“撮影罪”創設で被害は防げるのか 取材現場で感じたジェンダー問題とは 「アスリート盗撮」著者インタビュー【後編】
共同通信運動部の報道をきっかけに、JOC(日本オリンピック委員会)や警察当局も規制強化に動き出した「アスリートの性的画像問題」。
今回の note は一連の取材を担った鎌田理沙記者と品川絵里記者のインタビュー後編です。
法整備の課題から、スポーツ取材におけるジェンダーバランスまで。若手記者2人が現場で感じた問題点を詳しく聞きました。(聞き手=大津支局・三村舞)
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■ 法律で取り締まることはできないのか
――今回のキャンペーン報道では、被害の実態を明らかにするだけでなく「性的画像の撮影を法律で取り締まることはできないのか」という問題にも踏み込みました。お二人は法務省の有識者会議や法制審議会も取材したそうですが、国の検討状況はどうなっているのでしょうか。
鎌田 法制審議会では性犯罪に関する刑事法の見直しが進んでいて、新たに性的な写真や映像の「撮影罪」を創設する方向で議論されています。ただ、競技場などで水着やユニフォームを着たアスリートを撮影するケースは、この中に含まれない見通しなんです。
過去の有識者会議や法制審の部会では、競技中の選手の撮影は「盗撮と通常の撮影行為の線引きが難しい」という考え方が何度も示されました。
(編注:性犯罪に関する刑事法の見直しについては、2023年2月3日に開かれた法制審の部会で要綱案(骨子)が取りまとめられました)
鎌田 今回の見直し案で「撮影罪」の対象にアスリートの性的画像が含まれなかったことはとても気がかりです。法律の要件をよく勉強した上で、あえて「選手たちを撮りに行こう」と考える人が増えるんじゃないかと。かといって「無理やりアスリートも対象に入れれば良いのか」というと、そういう話でもないんですが。
私自身も「こういう記事を出せば良かったのかな」とか「何かもうちょっとできることがあったんじゃないかな」という思いがあります。力不足だったなって。
品川 有識者会議のメンバーだった上谷さくら弁護士には、取材を通じて何度か意見交換させてもらいました。上谷さんは有識者会議の場でアスリートの性的画像についても強く問題提起してくれ、そのおかげで法制審の部会でもしっかり話し合われたと思います。
自分たちなりにある程度やれることはやったんですが、結果的には「撮影罪」の対象にならなかった。それがちょっとショックだったなっていう気持ちは私もあります。
加害者側は法の抜け穴を調べて、罪にならないことが分かった上で撮影しているんですよね。だから「法に守られない被害者」というのは必ずいるし、今後はそういう人たちをどう守っていくかが課題になると思います。
■ 「話を聞きたい」が原動力に
――お話を聞いていて、お二人にはすごい問題意識があるというか、信念のようなものを感じるんですが、今回の取材に取り組んだ原動力はどこにあるんでしょうか。
鎌田 スポーツの現場に限ったことではなく、他の取材でもそうなんですが、人の話を聞いたら「どうにかしたいな」って思います。私はどうしても相手に肩入れしてしまうというか「困っている人たちがもうちょっと生きやすい世の中になるには、どうしたら良いんだろう」って考えることがあって。
そういう意味では、当事者の話を聞きたい、力になりたいという気持ちが取材を進める上でのモチベーションになったのかなと思います。話をしても痛みなどの体験までは共有できないと思うんですが、取材者として理解することが何か相手の助けになれば良いな、と考えています。
品川 私は以前から、本人の意思を無視して、誰かが勝手に他人を「消費」することや、それを許す社会の雰囲気に疑問を感じていました。これまではうまく言葉にできなかったんですが、今回の取材ではそういうモヤモヤが言語化されていく感覚がありました。
被害者の方のお話を聞くにつれ、その言葉が自分自身の問題意識とリンクしていくというか。私が感じていたことは、自分一人の問題ではなかったんだなと思うようになりました。
あと、会社や運動部という組織に所属している中で、ジェンダーの問題を考えさせられる出来事が過去に何度もあったんです。そんな背景もあって「みんながもっと過ごしやすい社会になれば」という思いで記事を書きました。
■ 「女性が少ない」取材現場にも課題
――運動部は若手も女性も少ないですよね。そういう中で取材を進める難しさもあったのかなと思ったんですが、その辺りはどうでしょうか。
