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今のお前に出来ることは 歩きつづけることだけさ~読書note-29(2024年8月)~

我が足利が生んだ二大詩人の一人(勝手に俺がそう呼んでる!?もう一人は「少女A」「涙のリクエスト」等の作詞家・売野雅勇)、相田みつをが生誕100年とのことで、市立美術館で7月から記念展を開催していて、最終日の9月1日にようやく観に行けた。

みつをさんには一時とてもハマったので、5冊くらい本を持っている。

また、東京の相田みつを美術館にも2、3回行っているので、今回展示されている主だった作品は皆観ていた。しかし、地元足利ならではのお店や個人所蔵の作品、ろうけつ染めとかの見事な作品もあり、多分自分が生きている間に、大々的に地元で展示会が開催されるのはこれが最後かなと。一度はお盆休みに面倒くさくて観に行くのを諦めたが、重い腰を上げて最終日に滑り込んだ。

やっぱ、みつをさんの言葉は、弱っている時にこそ胸に沁みる。自分は弱い人間だというのが彼の根底にあるからだろう。8月は社長就任以来、一番苦しかった。数百万の決済が2度もあり、もうダメだと何度思ったことか。でも、方々に頭下げて何とか生き延びた。

そんなこんなで、お盆休みも資金繰りに追われて、たいして本を読む時間が取れなかったが、まぁ通常の5冊に戻ったので良しとしよう。いや、何よりも大好きな本を5冊も読めた幸せを喜ぼう。そう、「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」のだ。



1.夜が明ける / 西加奈子(著)

本屋の文庫新刊コーナーで、「本屋大賞ノミネート」との帯が目に留まり購入。西さんは4年前に読んだ「さくら」以来。8年前に書かれたものとは思えぬ、2024年現在の様々な社会問題や闇を取り上げていて、凄い先見性だなと。そして、その問題や闇は出口が見えないものなので、読んでいてどんどん苦しくなっていく。

幼い頃から膨大なビデオを所有している父の部屋で映画を沢山見てきた主人公の俺(名前不明)は、高校で191cmの巨体でフィンランドの異形俳優「アキ・マケライネン」に似ている、皆から浮いていたアキこと深沢暁と友達になる。アキは母と二人の貧困生活、俺も高2の時に父が亡くなり、先行きが不透明に。

俺とアキの視点で交互に物語が進んで行く。俺は奨学金を借りて大学に進学し、TV制作会社に就職する。アキは高校卒業後もバイトを続けながら、劇団員として役者の道に。俺がADとして過酷なTV製作の現場で働く姿を、今春から同じ道に進んだ我が次男に重ねてしまう。やがて俺はディレクターへと昇格したが、仕事は過酷さを増し、心身共に崩壊していく。その壊れていく様がリアル過ぎて、いやぁ、我が子が進んだ道は厳しいと認識はしているが胸が苦しい。

TV&演劇業界のパワハラ、セクハラ、スタッフの過酷な労働環境、そして物語の最初から最後まで横たわる「貧困」という大きな闇、それは経済的な貧困だけでなく、心の貧困という解決の糸口が見えぬ闇だ。そこに向き合う、西加奈子という作家の凄さ、真っ直ぐさを再認識する。

明けない夜はないと信じたい。


2.ほかならぬ人へ / 白石一文(著)

死ぬまでにとにかく直木賞受賞作を読み尽くそうと、ふと受賞作一覧を見てたら珍しい恋愛小説を見つけたので購入。確かに直木賞受賞作には、純粋な恋愛小説って少ないよなぁと。ミステリーやファンタジーに絡めた作品はあるけど。

この本は「ほかならぬ人へ」と「かけがえのない人へ」の二つの中編からなる。表題作では、名家の御曹司だが兄二人と違いエリート路線から外れ、スポーツ用品メーカー勤務の宇津木明生が主人公。キャバクラで知り合った柴本なずなと結婚するも、なずなは元カレのことが忘れられず、家を出て行く。

一方、明生は仕事もでき、面倒見が良い女上司の東海さんに、徐々に心惹かれていく。「ベストの相手が見つかったときは、この人に間違いないっていう明らかな証拠があるんだ」との明生の言葉が、読者いや俺の胸に訴えかける。別居中の妻はベストな相手なのだろうか、と。世界中の全異性と付き合える訳ではないので、その中でこの人だって決めるの本当に難しいことだよね。

もう一つの「かけがえのない人へ」では、お嬢様育ちの電機メーカー勤務の福澤みはるが主人公。東大卒のエリート同僚と婚約中だが、SM趣味の元上司・黒木とよりを戻して不倫を続ける。かけがえのない人はどっちか分かっているはずなのに。

ユーミンの「青いエアメイル」の詞に、「選ばなかったから失うのだと 悲しい想いが胸をつらぬく」とあるが、「かけがえのない…」では、正に選ばなかったから失い、「ほかならぬ…」では、最終的には選ぶのだが、最後の結末は…。とにかく、せつなすぎる二編。


3.忘れものは絵本の中に / 有間カオル(著)

ちょっと現実社会のキツイ本を続けて読んだので、ハートウォーミングな物語が読みたいと思って購入。以前、NHKのドキュメント72時間で神田神保町の絵本専門店の回を見てて、そこが夜になると絵本Barになって、店主が大人のお客に読み聞かせしてたよなぁと思い出して。

新宿ゴールデン街にある「絵本Bar クレヨン」が舞台、そこに悩みを抱えた人々が訪れる。てっきり、青山美智子さんの「お探し物は図書室まで」で、司書の小町さんが訪れた人の悩みに合わせた本をセレクトして、その解決の後押しをするように、絵本Barのマスターが同様のことをするのかと思ってたが違った。

