混ざっていたこのリリースは、岡山県玉野市の漁師夫妻によるもの。手書きに続いて、ワープロの文字がびっしりとつづられていました。

気になったのは「完全受注漁」という耳慣れない言葉。「日本初」とも書いてあります。文中にはこんな表現もありました。

「儲からない漁業を好循環に転換させられる」
「操業時間が短くなって毎日が楽しくなる新しい働き方」
「問題に直面する漁業者の方の解決への糸口になる」

「これが広まったらめちゃくちゃいいじゃん!!!」と、テンションが上がりました。と同時に、記者という仕事の習性で「デメリットも絶対あるでしょ」という疑いの念を抱いたのも事実でした。

これはもう、取材するしかない。2023年5月、リリースを書いた富永とみながさん夫妻を訪ねることになりました。

あら探し、のち反省


富永さんご夫妻。邦彦さんと美保さん=2023年5月、岡山県玉野市

初めての取材では、取り組み内容や「完全受注漁」にたどり着くまでの経緯をひと通り聞きました。そこでも、課題やデメリットなどの要素が見当たりません。

おそるおそる、こんなことを質問した記憶があります。

「漁協は理解してくれているのですか? 勝手に市場を通さず売ったら怒られてしまうのでは?」
「もし皆が同じことをしたら、注文が分散してお客さんが減ってしまうのでは? 競争になったら大変なのでは?」

でも、一蹴されました。「全部、大丈夫なんです!」と。漁協には理解してもらえているし、競争する必要はないのだ、というのです。

なおも釈然とせず「課題、ないんですか?」と、どストレートな質問もしました。が、やっぱり何も出てきません。あら探しのような取材ではなく、もっとお二人の話を聞くことにしました。

そもそもですが、漁師の働き方ってこんなに過酷なんだと衝撃を受けました。朝が早くて大変なんだろうな、という想像はしていましたが、労働時間がとにかく長い。天候などに左右されて、魚が取れるか取れないかはその日の運。だから収入も不安定になりがちだと。

早朝から漁に出る邦彦さん=2023年9月、岡山県玉野市

一部の方は生産から加工、販売までを手がける「6次産業化」に奮闘しています。市場に卸しながら、品質の特に良いものを直販して利益を得ようという動きで、富永さん夫妻も挑戦しました。でも、参入する人がどんどん増えて、価格や品質で差をつける必要があり、結果、激しい競争が起きていました。当然、疲弊していったといいます。

私は2022年5月に岡山に赴任するまで、漁業の盛んな東北地方に約4年半いました。それなのに、漁業のことをまるで知りませんでした。「今年もサンマが不漁だ」といったニュースを何となく聞いて、地球温暖化のせいかな、やっぱり環境保護は大事なんだな、くらいにしか考えていませんでした。知ろうとしなかったのが本音で、反省しきりです。

胸に刺さった言葉

漁業界では今、何が起きているんだろう。もっと知りたい、という衝動に駆られて、取材から帰るとすぐに図書館に向かいました。漁業を取り巻く問題や歴史に関する書籍を何冊か読んでみると、日本で魚が減っている要因は地球温暖化に限らず、資源量管理ができていないことにもあるということが見えてきました。

漁業に詳しい専門家の書籍では、マスコミへの批判も書かれていました。趣旨は以下のようなものです。

前年と比べて漁獲量が増えた、減ったばかりを報道している。発表データの一部だけを強調して見出しになる部分しか記事にしていないから、水産資源がどうなっているのか、一般の人に実態が伝わらない

新聞にはその日のニュースを限られたスペースでいち早く、端的に、分かりやすく伝えるという特性があります。批判は仕方ない面があると思いつつ、専門家の言葉は胸に刺さりました。

「この機会に、背景まで掘り下げてしっかり伝えたい」。そう思い、書籍を読み進め、夫妻にも再取材をお願いしました。

厳しい現実と将来への希望を語る邦彦さん=2023年9月

「搾取」の指摘にお答えします

記事が公開されると、取り組みを応援するコメントがたくさん寄せられました。一方、中には以下のような趣旨のご意見もありました。

「皆がこの方法でできるとは限らない」
「この方法が主流になったら、利益が減って収入も結局減るのでは?」
「市場を通さなくなると、流通量が減って、スーパーで魚が買えなくなるかもしれない」
「自分たちで受注分を取れなかったら周りの漁師から搾取する、というのはいかがなものか」

