第10回神奈川大学フランス語翻訳コンクールを終えて
国際日本学部 熊谷 謙介 教授
2013年度から開始したフランス語翻訳コンクールは、今回でめでたく10回を迎えました。当初は、私が所属していた外国語学部国際文化交流学科(現国際日本学部)の学科祭でのスピーチコンテストやフランス語での出し物とは別に、一人でもフランス語を一生懸命勉強している人を評価したいという狙いで始めましたが、参加資格を学科の学生だけでなくフランス語を勉強している横浜キャンパスの学生全員にし、また2021年度にみなとみらいキャンパスに移ってからは、神奈川大学の学生全員に広げることができました。
思い起こせば、2020年はコロナ状況でキャンパスが閉鎖され、対面のイベントは不可能な状況でした。そんな中でも、この翻訳コンクールは中止することなく続けることができました。学生から次々に送られてくる訳を見ると、自宅で苦労して訳を仕上げた姿が想起され、顔も知らない、あるいは久しく教室で会っていない間柄であるにもかかわらず、熱いものを感じたのは教師冥利に尽きるものでした。客観的に考えても、辞書を片手に単語一つひとつをとことんまで調べ上げ、習っていない文法も参考書を探って理解し、日本語に組み立てなおすという行為は、あまりそうは見えないですが、かなりアクティブなパフォーマンスであるような気がします。
今回のコンクールの部門も、《初級・入門部門》(1年次中心)、《中級・応用以上部門》(2年次以上中心)で構成しました。初級・入門についてだいたいのクラスでは、複合過去という文法項目ぐらいまでが1年間で教えられる範囲であり、このコンクールを実施している11月では、まだ教わっていない文法事項がどうしても入ってしまいます。毎年、現在形が中心の文章を用意していますが、それでも教えていないところは出てきます。そこで「教わっていないから無理」とならずに、「知りたいので自分で調べる」というところに持っていきたいというのが、出題者としての希望でした。大学での「研究」の、そもそも「勉強」というものの本質であり、ただ教わったことを頭にコピーすることから、自分で考えていくことへ展開させていくきっかけとなれば、という願いでした。
今回はフランスの学生の経済事情をめぐる文章を訳してもらいましたが、社会経験としてのバイトが当たり前の日本の学生と対照的な、さまざまな手段で生計を立てようと必死なフランスの学生の状況に、強い印象を受けた参加者も多かったようです。
《中級・応用以上部門》では、参加者は文法等をある程度カバーできているので、それに加え、内容把握を重視するような翻訳を出題しています。また論説文ではなく、文学作品から出題することでニュアンスのある表現を理解し、それを日本語に表現する力を見ています。今回は小説家・角田光代の東日本大震災についてのエッセイの仏語訳を和訳してもらいました。問題用紙には出典を明らかにしていないので、震災に遭った人々や風景を描いたものであったことに気づいても、これはもともと日本語で書かれた文章ではないと思うような文章です。布団が干されているような、ある種見知った風景がフランス語になるとこのように変わるのだ、という発見があればと思うと同時に、発生して10年を過ぎ、あのときの空気の記憶が薄らいでいく中、このような状況を思い出すことに何らかの意義があればと感じました(2022年現在の大学生は、当時10歳前後だったわけですが)。
結果として、第10回では《初級・入門部門》で7名、《中級・応用以上部門》で6名が受賞しました。ゼミ活動という名目での人文学会からの支援によって、受賞者には総額48,000円分の図書カードを授与できたことは、本当に貴重なものだと思っています。
現在、語学の授業は会話などのアクティヴィティ中心で、とくに第二外国語では昔ながらの読解が行える授業は少なくなってきたように思います。読解偏重であった語学教育が是正されていると考える向きもありますが、むしろ読解でしかできないアクティヴィティを実施できる枠として(これはもう一つのアクティヴラーニングかもしれません)、積極的な意思をもった学生が参加できるこのような企画を、これからも開催していければと思っています。
最後に、このような企画者のコンクールへの思いはどうあれ、実際に参加した学生たちの感想の一部を紹介させてもらいます。こうした声は「地域言語から新しい世界へ」と題した、神奈川大学地域言語教育部会サイトでも日々伝えていきますので、ぜひさまざまな言語に関心がある学生、先生方には見に来ていただけるとうれしいです。
2021年度の翻訳コンクール記事は前号(第18号)のPlus-i、またこちらの大学サイトでも読むことができます。
(付記)この報告は神奈川大学人文学会誌『Plus-i』No.19に掲載されたものです。転載を許可していただいた人文学会にお礼申し上げます。