鎌田 うーん。「やりやすいか?」と聞かれると、必ずしもそうではないのかも…という気がします(笑)。
品川 さっき「最初に相談した田村崇仁デスクが背中を押してくれた」っていう話をしましたけど、あの後押しがなかったら今回の取材はできなかったかもしれません。
個人的な感覚ですけど、若手から「これを書きたい」って言うのは、やっぱりちょっとハードルが高くて。だから田村さんが「それ良いじゃん」って言って、一緒に勉強しながら取り組んでくれたのは本当にありがたかったです。
鎌田 女性であることについて言うと、これは社内に限らないんですが、やっぱりスポーツの取材現場って女性がすごく少ないんですよね。人数が少ないこともあるんですが、大相撲の取材みたいに、女性が入っていきにくいところもありますし。
――大相撲の取材って、女性記者は絶対に参加できないんですか。
品川 女性だと支度部屋での取材ができないんだよね。力士の人たちが裸になるから。でも今はコロナ禍でオンライン取材になってるから、他社では女性が参加しているところもあるのかな。
鎌田 他社でも女性が大相撲を取材している例は、ごく少数だと聞いたことがあります。大相撲ってファンの需要がすごく高い、運動部にとっては大事な取材なんですけど、女性が行けないとなると男性に負担が偏りますよね。そうすると男性記者はしんどいし、女性記者はある種の引け目を感じてしまう。お互いにちょっとやりづらいところがあるかな、という気がします。
品川 女性記者の数が増えることで、男性記者の負担が増えるのは申し訳なさを感じますし、その仕組みはやっぱりおかしいと思います。そこは鎌田記者の言う通りですね。
鎌田 誰かのせいなんじゃなくて、結局は決まりとか制度の問題なんだと思います。男性にとっても、女性にとっても負担になるような「しきたり」が今も残っているのかもしれないです。
■ 分かってはいたけれど…
――最後に、お二人が今回の取材を通じて気付いたこと、改めて感じたことがあれば教えてください。
鎌田 私は最初、隠し撮りの被害について実態を明らかにしようと思っていたんですけど、取材を進めてみると、写真を「撮られること」だけでなく「拡散されること」に苦しんでいる人がすごく多かったのが印象に残りました。そういう被害が増えた背景には、ネット環境の変化やSNSの流行があります。取材の中では、拡散された画像が「デジタルタトゥーみたいになってる」という声も聞きました。
隠し撮り自体は数十年前からあったと思いますが、この問題にはやっぱり時世とリンクしている部分もあって、当初想像していた以上に被害は広がっているんだなと再認識しました。
品川 私が驚いたのは、性的画像の問題について多くの関係者がずっと前から気付いていたってことですね。競技団体によっては、20年くらい前から競技中の撮影に関するルールを作っていたところもあります。それくらい、現場の人たちは昔から問題意識を持っていたんだと思います。
一方で、他の記者らに話を聞くと「まあ、そういう被害があるのは仕方ないよ」っていう軽い反応もありました。みんな分かってはいるけれど、大きな問題にはならず、長い間見過ごされてきたということが少しショックでした。
やっぱりこの問題については広く、いろんな人に知ってもらいたいです。アスリートたちの被害について、これまで知らなかった人にも、気付いてはいたけれど…という人にも、多くの方に私たちが書いた記事や書籍を読んでいただければと思います。
■ 取材後記
「生きやすい社会になってほしい」。鎌田さんと品川さんのお二人がそろって口にしたこの言葉がとても印象に残りました。その思いが、一つずつ目の前の課題に向き合う原動力になり、社会を動かす報道につながったのだと思います。
私自身、大学時代に応援部の活動をしていた際、野球場の観客席でかばんの下に小型カメラを隠し、チアリーダーを盗撮している人を見つけたことがあります。その時の驚きと悔しさは忘れられません。
このインタビューの前編を公開した後、知り合いのチアリーダーから「こういうことが話題に出せるようになっただけでも大きな進歩だと思う」というコメントをもらいました。スポーツ観戦の場でも盗撮禁止を周知するポスターを目にすることが増えました。少しずつですが、スポーツの現場は変わっているように感じます。
課題は山積していますが、全てのアスリートが競技に集中できるよう、私も先輩記者の姿勢を見習って取材に取り組みたいと思います。
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