コメントに共感できる部分もあります。同時に、記事で説明しきれていなかったための誤解があるかもしれない、とも感じました。この場をお借りして、できるだけお答えしたいと思います。

発送用の箱には心を込めてお客様へのメッセージを書き込む=2023年9月

①「皆がこの方法でできるとは限らない」
→夫妻の取り組みは万人ができるものではないし、全員がやるべきものでもありません。専門家である東京海洋大学の勝川俊雄かつかわ・としお准教授は「どの漁師もまねできる汎用性の高い方法とは言えないかもしれない」と話していました。

会社員として働いていた経験や、漁師の家に生まれたことで漁のノウハウがあったこと、周りの漁師との信頼関係があったことなど、今の形をつくる上での好条件がそろっていたかもしれません。他方、取材を通して確かに言えるのは、アイデアを実行に移して形にする行動力と、並々ならぬ努力があってこそ生み出された「新たな形」なのだ、ということです。

②「取れなかったら周りから搾取するのはいかがなものか」
→「搾取」の指摘は、受注分に漁獲量が届かず、他の漁師さんから魚を譲ってもらっているエピソードから来たものです。

漁に同行した日はたまたま潮目の悪い時期で、網が壊れる不運も重なり「不漁」でした。ただ、客から注文を受ける際は「取れなかった場合は、発送日が遅れる場合があります」と伝えて理解を得ているといいます。周りの漁師さんから買い取るのはあくまで「余り」です。

取れたての新鮮な魚。丁寧に処理して箱に詰めていく=2023年9月

せっかく軌道に乗ったのに

この「完全受注漁」は、自分たちだけで実行すればお客さんがたくさんついて「一人勝ち」ができたかもしれません。でも、夫妻は少しでも多くの人に知ってほしいと言います。「この方法、うまくいきそうですよ!」と、喜んで教えたいそうです。

そのために、地元の記者クラブにプレスリリースを出すだけでなく、海外を含めたさまざまなメディアの取材を受けたり、SNSで積極的に発信したりしています。ビジネスコンテストにも挑戦しています。

とにかく1人でも多くの人に漁業のこと、環境のこと、食のことを知ってほしいという一心で、動き続けています。驚くべきエネルギーです。

最近はそうした活動に力を入れているため、漁の方はセーブせざるを得ない状況だと教えてくれました。「せっかく軌道に乗った本業なのに、大丈夫なんだろうか?」と思いました。

夫妻は満面の笑みと力強い瞳でこう話していました。

「注目していただいている今だから、できること、やらなければならないことがあると思っています。だから、今が頑張り時です」

心配には及ばなかったようです。

富永さん夫妻は大好きな地元でこれからも挑戦を続ける=2023年5月、岡山県玉野市

ワクワクが止まらなかった~取材を終えて

お二人からは、漁業に限らず、多くのことを学びました。

「自分には無理」と思い込まず、失敗を恐れず、一つ一つ状況を変えていこうと行動に移す姿に心を動かされました。漁業界に希望を与える取り組みなのはもちろんのこと、全く別の分野に携わる人をも勇気づけるのではないかと、取材しながら、書きながら、ずっとワクワクが止まりませんでした。

私はこのストーリーに「社会をより良くするためのヒントが詰まっている」と感じました。読者の皆さんに、取り組みの魅力が少しでも伝わったらいいなと思います。

身近にも、大小さまざまな社会問題の解決に向けて取り組む人は大勢います。一人一人が自分の得意な分野で、ベストなタイミングで、一歩を踏み出せたら素敵だなと感じています。

私自身はまず消費者として、生産者と自然に対する感謝とリスペクトを忘れず、旬のもの、地のものをもっともっと楽しもうと思います。家での食事にも魚が出せるようにチャレンジします!