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国を動かしたのは「報道の影響力」? 受刑者のマイナンバーカード、法務省が取得支援に転じるまで

こんにちは。高松支局の広川隆秀ひろかわ・たかまさです。
2023年10月末、法務省が受刑者のマイナンバーカード申請・取得に関し、「便宜を図る必要はない」としていた方針を改め、必要な支援を認める通知を全国の刑務所に出しました。

受刑者とマイナンバーカード。
このテーマ、僕の個人的な興味から長らく取材してきたものでした。
そのため、今回の方針転換は受刑者が社会復帰する際の一助につながるのではないかと期待しています。
 
「なぜ法務省は方針を一転させたのか?」
「どうしてこの時期だったのか?」

 
実は、今回の取材でお世話になった方からは「報道の影響力を目の当たりにした経験だった」という言葉をかけてもらいました。
このnoteでは取材の経緯も踏まえながら、法務省の方針転換についてご紹介したいと思います。


◆支援者の言葉に引っかかった

僕は現在、経済・交通担当として日々の業務を行うかたわら、受刑者の社会復帰や非行少年の更生、いわゆる「立ち直り」を自身のテーマにして取材を進めています

皆さんは「再犯者率」という言葉を聞いたことがありますか?
道路交通法違反を除く容疑で警察などに検挙された人のうち、再び犯罪をした人が占める割合を示す言葉です。

法務省の統計によると、刑法犯の認知件数が減少傾向にある一方、再犯者率は50%弱で高止まりしています。
 
つまり、もし再犯者を減らすことができるのなら、新たな被害者も減るのではないか。
このように考えるようになり、取材に取り組むようになりました。
 
ではなぜ、人は犯罪に手を染めるのでしょうか?
取材を通じて見えてきたのは、単に「悪人だから罪を犯す」わけではない、ということでした。

加害者や非行少年の中には、生まれ育った環境や病気、障害、過去のつらい経験など、さまざまな「生きづらさ」を抱えた人が多くいます。
 
そういった状況に置かれた人が立ち直るためには、多くの場合、1人の力では不可能です。
けれど、社会からのサポートを受けることができれば、もしかしたら状況は好転するかもしれない。
僕はそこに、加害者支援の可能性と必要性を感じています。

四国唯一の女子少年院「丸亀少女の家」の少女ら=2023年6月

しかし、生きづらいからといって罪が許されるわけでは決してありません。
再犯防止や非行少年の更生についての記事を書く時は、犯罪を擁護していることにならないか、自分の中で常に迷いがあることも事実です。

この葛藤については過去のnoteでも書きましたが、考えは大きくは変わっていません。
きっと今後も悩み続けるのだろうと思います。

今回の主題に話を戻します。僕が受刑者のマイナンバーカード問題について考えるようになったのは、2023年3月のことでした。

きっかけは、刑務所を出所した人が社会復帰できるよう、就職を支援する人から聞いた言葉が引っかかったことです。

「社会保険や税金の関係で、会社側から『刑務所でマイナンバーカードを取得させておいてほしい』とよく聞くんですよ」
(え、それはどういうことですか?)
「刑務所でマイナンバーカードは取れないんです。運転免許証の更新はできるのですが」
(どうしてなんですか?)
「そもそも住民票がなくなっている人とかいて・・・」

政府がほぼ全国民にマイナンバーカードを行き渡らせる目標を掲げ、今年3月に「達成」が宣言されたマイナンバーカード。
 
取得できないのはなぜなのか?
これは深掘りしてみよう、ということで取材を始めました。

マイナンバーカードの普及促進策を発表した河野デジタル相=2022年10月

◆八方ふさがり

受刑者がマイナンバーカードを取得できない要因は主に3つ。

1.カードは原則、本人が受け取ることになっている。ところが、受刑者は自由に外出できないため、受け取りが難しい。

2.代理人が受け取るという方法もあるが、受刑者には身寄りがない、または関わりを絶たれてしまっている人が多いため、これも難しい。

3.刑務所で生活する受刑者は居住実態がないとみなされるため、入所前に登録していた住民票が自治体によって削除されてしまう人が少なくない。となると、そもそも申請自体が難しい。

受刑者がマイナンバーカードを取得しようとすると、いくつものハードルに阻まれ、八方ふさがりの状態になってしまうのです。

マイナンバーカードの手続きを待つ住民ら=2023年8月

◆スムーズな社会復帰のために

では、取得できないことによって何が問題になるのでしょうか?

受刑者は刑を受けるために刑務所に入り、身体拘束されることが前提となっています。
つまり自由が制限されるのは当然のことで、マイナンバーカードを取れなくても問題ないのではないか。また、刑務所内でマイナンバーカードを使うことも一切なく不都合は何もないのだから、出所後に取れば良いのではないか。
こういった指摘があるかと思います。
 
一方で、受刑者が出所後、スムーズに社会復帰しようとするには、顔写真付きの身分証明書は必須と言えます。なぜならアパートや携帯電話の契約、あるいは就職の際に必要となるからです。

出所してからの取得だと、住まいを確保したり、働き口を見つけたりするスタートがそもそも切れないことになります。
マイナンバーカードは運転免許証と異なり、費用もほぼかからず、資格も必要ありません。
 
マイナンバーカードを申請したことのある人はご存じだと思いますが、取得には結構時間がかかります。その期間を考えると、やはり出所前に取得、もしくは最低限の準備ができている方が好ましいのです。

