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心の時代始まる

音楽を聴きながら書いたので
流しながらお読み頂ければ幸いです。

時々見かけるのだけど
書くことに肩肘が張っている人
面白くないと自らの沽券に
かかわってしまうと思う人

でも、わりとリアルを語るなら
きっとどれほどのプロの方でも
何者にもなれないから
こんな場末のSNSで頑張っている

その心意気は応援したいけど
もっと才能を世に問うなら
誰かが敷いたレールではだめだし
ここにきて得意分野だけで勝負していては
芸がないように思うんだ

例えばイラストを主とする人なら
文章を書いてみるとか
文章を主とする人なら
イラストを描いてみるとか

文章がつまらなくてもいい
イラストが下手でもいいんだよ
それはギャップだったりするから

違った自分を見せる事で
気づきって結構ある

必死に書いてた記事よりも
記事が読まれないで辛いと書いた
文章の方がスキが多い事実

得意分野だけをみせようとするのは
それは強い人に見せて
本当は解っていると思うけど
弱い人なんだ

でもね

弱いってことは罪じゃない
それを受け入れる事で
どんどん強くなっていける

弱点はいつかキャラクターになる
これはつい先日知った
アインシュタインの言葉

元々の得意分野は
後で活かせるチャンスはくるから
ここで遊ぶ以上はネクタイを外して
思いっきりあほなことをしてみる

案外

そういう呼吸もいいものだ

お前アホだなって(笑)
そういってくれる友達が
できないのは人生においては
なかなか寂しい事だと思う

でもそういうデリカシーのない人が
妙に懐かしかったりするでしょう

SNSは心の時代といわれているけどね。
それは心を褒め合うようなことではない

自分の心を素直に出せる人
自分の愉しいを理解している人

例えば多くの人を文章で楽しませたい
これって「願」ではなくて
単なる個人の我欲なんだよ

それを追い求めても最後には乾く

楽しい。
うん。楽しい。

それでいいはずなんだ
説明できる類のもんじゃない
言葉があるから誤解している

言葉が心を超えることはない
それを理解しないと
今知っているだけの言葉で暗示がかかり
心を見失う

心の時代って
心で繋がるって言葉しかないから
安易なつながりで結局疲れる

なんだかコメントのつけかたを
ご丁寧に書いている人がいたけど
それも違うかなと思った

コメントが皆嬉しいから
コメントしたことで繋がれる
それは短いスパンでみたら正解だ

だけどそれってコメントしなくなったら
どうなるのだろうか?
要するに短絡的というか
今の調子の良さで語っているなと

その先にあるのは
経験があるから話すと「渇き」だよ
俺ととあるユーザーは1つ前の記事で
半年ぶりのコメントのやりとり

俺の酷いコメント
彼の素性なんて知りはしない
SNSの友達だ

昨日今日美辞麗句をならべたわけじゃない
人を知るのには何年もかかる
相手が気にいる言葉を選んでる関係に
どんな信頼があるんだ

かといって意見をぶつけ合うわけでもない
そのままでいいしそのままで楽しい
言葉にするからチープになるとき
俺の言葉は心を超えることはない

だから軸は自分。
それも自分が楽しいってこと
読まれるじゃない
自分が書きたいを書く

誰も読まなくていいんだよ
それを続ければ
それがいいと思う人が現れるから

強いから好かれたら
弱さを見せれなくなる
いい人で好かれたら
悪事を語れなくなる

ありのままでいるとき
そこにいてよが嬉しくはないのかな

本当は誰もパーフェクトな
善人など求めていない

ルフィーは最強だから主人公じゃない
弱さを受け入れてそれでも前にいくから
主人公として最たるアニメなんじゃないのかな

さて、あなたのドラマ
主人公は誰だろう?

心の時代って
そんな甘いもんじゃない
心の時代ってのは裏も表も表なんだよ

本音を語っている風にみせて
嫌われない配慮をしているだけだろう
だから嫌われるんだよ

情けなさの1つも見せてくれない人に
誰が信頼など寄せるものか

うわべだけ奇麗なものを集めてはいけない

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