「花屋日記」13. 店長からの宣告。
本社の社長の抜き打ち視察にまったく気づかなかった上に、よりによって軽口を叩いてしまった私に待っていたのは、なんと処分でもお叱りでもなかった。
「もうカイリさん、社長の顔くらいちゃんと把握しててよ〜」
という店長の笑顔に迎えられて、私は混乱し、結果的にあれが正解だったことを知った。
「東京では絶対に見られない対応だって褒められた。マニュアル通りじゃなく、ちゃんとお客様と向き合って会話してるって」
「本当ですか?」
「本当に決まってるでしょ、店舗ごとのフィードバックが今日本社からメールで送られてきたんだから」
意外なことにその一件が、私のクビを繋いだ。
店長の私への評価や印象も、それで塗り替えられたらしい。あれだけいろいろと噛み合わず、衝突を繰り返してきたのが嘘のようだった。私はカスタマー・サティスファクション(顧客満足度)向上の担当になり、他店舗の代表との定例ミーティングに参加させてもらえるようになった。後輩スタッフの接客指導やロールプレイングも任されるようになり、いつのまにか一番苦手だった接客を教える側の立場に回っていた。
さらにある朝、店長は一対一で向き合って、私にこう告げた。
「もうカイリさんのほしいものを作りなさい。それがお客さんのほしいものだから。どの花を売らなきゃいけないとか、あなたは考えなくていいから」
その言葉に、私は心から驚いた。
店舗ごとの方針や、花材の制限があるのは当たり前だ。彼女は店長なんだから、スタッフ全員を取りまとめるのが仕事だ。経営のことだって、一番考えているのは店長のはず。それなのにいちいち疑問を抱いたり、はみ出すことをした私の方が悪い。それなのに今、私のような扱いにくいスタッフのことを信頼すると、彼女は宣言してくれたのだ。こんなことがあっていいのだろうか?
「ありがとうございます…!もっと勉強します。美しいものを、とにかくたくさん作ります」
私は泣きそうになりながら、店長に頭を下げた。こんな奇跡が待っているとは思わなかった。
何かが大きく変わった。私も、人生も、仕事に対する考え方も、世界の見え方も、すべてが。それはかつて泣きながら故郷に帰ってきたときには、とても想像できない未来だった。
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