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鳴かないねこ

家の裏に猫が来るようになってからだいぶ、時間が経ったように思う。この猫は地域猫と呼ばれていて、その名の通り地域みんなで飼いましょうという猫なんだよ。

見た目はグレーの毛に覆われていて、もこもこしている。ただ最近は暑くなったせいもあって、換毛期かな。若干いつもよりしゅっとしたシルエットになっている。

名前は「もふ」という。命名くずみや。なんて安直な。昔『ルドルフとイッパイアッテナ』という児童文学を読んでいたら、野良猫が新入り猫(ルドルフ)にこう言うんだ。

ルドルフ「あなたの名前は?」
野良猫「いっぱいなってな……」
ルドルフ「イッパイアッテナという名前なんですね!」
野良猫「あのなぁ……まあいいや」

みたいなやりとり。でもたしかに野良にはきっと沢山の名前があるんだろうね。うちでは「もふ」だけど、他の家では「たま」かもしれない。いや、たまってどうなの? もう令和だけど??

で、もふは一切鳴かない。一言も鳴かない。だから餌が欲しくても、裏の窓の近くにちょこんと待っているだけ。こちらが気がつかなければ、ずっとそこにいるわけ。

もふが最初に来た頃は父親が嫌って、怒鳴ったりしたんだよね。ほんと酷いことをする。最近は「おお、もふ来たのか、ご飯あげるから待っててね」とかやっているけど。人間は学ぶ生き物だね。

怒鳴ったせいかは分からない、というか怒鳴る前からずっと静かだった。たぶん小さい頃に鳴いて、暴力を振るわれたのかもね。声を出すという意思表示ができない猫。

私も病気が悪化したときは自由に声が出なくなった。かすれちゃうんだよね、大きな声も出にくくなったし。たぶん自分の発言に、いや自分の存在に自信がないんだと思う。

もふとは理由こそ違うにせよ「ご飯くださいにゃ」ってすり寄ってくる猫より寡黙な方が好きかもしれない。こちらがちゃんと観察して、意志を読み取るみたいな。

タバコを吸っていたら、もふに会うことがある。その時は「もふ〜」って呼ぶけど、こっちをチラと見て去って行く。そういう関係性いいよね。

原稿用紙2枚分。
おしまい。

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