訪れた客が自分で思い出の絵本を選んで、それを借りて帰り、過去に置き忘れた大切なものを取り戻したり、その気付きを得たりする。そして、絵本を返そうとした時には、Barは消えてしまうというファンタジー。俺にとっての思い出の絵本を選ぶとしたら、約半世紀前の夏休みの課題図書で読んだ「おしいれのぼうけん」かな。

最初の「ノンタン」の話で、いきなり昔主人公が飼ってた猫・ノンタンが生き返って人間の言葉を喋った時点で、若干ファンタジー味が強過ぎて引いてしまった。個人的にはコレ1話目じゃない方が良かったかも。でも、装丁からしてファンタジー味強めだったか。

4話目の100万回生きたねこのやつは、ドラマ「ブラッシュアップライフ」みたいだった。あのドラマは、自分が何度も死んで生き返る話だが、これは愛する人が何度も同じある場面で死んでしまう。愛する人の死を何度も味わう方が辛いなぁ。1回だって嫌だもん、俺絶対、妻より先に死にたい。


4.スローカーブを、もう一球 / 山際淳司(著)

今年は甲子園100周年ということで色々な特番をやっているが、NHKの「名場面100」という番組で、俺が一番印象に残っている「星稜対箕島」は何と第8位。我がリヴァプールの「イスタンブールの奇跡」と並ぶ、スポーツ史上屈指のドラマティックな試合なのに。

確かこの試合を書いた本があったなぁと、90年代の蔵書棚から見つける。この延長18回の死闘「八月のカクテル光線」、近鉄対広島の日本シリーズの「江夏の21球」他、計8編の短編ノンフィクション。星稜対箕島も江夏の21球も小学校5年だった1979年、この2試合をリアルタイムで見てなかったら、中学で野球部入らなかったなぁ。

「八月のカクテル光線」では、その名の通り、ナイターの試合が高校生たちにとっては珍しい貴重な体験だったらしく、選手たちはカクテル光線を浴びながら試合をするのを、試合前から楽しみにしていた、というのが面白い。あんな死闘が待っているとは知らず。

東大進学を諦めて、突如「オリンピックを目指そう!!」と思い立って、ボートで幻のオリンピック代表にまでなった「たった一人のオリンピック」、進学校のタカタカ(高崎高校)のエース川端投手が、スローカーブを武器に快進撃を続ける表題作「スローカーブを、もう一球」、どちらも、決してスポーツエリートでない者たちが、創意工夫で勝ち上がっていくというスポーツの醍醐味を味わえる。

何と言っても、どれも山際さんの文章がとても美しい。プロの投手からバッティング投手に転向したクロダが主人公の「背番号94」では、夏の暑さに消えた夢と希望を掛けて表現する。

「ほんの数年前の夏にはたしかに自分のものだった夢や希望は、夏という季節をとおりすぎるたびに、その暑さに負けて溶けてしまったように思えた。クロダは、夢が溶けていくときにも汗が流れるものだということを知った。」

「背番号94」本文より

リアルタイムで見たスポーツの感動を、後に文章で楽しめるって凄いことだよね。


5.太陽の棘 / 原田マハ(著)

8月はやっぱ戦争に関する物語を読まないとなぁと思っていたところ、確か原田マハさんの作品に戦後の沖縄のこと書いたものがあったなぁと思い出し購入。原田マハさんと言えば、絵画、アート、彼女だから書ける物語だ。彼女自身もインタビューで、「これこそが私が書きたかった物語、書かなければいけない真実の物語なのだ。」と話す。

戦後の沖縄に若き画家たちが集い、創作に励むコミュニティ、コロニー「ニシムイ美術村」があった。ニシムイとは沖縄の言葉で北の森という意味。米軍基地に精神科医として赴任したかつて画家を目指していたエドと、戦前はアメリカで絵の勉強をしていた、そのコミュニティのタイラという画家とその仲間たちとの交流の話。

自分は前の職場で沖縄出身の方と一緒に働いたり、沖縄出身のママ友がいたり、一度だけ旅行に行ったこともあり、自分でも沖縄の苦難の歴史について勉強してきたつもりだった。でも、この小説のモデルとなった実話のことは全く知らなかった。ホント今まで歴史を紡いできた人々に感謝の気持ちを伝えたい。

昨年WOWOWで見たドラマ「フェンス」でもそうだが、沖縄の米兵と言うと悪いイメージしかないが、それでも真摯に向き合ってきた沖縄の人々には尊敬の念しかない。そして、そういった米兵のイメージとは違う、主人公のエドの語りで物語が進むことで、イデオロギー的な方向には行かずにすんなりと共感できる作品になっている。

また、アート、絵という、国境や言葉を超えた、心に通じ合うものの凄さに、改めて胸を打たれた。そして、沖縄の画家たちが描いた絵を見てみたくなった。

しかし、いつの間にか、原田マハさんの本が、我が本棚では、三島、漱石、春樹、東野圭吾、宮部みゆき、大倉崇裕君(大学時代の友人)の次に多くなったよ。


みつをさんの作品に「道」というものがある。それを冒頭で話した市立美術館で見た際、忍耐強い沖縄の人々のことを思い出した。きっとこの詩のように、「黙って歩くことだな 愚痴や弱音を吐かないでな 黙って歩くんだよ ただ黙って」と歩いてきたのだなと。

8月の会社の危機は何とか回避したが、このまま良くなるとは思えぬ。しばらくは、ただ黙って歩くしかない。愚痴も弱音も吐かずに。先日、我が人生の道しるべ「あしたのジョー2」のサウンドトラックを買った。エンディング曲「果てしなき闇の彼方に」聴いて、正にそう思う。


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