マイナンバーカード取得のメリットを説明する案内=2023年8月

◆いったんは記事化をあきらめた

取得できない現状と、それによって生じる社会復帰への支障。これを記事にできないかということで、関係機関への取材を進めました。

総務省:「管轄が違うのでデジタル庁に聞いてほしい」
デジタル庁:「考えたこともなかったですね。管轄は総務省になるので、そちらにお願いします」

その他に、複数の行政機関や関係者に取材を試みましたが、進展はありませんでした。中には担当者から折り返すと言ったきり、いまだに返答がないところもあります。

文字にするには材料が足りないまま、ただ時間だけが過ぎました。

「これでは記事化は難しい」

いったん手を引くこととし、普段の業務に戻ることにしました。

◆マイナンバーカード問題をきっかけに

諦めきれない思いで悶々とする中で、マイナンバーカードが注目されるニュースがありました。
それは他人の個人情報を誤ってひも付けるミスが全国で相次ぎ、不信感を募らせた国民によるカード返納の動きが目立っている、というものでした。

マイナンバートラブルの主な経過

「そうか、返納者が増えているのか。けど、そもそも返納するという選択肢すら持てない人もいる」
ニュースを読んだとき、そのような感想を抱きました。
 
「やっぱりここで記事にしておかないと、もしかしたら後々大きな問題に発展しかねないのでは?」

いったんは記事化を断念していましたが、一応ほそぼそと取材を続けていたのもあり、形にできないもどかしさがさらに大きくなっていました。
 
どうにか記事にできないかと考えていたところ、刑務所に代表される刑事施設内でマイナンバーカードの扱いについて取り決めた文書があることを知り、情報公開請求を使って文書の開示を求めることにしました。

マイナンバーカード取得に関し、法務省が2015年に通知した事務連絡の書面

分かったことは、法務省が全国の刑務所に対し、受刑者のマイナンバーカード取得については「便宜を図る必要はない」と通知していたこと、その文書が2015年9月28日付で刑事施設に通知されたこと。

それ以降、マイナンバーカードの活用が政府によって進められている中においても変更はされず、今後も改定する方針はないということでした。

文書の内容と、それに関する専門家の指摘をまとめたものを新聞用記事として配信。

その後に47リポーターズで詳細を書いた記事を公開しました。

◆まさかここまで変わるとは

47リポーターズはYahoo!の主要トピックスに入ったこともあり、想像以上に多くの人に読まれました。賛否両論、たくさんのコメントも頂戴しました。

それが功を奏したのか、法務省矯正局は10月31日、マイナンバーカードの運用に関する新たな通知を発出しました。
文字通り、これまでの方針を一転させた内容になっています。

通知の内容をまとめると以下の通りです。

1.受刑者の希望があれば顔写真の撮影などに応じる。
2.刑事施設側が、本人確認書類を作成・交付できる。
3.受刑者が申請したマイナンバーカードを刑務官らが代理受領できる。
4.自治体との調整が付けば、自治体の職員が刑事施設に赴き、申請を受け付ける。その場合、当該自治体に住まない受刑者も申請可能となる。
5.住民票がなくなっている場合、希望すれば刑事施設を所在地として申請ができる。
6.刑務所の他、少年院と少年鑑別所にも通知した。
7.カード関連書類送付は、受刑者が手紙を送る回数制限の対象外とする。

高松刑務所=2022年10月

「便宜を図る必要はない」とした2015年の通知について、関係者からはこんな声を聞いていました。

「マイナンバー制度ができる前のことであり、ここまで活用が進むとは考えていなかった時期に通知したものだった」
「マイナンバーカードの運用をどうするかは、法務省だけで対応しきるのは難しい」
「貴重な税金を使ってまで特別対応することに理解が得られるのか」

新たに発出された通知は、刑事施設と自治体の連携を明文化するなど、出所者の円滑な社会復帰を念頭に置いた法務省の思い切った判断だと言えます。
 
もちろんマイナポイントを申請できていないことや、住所を刑務所にしてマイナンバーカードを作成した場合、本人の意思とは関係なく元受刑者であることが分かってしまう可能性があるなど、課題がなくなったわけではありません。
 
けれど、2023年3月から取材を開始し、紆余曲折を経て記事を出せたことは、マイナンバーカード問題、また受刑者の社会復帰について、皆さんに関心を寄せていただくことに少しはつながったのではないかと思っています。
 
今回の取材で長らくお世話になった人からは「報道の影響力を目の当たりにした経験」、「記事がなければ、おそらく放置されたままだった」との言葉をかけてもらいました。

立ち直りに向けた受刑者の社会復帰が円滑に進む一助に少しでもなるのなら、これほど嬉しいことはありません。

皆さんに関心を持っていただくことで、生きづらさを抱える人たちの生活が少しでも変わるきっかけになるように、今後もそうした意識を持って取材を続けていきたいと考えています。

受刑者のマイナカード取得を巡る経過

◆反省・・・。

最後に。
新しい通知が出たのは10月31日。僕が新たな通知の存在に気付いたのは11月1日の夕方でした。
本来であればいち早く記事にしないといけないところ、原稿に取りかかるのが大幅に遅れてしまいました。
自分の性格を分かっていたつもりでいても、やっぱり肝心なところで詰めが甘かった。大反省です。


広川 隆秀(ひろかわ・たかまさ) 1997年生まれ、山梨県出身。
2022年入社、高松支局で経済・交通担当。ジャパニーズヒップホップが好きです。

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